<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■『甘味祭』について
結果から延べれば、次代の【飼育王】に就いたのはリバーが最も期待をしていなかった者であった。
問題行動だらけ。
頭の出来も良くない。
リバーの思惑に反したことなど数知れず。
されど、リバーの予想を覆し、それ以上の結果を残したことも数知れず。
リバーはルーという女こそ【飼育王】に相応しいと思っていたが、今度もまたその予想を覆したのだろう。
「リバー様……お加減は如何でしょうか」
床に伏せるリバーの顔を覗き込む若い女。
リバーは過労と心労がたたったことで若年にもかかわらず体が徐々に動かなくなってきていた。
元々弱い体であった。
弱いからこそ、それを知恵とジョブで補う必要があった。
だが、適性のあるジョブはいずれも肉体強化が微塵もされない後衛職や生産系ばかり。
後衛職に至っても、魔法や回復のスキルが使えるものはなく、従魔師の適性があるばかりであった。
故にリバーは考えたのだ。
どうすれば大成するか。
死なぬためにはどうすれば良いか。
生き続けるためには、足掻き続けるためにはどうすれば良いのかを。
そうして、思考の末に辿り着いたのは村の改良。
改善ではない、リバーにとっての改良だ。
村が強くなれば、それだけリバーの生活は向上するだろう。
善悪など一切無視し、ただ良くするためにリバーはひたすらに働いた。
従魔師系統のジョブを活かし、村の畜産業を活性化させた。
山が近いため食料や水には困らず、土地自体はそこそこ開けていたために畜産に向いていたのだ。
そうして次第に多種多様なモンスターを育成し、果てには他の従魔師が扱うための戦闘用モンスターをも独自の手法で育成していた。
やがて【飼育王】になった際に彼はそのスキルの存在に目が向いた。
【飼育王】の育成に関わるスキルは主に3つ。
1つ目はパラメータ表示の《育成遊戯》
2つ目はモンスターを対象に成長時の恩恵を授ける《獣牧場》。
そして、3つ目こそ村を発展させるに相応しい奥義、《人間牧場》である。
とはいえ、《人間牧場》はその名ほど倫理に反したものではない。
1つ目のパラメータ表示と2つ目の恩恵が人間範疇生物を対象にしただけだ。
ただ、その恩恵に授かった人間は《人間牧場》の存在に気づけず、【飼育王】に対して友好的になるというだけである。
リバーが言うほど村を支配できるスキルでは無く、雇用者と被雇用者の関係に収まるようなスキルだ。
そのため、状況によっては反論されるし、謀反も起こされる。
村人たちが皆、リバーに対して畏れと敬意を持っていたのは偏にリバーのこれまでの努力の賜物である。
さて、リバーの後継者はその中でも友好度は高いが、忠誠度があまり高くなかった。
何故ならば、彼女にとっては忙しく働く両親に代わって、村の仕事を教えたり、村の外に出かける際に面倒を見てくれる、親代わりのようなものであったからだ。
「リバー様! リバー様!」
「……あまり病人の耳元で騒ぐものではありませんよ。リリー」
目を開けると、目に涙を浮かべた女がリバーへと叫んでいた。
あの日、村を勝手に飛び出し、小さな蟻を無邪気に世話していた小さな子供がよくぞ育ったものだとリバーは感心する。
《人間牧場》があったとはいえ、美しくなったものだ。
愛嬌もあり、村の男たちは放っておかないだろう。
……無暗に手を出さないように言いつけたのもリバーであるが。
「……彼は」
「彼って……?」
ふとその存在を思い出し問う。
彼女といつも一緒に居たあの名はなんといったか。
「シュヴァーゲルはどこにいますか」
あの小さな黒い蟻は何処にいただろうか。
最後まで、リリーのためにリバーの配下には加えなかった小さな蟻。
だが、リリーと共に成長するかのように、すぐに大きくなった蟻。
リリーはシュヴァーゲルと名付け可愛がっていた。
「忘れちゃったの……? リバー様が甘い蜜を食べたいって言ってたからシュヴァーに頼んで取ってきてもらっているんだよ」
「……ああ、そうでした」
記憶も混濁してきた。
もう長くは無いのだろう。
目の前にいる彼女が少女であるのか立派な女性であるのかも分からない。
何時まで経っても手のかかる子供かと思っていたら、頼もしくも強かな女性になっていた。
「……リリー」
「何?」
「……先日、貴女は見事に【飼育王】の就職条件を満たしました。覚えていますね」
「うん……でも、リバー様が今は【飼育王】だから流すってことに――」
「貴女が継ぎなさい。……始めはルーこそが相応しいと思っていました。ですが、違う。貴女はモンスターと心を通わす天性の素質があります。そして、皆に慕われる大人に育ちました。貴女こそがこの村を纏めあげるに相応しい」
恐怖政治を行っていたリバーには成し遂げられない。
純粋なカリスマ性で村を纏め上げることが出来れば、それは彼女自身の力となる。
誰しもが率先して彼女を助けてくれるなら、きっと彼女の足りない部分も補ってくれるだろう。
だが、それでも力が足りない時もくる。
その時に【飼育王】の力が必要になるだろう。
「……残念ですね。蜜を食べ損ねました」
「食べられるよ! リバー様! もう少しで届くから!」
「ふふ……そうですか? ではその時は全部頂いてしまいましょうかね」
村の樹液を集めて作った蜜はリバーの好物だ。
だが、取れる数が少ないため、リバーの地位であっても口に入るのは数口程度。
村人に至っては一口あるかどうかだろう。
「うん……うん! 私の分もあげるから!」
「ありがとうございます……」
「シュヴァーは強いから山のモンスターなんか寄せ付けないでたくさん蜜を取ってくるよ! だから、だから……」
「ええ、その時は村の皆で分け合ってください。蜜は滋養にも良い。これからもたくさん働けるでしょう……貴女の為に」
リリーの泣く声が聞こえる。
この声は何歳になっても変わらないものだとリバーは笑う。
果たして表情を変える力は残っていただろうか。
少しでも笑い、リリーを安心させたいものだ。
いつまでも聞こえるリリーの声がリバーの心残りであり、ほんの少しだけ寂しさと心細さを紛らわせてくれた。
こうしてペルソティ村の発展に尽力したリバーはその発展の先を見ることなく他界した。
彼がこの世を去った日、村人だけでなく、村のモンスター達も不思議と空を仰ぎ鳴いていたという。
それが彼の死を惜しんでなのか、ただの偶然なのか、あるいは解放されたことによるものなのかは分からない。
すぐに次代の【飼育王】が村を纏め、やがてリバー以上に村を発展させ、街を作り上げた。
その栄光は末代まで称えられるものであったが、彼女は晩年まで
「私1人の成果ではない。勿論、村の人達、街の人達のおかげでもある。だけどそれ以上に、リバー様がいたから、ここまで私は頑張ることが出来たんだ」
そして、彼女はリバーの最後の言葉通り、定期的に山から蜜を集めるとそれを街の人間と分け合った。
モンスター蔓延る山からどのような手段で調達しているかは不明であったが、それは彼女の晩年まで続いていたという。
流石に街の人間が増える程、多量を必要とするため蜜を配る頻度も減っていた。
だが、決して彼女は1人で独占することは無かった。
時折、冗談めかすように全部頂いてしまおうかなと言うこともあったらしいが、すぐに愛嬌たっぷりに「冗談!」と笑っていたらしい。
■【深潜水士】クリアント
「ってなわけでよ。この『甘味祭』ってのが出来上がったみたいなのさ」
紙芝居はおよそ1時間にもわたるものであった。
というか、紙が超高速で流れていくため、ほぼ映像に近かった。
それだけのものを1時間の芝居に作り上げているのだから余程の労力であろう。
改めて、100リルは安い。
お供の菓子や飲み物などいくらでも買ってしまいたくなる。
「もしかしてリリーの初恋はリバーだったのかしら」
「あはは。モーちゃんてば、何でもかんでも恋にしちゃって」
クャントルスカに対し、お前が言うなと喉元まで出かかった。
「ツッコミ待ちですか?」
ワンプが言ってしまったが聞こえていなかったのか、
「初恋じゃなくて、憧れじゃないかな? お話にも親代わりって言っていたし。村の人の中でもちゃんとお話してくれるのがリバーさんだったんだよ」
「そうね。クャントルスカが言うなら間違いないわ」
まあ、初恋であろうと憧憬であろうと。
昔の話であるためクリアントは加わるつもりは無い。
ただ、一つだけ引っかかったことがあった。
「シュヴァーゲル……蟻……」
この物語において登場した重要人物。
リバー、リリー、そしてルー。
ルーという女も謎が残っているが、それよりもシュヴァーゲルと名付けられた蟻はその後どうしたのだろう。
そして、蟻という言葉……。
『折角ですからお教えしましょうか。我らは蟻。地中に潜む蟲の王者』
あの時言っていたあの言葉がシュヴァーゲルと関わっていたのだとしたら……。
この『甘味祭』も無関係ではいないだろうとクリアントは胸騒ぎがするのであった。