<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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149話 ダウト 12

■【深潜水士】クリアント

 

「神……?」

「刀が神様、ですかー」

 

 刀を神として崇める宗教。

 それは探せば確かにあることだろう。

 だが、ダニアリーの言葉によればその刀――妖刀【褥】は未だ神に非ず。

 これより神に至るためにこれまで何かを画策し、そしてクリアントの殺害を実行に移したようだ。

 

「そもそも妖刀って頭についているのに神様とかいいんでしょうか」

 

 ワンプの言葉にクリアントも答えかねる。

 妖しい刀の神様と言い換えてしまえば、それもまた存在するかもしれないが。

 

「……まあ良いでしょう。殺し損ねたのであれば、また殺せばよいのですから!」

 

 ダニアリーの踏み込みと同時に鋭い切っ先がクリアントの胸部に突きこまれる。

 防具らしい防具を装備していないクリアントは生身の肉体である。

 いくらENDに重きを置かれたステータス構成の【魔法少女ω】がサブジョブにあるとはいえ、急所への攻撃はそのまま致命傷と成り得るだろう。

 

「――ッ!」

 

 故に、瞬間装備で取り出した武器で受け止める。

 ダニアリーのと同じく妖刀を以てして。

 

「それは……!」

「妖刀【出涸らし】。まさか、こいつも神になれるのか?」

「至れるものか! 【褥】とは培った歴史が違う! 逸話無きただの刀が神に成り得る資格など持つことなど許されない!」

 

 ダニアリーが刀を振るう。

 そのたびにクリアントの体を【褥】が掠めていき、小さな傷を増やしていく。

 

「先輩、反撃しないんですか?」

「〈マスター〉でもモンスターでも無いからな……。〈ティアン〉を殺したら取り返し付かないし、迷ってる」

「あー、だから【出涸らし】さんで受けるだけなんですね」

 

 僅かにでもダニアリーを【出涸らし】で斬ってしまえば、そこからの膨大な【出血】ダメージでダニアリーが死亡してしまう可能性が高い。

 【司祭】に加えて戦闘系ジョブを置いているが、それでもいくらかの回復魔法は使えるだろう。

 だが、【司祭】系統の回復魔法やスキルが【出涸らし】の呪いともいえる【出血】にどれだけの効果があるか分からない。

 出来ればダニアリーは戦闘不能状態で捕縛したいため、殺すのは最後の手段だ。

 

「このまま耐える、か」

 

 【褥】がクリアントを切り刻む度にクリアントに状態異常が増えていく。

 それは、先に受けていた【猜疑】を始めとした【不眠】や【混乱】、【恐怖】といった精神系状態異常の数々。

 〈マスター〉であるため、直接的な被害は無いに等しいが、二次作用的な効果があったのか徐々に動きが鈍ってくる。

 

「パルペテノンはまだか……」

 

 クリアントは時間稼ぎに徹している。

 その理由の1つはパルペテノンによる【飢餓】をダニアリーに発現させることだ。

 動くためのエネルギーが無くなれば、自ずとその場に倒れるだろうから。

 

「いえ……見てください! ダニアリーさん、戦闘中に食事なんかしていますよ!」

「何……!?」

 

 【褥】を【出涸らし】で受けるも、勢いに負けて大きく後退させられる。

 その隙にダニアリーが何かを口に運んでいるのをワンプは見ていた。

 

「そう珍しいものでも無いでしょう。携帯食料の一つです」

「……戦闘中に随分と余裕なものだな」

「余裕? そう見えますか」

 

 ダニアリーはその言葉通り、決して戦闘において有利な状況ではない。

 少なくとも、精神的には(精神系状態異常とは別の)クリアントよりも劣勢におかれている。

 食事を常に取らなければ【空腹】に侵されていき、相手は確かに殺したはずが生きており、そして何故かこの戦闘においても守りに徹し、攻勢に出ることが無いため、ダニアリーからも致命的な一撃を与えることが出来ない。

 食事を取る余裕があるのではなく、食事を取らねばならない状況。

 クリアントと村人たちの戦闘の一部始終、それに倒れた村人の状態から何が起きたかは察せていた。

 相手を強制的に【空腹】にする特典武具。

 短期決戦においてはそこまでの脅威では無いが、長引けば長引くほど厄介な残り方をする力である。

 

「少なくとも、俺よりはな!」

 

 ダニアリーが【褥】という刀を大切にしていることは間違いない。

 その理由がUBMに、神にしたいなどという訳の分からないことから目を背けたとしても、重要なアイテムであることは変わらない事実であろう。

 

 それならば破壊してしまえばいい。

 特典武具で無く、破壊不能オブジェクトでも無いならば、いつかは壊れるだろう。

 

「そんな器用なこと、先輩に出来ますか?」

「……こうして打ち合っているんだから、それを繰り返せばいいんだろ!」

 

 ダニアリーが行ったのと同様に、打ち合う瞬間に力を入れる。

 クリアントの肉体を狙うダニアリーと、最初から武器破壊を狙うクリアント。

 狙いの差から、妖刀の耐久力が尽きるのは【褥】が先であろうとクリアントは思っていた。

 

 だが、耐久性以前に刀の扱いはダニアリーが何枚も上手である。

 打ち合う中でクリアントが消耗戦から【褥】を狙い始めたことは分かっていた。

 

「そこです!」

「――っ」

 

 刀がぶつかり合う瞬間に手首を返すことで【褥】へのダメージを最低限にし、加えてクリアントの態勢を崩す。

 一度崩された態勢は容易には直せない。

 視線が足元へ向き、次に顔をあげた時には胸に刀を突き立てられていた。

 

「……」

 

 クリアントの肉体が光となっていく。

 勝利に安堵したダニアリーは宙へと消えていくのを見届け――

 

「今は【猜疑】を撒き散らしていないのか……?」

 

 背後から武器を低レアの剣に持ち替えたクリアントに右足を斬られた。

 

「な、に……」

「おっと。腕を斬る方が先だったか」

 

 驚愕するダニアリーの右上腕、左肩を斬る。

 ダニアリーは避けようとするも足の傷に顔を顰め、避け損なう。

 負傷こそ浅かったが、これで先ほどまでのようには【褥】を振るうことは出来なくなった。

 

「悪いな。俺はしぶといんだ」

「そう、虫けらのように!」

「虫は余計だ」

 

 そこに立っていたのは傷一つ無いクリアントであった。

 【褥】で切り刻んだ細かな傷が全て治癒されたように……いや、跡すら残っていない。

 

「回復では無い……ですね。蘇生に近い……」

「それが俺の力だ。違う肉体で生き返れるから【猜疑】も効かないぞ」

「……くくっ。そうですか。そうですか……【褥】のような精神に作用する力は〈マスター〉には効果が薄いとは聴いていましたが、殊更貴方とは相性が悪いようだ」

 

 ダニアリーは笑う。

 全身に傷を負い状況は芳しくない。

 クリアントは回復スキルを使う隙を与えぬよう、油断無く構える。

 

「……何故妖刀を使わなかったのです? あの業物であれば殺せたでしょうに」

「殺すことが目的じゃないからな」

「そうですか……。あの妖刀、【出涸らし】と言いましたか。なるほど……人間嫌いの刀匠が制作した【褥】とは真逆。人間好きの妖刀に相応しい持ち主ですか……」

「何を言っているんだ?」

「いえね……【褥】は人間が嫌いなのですよ。疑い、怨み、憎み、嫉み、僻み、そして嫌う。人間嫌いの神。それが【褥】という神……になるはずでした」

 

 ダニアリーの【褥】を握る手に力が入る。

 それをクリアントは見逃さず、【褥】を弾き飛ばそうとする。

 

「これは出来れば使いたくは無かったのですがね! 全く、日に何度も自身を贄にすることになろうとは」

 

 弾く瞬間に【褥】の刀身が赤く染まる。

 その色はダニアリーの瞳を侵食していく。

 

「これは……俺もか!?」

 

 蘇生し、リセットされたはずのクリアントにも【猜疑】の状態異常がかかる。

 一度も斬られていないはずなのに、昨日のように一帯に【猜疑】を撒き散らしたのだろうか。

 

「さあ、来なさい! 敬虔なる狂信者達よ! 村に入り込んだ異端者を殺すのです!」

 

 その声は何故か村中に響いていた。

 村中に、【猜疑】にかかった村人たち全てに聞こえていたのであった。

 

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