<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【深潜水士】クリアント
〈マスター〉も〈ティアン〉も自作した作品が並ぶ出店には残念ながらクリアント達の求めるものが無かった。
特に、装備に関しては2人とも充実している。
「あ、買い物していいか?」
「うん、いいよー。何を買うの?」
「わざわざデート中に言うのだからやましいものなのかしら?」
デート中では無いが、先ほどから屋台や出店に並ぶ食べ物を冷かしたり買ったりしているクャントルスカを呼び止め断りを入れる。
「この間から消耗品の補充が出来ていなかったからな。回復系のアイテムはともかく、ジョブクリスタルは早いところ欲しいな」
「あー、ずっと【深潜水士】なんだっけ」
「陸上だとあまり意味が無いジョブだからな。【魔法少女ω】か【高位呪術師】になっておきたい」
死ぬことが前提であるクリアントにとって自爆スキルが使えるか使えないかは戦略の幅が大きく変わる。
水中では利便性の高い【深潜水士】も陸上ではAGIにやや補正がかかる程度。
その上、クリアントが他にサブとしておくジョブのほとんどと相性が悪くスキルの大半が死んでいるのだ。
いくら死ぬことに慣れているクリアントであろうと、スキルが死ぬことは良しとしない。
「私もアイテム補充したいから一緒に行こうかな」
「確か……こっちだったか」
街に入った際に購入した街の地図を見ながら商店を目指す。
「ん? これは何だ?」
顔が見えないくらい深くローブを羽織った者が荷台を押していた。
荷は長方形の木枠であり、どうやら紙芝居のようなものらしい。
「……ヒヒ。見ていくかい?」
クリアント達の視線に気づいたのだろうか。
声色からして男のようだが、手招きをしてクリアント達を呼ぶ。
その際に見えた紋章からして〈マスター〉のようだ。
「オイラぁ、街の歴史が好きでなぁ。この街のも調査途中なんだが、『甘味祭』に合わせて1つ作品を作り上げたところなんだ。良かったら、1番目の客になるかい?」
「へえ、どんなの?」
「『甘味祭』の成り立ちさぁ。アンタら観光客は甘い蜜を配るだけの甘い甘い汁を吸えるお祭りと思っているだろぉ?」
男はいそいそと木枠を組み立て、中に画用紙を入れる。
どうやらこの場で紙芝居を演じてくれるようだ。
「ヒヒ。お代は100リル。少しもまけてはやれねえな」
「むしろ、そのくらいでいいのか」
「勿論、1人につきだぜぇ?」
それでも4人で400リル。
リアル換算で4000円と思うと高く感じるが、消耗品が数万の単位で飛んでいくため、この程度であれば財布は痛まない。
むしろ、男が言うようにこの街の歴史を調査したうえで作った作品をその程度の金額でみることが出来るのであれば、安いものだろう。
「はいはーい! 紙芝居というのなら何かお菓子はありませんか!」
ワンプが手を挙げる。
「ヒヒッ。あるぜぇ? 毎度ありぃ」
男がワンプにわた飴を渡す。
即座に水を取り出し、その中に溶かして飲み始めるワンプ。
これには男もあっけにとられていたが、ふと我に返るとクリアントにお代を請求した。
「200リルだ」
「紙芝居より高いじゃないか」
「嗜好品てのは原価じゃなくてシチュエーションさ。エンターテイメント下では高くつくもんだ」
渋々と金を払ったところで、
「それでは始まり始まりぃ……」
男は語り出した。
■『甘味祭』について
むかしむかし、具体的には500年くらい前のこと。
ペルソティという街が村であった頃。
村は比較的穏やかなモンスターと共生していた。
その村には【飼育王】に就く〈ティアン〉が居り、小さい村ながらも食料や農耕などの動力に困ることは無かった。
「ふむ……これくらいで良いでしょう」
その時代の【飼育王】はモンスターを人間の敵と考えていなかった。
きちんと生育すれば人間に従い、人間の益になることを知っていた。
「キッチリ30ずつ。病気無し、成長遅れ無し、出荷にも足ります」
増えすぎれば管理が大変になる。
減り過ぎれば労働力と食料が不足する。
【飼育王】は村人の能力と自身の管理能力を計算し、飼育が可能な数のみモンスターを育成していた。
「肉良し、乳良し、皮良し、調合の材料になる角や蹄も足りていますね」
記録を残しながら、ふと【飼育王】は気が付く。
1匹だけ痩せている牛型モンスターがいることに。
「妙ですね。キッチリ分量を計測して餌を与えているはずですが」
それは他の村人が見れば見落としていただろう。
他の個体との体重差は1㎏程度しか無い。
ほんの少しでも食欲が無かったり、嘔吐や下痢など体調が悪ければ起きてしまうであろう体重差。
だが、【飼育王】であれば起こり得ない。
固有スキルである《育成遊戯》は配下のテイムモンスターのパラメータを表示するものだ。
数十、数百頭単位で飼育を可能とするジョブであるが、その全てを管理するのは難しい。
一部を他の人間に託すか、あるいは少々の差異を承知の上でユニットごとの管理を行うしかない。
【飼育王】はそのどちらも採用しており、餌やりなどのスキルがそれほど関わらない作業は村の人間に任せていた。
また、10匹単位でパラメータを表示することで作業を簡略化していたのだ。
10匹を1つのユニットにし、その中で過度に体調が悪くなったり、あるいは過剰生育してしまった場合はアラームが鳴るようになっていた。
だが、それは10匹の中で平均的な中央値を取った中でのことのため、たとえば10匹中8匹の免疫力が低下していればアラームは鳴らず、一気に伝染病などが広まってしまう可能性もある。
そのため、【飼育王】は自身の眼でもモンスターを見て、その生育具合を確認していた。
「原因は……単純に餌が足りていないことですか」
己の診察に間違いは無い。
こと、自身の配下に関しては殊更だ。
そのため、【飼育王】は安堵しながらも、何故餌が足りていなかったを探る。
「……他に痩せた個体はいないようですが」
食用のモンスターの区画を抜けると、次に闘技用のモンスターを見る。
こちらは傷だらけの個体が多いが問題は無い。
それは前提であり、むしろ勲章や戦歴が多い証でもあるのだから。
「こちらは問題無いようですね」
「はっ! リバー様の教え通りに戦わせております故」
闘技モンスターを任せている村人が【飼育王】――リバーを見ると敬礼をする。
闘技モンスターの輸出も村にとっては重要な事業だ。
こちらも疎かにしてはいけない。
「食用NO.100062の餌が不足し、痩せています。こちらに回して経験値にするように」
「畏まりました」
リバーは村人にそう指示を出す。
すぐにでも先ほどの餌が不足していたモンスターは闘技区画に運び込まれ、闘技モンスターと戦わせられるだろう。
食用としてぬくぬくと育てられたモンスターと、闘技用として持ちスキルやステータスも管理されたモンスターでは戦いにならない。
いや、少しは抵抗するかもしれないだろうが、最終的には負ける。
それでいいのだ。
【飼育王】リバーはそうすることで配下を育てる。
野生のモンスターと戦わせれば負ける可能性がある。
手塩にかけたモンスターを失うなど、利益を失うなど考えたくはない。
ならばどうするか。
手持ち同士で戦わせればよい。
【飼育王】は従属キャパシティへの補正が最大である。
加えて、従魔のレベルが低ければ低い程、キャパシティを圧迫しなくなる。
食用に関しては低レベルのまま育てれば、事実上の制限は無いに等しい。
闘技用に使われる一部モンスターのレベルだけ上げているが、それでもリバーのキャパシティは半分ほどしか埋まっていない。
さて、配下のモンスターを育てるにはどうすれば良いか。
それは、戦わせることだ。
だが、味方同士であっても、八百長などという手段は使えない。
モンスターの知能的にも、そして経験値を取得するシステムとしても。
リバーは知っていた。
戦闘は本気であればあるほど得られる経験値が多いことに。
ならばどうすれば良いか。
片方を少しばかり弱らせておけば良い。
餌を抜く。
一週間ばかり。
それだけで力が抜け、足が震え、思考を失う。
その状態で同レベル帯の他従魔と殺し合わせるのだ。
レベル上は同じであるため、ステータスも同等。
だが、状態異常に【空腹】であったり、【飼育王】にしか見えないパラメータ上に秘匿されているはずの隠しデータがあり、どう見ても2匹のモンスターの間には壁が生まれる。
戦わせられる従魔たちは本気だ。
本気で殺し合い、そして【飼育王】リバーの思惑通りの決着を迎える。
多大な経験値を得たモンスターは更に強くなり、売り払う際の金額も増える。
美味い。
村は小さいながらも潤沢だ。
平穏な村はそれだけの理由がある。
誰かが管理していれば、冬を越せるし、夏は楽しめる。
【飼育王】リバーは管理者だ。
村の全てを管理し、村人たちを導くことで村を平穏に保っているという自覚があった。
だが、誰かがそれを乱している。
「……ああ。なるほど」
瓦解は小さな罅から生まれる。
リバーはその歪みを埋めるべく、誰が餌を減らしていたのかを探し出した。
今話で成り立ちまで書くつもりだったけど、なんか蛇足がめっちゃ入ってしまった
【飼育王】リバーは勿論やべえ人間です