<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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154 隠れし実力者

■【深潜水士】クリアント

 

「【魔法少女χ】イテカという名前で活動しているッス。物騒な紹介されて恐縮ッスけど、自分そこまでヤバイ奴じゃないッスよ? そっちの魔法少女の姉さん方に比べればッスけど」

 

 ちらりとクャントルスカやプシュケーを見やりながらイテカは自身の頭を擦る。

 

 儀式開幕時における自殺。

 その意味するところは資格の放棄。

 

 誰よりも戦いを放棄していた魔法少女がいた。

 P助という魔法少女であるが、しかし彼女は戦いから逃げこそすれ、【魔法☆少女】への夢は諦めきれず、他の魔法少女達を雇い入れることで勝利を目指していた。

 

 イテカはそのP助ともまた違う。

 戦いどころか【魔法☆少女】を放棄した。

 

「いやー、だってプシュケーさんがいるのに私が勝てるわけが無いッスよ。だったら時間の無駄だからとっとと諦めるのが合理的でしょ?」

「確かに……」

「どうしてもっていうから開始時の数合わせにだけ協力したんスよ。まあ、【魔法少女χ】であり続ける物好きも少ないッスからね」

 

 であれば、クリアントと同様な立ち位置だったのかもしれない。

 【魔法少女ω】もまた人気の無い魔法少女シリーズの一つだ。

 いくら耐久性があろうと、固有スキルが自爆など、勝ち残る見込みが薄すぎるのだ。

 そもそも、魔法少女の固有スキルも偏りがある。

 戦いに向くもの、向かないもの、戦い以外であれば有用なもの、全く使えないものなど、あえて偏らせているようにも思える。

 それこそ、エンブリオを前提としたような能力ばかりであった。

 イテカが儀式を生き残れないと感じたのは【魔法少女χ】とやらも戦闘能力の無い固有スキルを持っていたからであろうか。

 

「何を言いますの。貴女、個人戦闘ではこの私と引き分けでしょうに」

 

 プシュケーは呆れたように言う。

 彼女は儀式の終盤においてクャントルスカとほぼ互角の戦いをしていたという。

 【魔法☆少女】になる前の【魔法少女α】でのクャントルスカであるが、その時点でクリアントを大きく凌ぐ強さであったはずだ。

 そのクャントルスカのライバル的存在であるプシュケーと引き分けるということは、魔法少女達の中でも上位の存在であろう。

 

「いやいや。あれは運とか条件とか良かっただけッス。今戦ったらまあ……苦戦しますよ」

「負ける……とは言いませんのね」

「可能性があるなら負けるつもりは無いッスよ?」

 

 ならば、儀式は本当に勝てないと確信していたのだろうか。

 理由は定かでないが、イテカにとって可能性がゼロであったと。

 

「まあ、ともかくよろしくッスよ。クリアントさん」

「ん? ああ――」

 

 イテカが右手を差し出す。

 魔法少女は握手が好きだなと思いながらクリアントも握り返そうとし――触れた手に痛みが走る。

 

「――!?」

 

 思わず手を引っ込め、掌を見ると縦に赤い線が走っていた。

 何か、刃物で斬られたような傷だ。

 

 イテカを見ると

 

「大成功ッス」

 

 と、自身の手に付いたクリアントの血を舐めた。

 

「どうッスか? びっくりしたッスか?」

 

 傷は深くない。

 回復スキルを使わずとも、自然治癒するような傷だ。

 HPにしても1パーセントも減っていない。

 だが、彼女の手は柔らかかった。

 握る寸前に刃物を隠し持つ様子も無かった。

 

「……魔法少女の固有スキルは手品か?」

「内緒ッス」

 

 にやにやと笑いながらイテカは答える。

 否、それは答えでは無かった。

 

 【魔法少女χ】イテカ。

 自身を大したことないと言いながらも、最後の最後に曲者であると分からされた瞬間であった。

 

 

 

 

「この無礼な魔法少女は後で私が直々に〆ておくとして」

「……もう勘弁して欲しいッス」

 

 その後、プシュケーの折檻で大人しくなったイテカはクリアントに平謝りしていた。

 どうやらクリアントのことは前々から知っていたらしく、このくらいはやっても怒らないと思い悪戯をしたらしい。

 本人曰く、悪戯以外にも意味はあったらしいが、それは教えてくれなかった。

 

「クャントルスカがこの街にいるということは……どちらかしら?」

「……? どっちって言うと?」

「いえ……その反応で分かりました。どのみち貴女は隠し事が出来ませんわね。ここは観光客同士、仲良くしましょう」

「うん、いいよ。仲良くするのは良いことだからね」

 

 恐らくはクャントルスカとクリアントがこの街で行われる祭りにおける護衛であるかの探りを入れたのだろうとクリアントは察した。

 護衛任務があるかどうかで祭りの間の動き方は大きく変わるだろう。

 

「プシュケー、俺達はこの街に来て祭りのことを知ったくらいだ。お前達は知っていて来たのか?」

「……! 噂は聞いていたくらいですわ。細かな日時は知らずに来たので、2日後と知って驚いたくらいですわね」

 

 プシュケー達も護衛任務には就いていないようだ。

 明確に言葉に出さないのは、誰が聞いているか分からないから。

 護衛であるにしろ無いにしろ、明かしてしまえば祭りの際に蜜を狙う賊に対策を取られてしまうだろう。

 クリアントも既に祭りを楽しみに待つ観光客。

 出来れば平和に終わって欲しいし、蜜を配るなら是非とも味わいたい。

 

「では、この辺りで。お互い楽しみましょう」

 

 近況報告を兼ねて立ち話をしていたが、プシュケー達は大所帯ということもあり、周囲を気にして別れの言葉を切り出した。

 

「お互い、目立つと思いますから、すぐに見つけることは可能でしょうし。何より……いえ」

 

 プシュケーは夢味を見る。

 未だにクリアントを殺気立った目で見ていた。

 死亡時の興奮が冷めていないらしい。

 

「プシュケーちゃん」

「あら、貴女から呼び止められるなんて珍しいですわね」

「頼りにしているからね」

「何のこと、とは言えませんわね。そう……何か予感でも?」

「もしこのお祭りを壊そうとしている人がいたらプシュケーちゃんも止めようとするでしょ? 立場が何だとしても、見過ごせないよね」

「……ええ。美しい行動を心がけますわ」

 

 プシュケーは手を振って去って行った。

 それぞれ未練がありそうな他の魔法少女達はワルキューレ達が引きずっていく。

 

「それにしてもイテカちゃんもいたんだ……」

「そういえば、イテカとはあまり話していなかったな」

「うん。何ていうのかな……あの子は好きになろうとしても逃げられちゃうんだよね。躱すようにしているのか、無意識になのか分からないけど。だから今まで接点があんまり無くて……さっきもクリアント君とばかり話していたでしょ?」

「ああ。俺のことを知っていたからだったか」

「あれ、私を避ける意味もあったと思うんだよね」

「それは――」

「うーん……うまく言えないや。次会ったらもう少し話してみようかな」

 

 避けられているのだから空気を読んでそのままにしてあげよう、などとクリアントは言えなかった。

 というか、思い至らなかった。

 彼にしても、彼に向けられる殺気の意味に気づけなかったのだから当然であろう。

 

「あの、少し宜しいでしょうか」

「うん?」

 

 大通りの中央で話し込んでいたからだろうか。

 通りがかった者に声をかけられた。

 女性……手の紋章が無いことから〈ティアン〉であろう。

 

「この街、賑わっていますね。いつもなのでしょうか?」

 

 道の邪魔になっているのかと思ったが、どうやら尋ねたかったらしい。

 彼女もクリアント達も同じくこの国に訪れたばかりなのだろうか。

 

「2日後に祭りがあるみたいだ。『甘味祭』だったか。その時に蜜を配るらしいぞ」

「それは……良いタイミングでした」

 

 まあ、と手を合わせて女性は喜んでいる。

 薄手のワンピースが似合う女性であった。

 

「貴女も旅をしているの?」

「ええ。実は、この街の祭事は知っていたのですが、それが何時か分からなくて。しかし良かったです。予定よりも早くて。しかし……かの祭事はかなり大きく開かれるということですが、衛兵の方々は十分に用意されているのでしょうか? やはり人が集まれば粗暴な方が来るでしょうし」

「それなら大丈夫みたいだよ。衛兵さんの他に〈マスター〉の中でも強い人が警護に当たるんだって」

「〈マスター〉……? そうですか。それなら安心ですね」

 

 女性は笑顔のままクリアント達に頭を下げ、街の雑踏の中に消えていった。

 

「クリアント君、顔は覚えた?」

「ああ。勿論だ」

 

 女性が去った後にクャントルスカはそう尋ねる。

 

「むむ。先輩、会ったばかりの女の人の顔なんて覚えずとも、このワンプちゃんの可愛いお顔をしっかりとその目に焼き付けてくださいよ」

「もう覚えきったから顔面を押し付けて来なくていいぞ。……いや、怪しいから注意しようって話だ」

 

 見たところ他に連れはおらず、女性〈ティアン〉の1人旅だろうか。

 よほど強くなければ、それは自殺と同じだ。

 護衛がいたとしても、知らない街の中を1人で歩くのは危険すぎる。

 街の警備状況を尋ねに来た強盗集団の1人だと警戒するのは当然だろう。

 

「万が一、1人で旅をできるくらい強かったとしてもだ。その強い奴がこの街に入り込んでいるってことだからな。敵にしろ、第三者にしろ、無視は出来ない」

「ああ、なるほど。なら許します。浮気では無かったんですね」

 

 だが、不可思議なことはある。

 彼女は〈マスター〉という単語を聞いて首を傾げていたのだ。

 この世界において〈マスター〉の存在は大きい。

 知らないとなると、よほど他界から鎖された場所にいたと推測できるが、その服装はレジェンダリアの部族特有のものではない。

 技術によって縫製されたものだ。

 

「まあ、要らぬ心配だとは思うけどな。衛兵に護衛依頼を受けた〈マスター〉、魔法少女の集団もいるんだ」

 

 過剰戦力とも言えるだろう。

 ここに攻めてくる強盗や盗賊たちがいるのなら同情しそうな程だ。

 

「クリアント君。それ、フラグだよ」

 

 そしてクャントルスカの言葉は現実となるのであった。

 

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