<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法少女β】プシュケー・アーチ
「ちょっと場所を移さないッスか?」
往来の場で話すことではないとイテカの提案によりプシュケー達は防音、盗聴対策のされた宿を借り、そちらで話の続きをすることにした。
金の無い者達が大人数で借りられるような大部屋を一室借りると、マキシアプリと三人娘達はベッドの上を、ワルキューレ達は壁側、イテカとプシュケーはイスにかけた。
「……で、一体この街には何人の〈マスター〉が警備に当たっているんですの?」
「さぁ?」
イテカは肩をすくめる。
尋ねた主を馬鹿にするような仕草にワルキューレ達は各々武器を取り出すが、プシュケーが手で諫めつつ溜息をつく。
「あまりあの子たちをからかうのはよしなさい。私を思ってのことでしょうけど、一度暴れたら止められないのよ」
「え、そうなんスか!?」
いざとなればプシュケーが止めてくれるだろうと算段していての行動であったようだ。
だが、いくら主であろうと9人ものワルキューレが一斉にイテカを攻撃すれば止めるのは至難だ。
こうして暴れ出す前に止めるならともかく。
「質問を変えますわ。貴女とそちらのマキシアプリ。それ以外に貴女が知っている〈マスター〉はどなたですの?」
正直、イテカとマキシアプリがいれば街の1つや2つ、軽く守れるだろうとプシュケーは考えていた。
イテカの実力は勿論のこと、マキシアプリも噂通りであれば火力だけなら準〈超級〉の中でも最上位に位置している。
加えて広域制圧を得意とするプシュケー。
この布陣であれば一介の盗賊連中やレジェンダリアの怪盗ギルドであろうと何とかなる。
「んーと、私の知っている限りだと、【動物王】と【問王】は確実ッスかね。後は本当かどうか分からないけど“桃太郎”も来るって話ッス」
「……過剰戦力ではありませんの。何です? 逆にこの街を乗っ取るつもりですか」
先の2名は知らないが、“桃太郎”と呼ばれる〈マスター〉の存在はプシュケーも噂に聞いていた。
猛獣使いとも呼ばれる従魔師にして剣士。
戦闘スタイルとしてはプシュケーと似通ったものがあるため、その名を耳にする機会が多い。
それに、【動物王】と【問王】とて実力は未知だがその名からして超級職なのだろう。
であれば実力は相応のもの。
1つの街のイベントを滞りなく進行させるためだけにこの面々が呼ばれているのだとしたら、一体何を予期してのことなのだろうか。
「あ、あの」
「……何ですの?」
マキシアプリが恐る恐る手を挙げる。
この見た目でよくもまあそこまで自信が持てないものだとプシュケーは逆に関心していた。
自身の美しさに自負を持つプシュケーからして壮麗と思う外見。
男性よりも女性から人気が出そうな見た目であるが、それでも美醜の観点から見れば圧倒的なまでの美だ。
これまでの人生で何があればそこまで他人に対して気後れた態度を取れるのか不思議でならない。
「私……この領主から聞かされています。えっと、この街を護るために雇われた〈マスター〉は全員で5人……みたいです」
「4人……ということは……」
「私とマキシアプリさん、それにさっきの3人スか」
恐らくは【契約書】によって裏切れないようにされているのだろうが……それでもやはり過剰に思えてしまう。
「ちなみに条件は超級職であることらしいです」
「……は? イテカ、貴女いつの間に超級職を」
続けられたマキシアプリの言葉に思わずイテカを睨む。
常々、隠すことに長けている魔法少女であったが、よもやその力すら隠していたとは。
ならば、プシュケーと戦って引き分けているという状況も覆されかねない。
「アハハ……まあ最近のことッスよ。それに使いこなせていないんで、【魔法少女χ】の方が戦いやすかったり……」
「堂々と嘘を付くんじゃありませんわ。……まあ、いいですわ。むしろ己の力をひけらかすよりは幾分もマシですから」
となれば、ペルソティは一時的に5人の超級職の〈マスター〉を戦力として確保していることになる。
他にも『甘味祭』を楽しもうと街を訪れる〈マスター〉は数多くいるであろうし、もし何かしらの敵が攻めてきた場合、彼らも協力することは間違いない。
「……あの、もしかしてそちらの……イテカさんでしか。聞いていないのですか?」
「聞いてって、何のことッス?」
「今回のクエストの概要ですけど」
「へっ?」
聞いてみれば、イテカは秘匿性の高いクエストということで情報を最低限しか貰えないと思ったらしく、あまり領主に尋ねることなく受注し、そしてこの街の警備任務を全うしようとしていたらしい。
だが、マキシアプリはより慎重に情報を集めるべく、ダメもとで依頼主である領主に今回何故これほどに戦力が必要かなどを尋ねていたようだ。
そして、意外にも答えはあったらしい。
「お二人はこの『甘味祭』が何のために行われるか知っていますか?」
「成り立ちですわね。勿論知っていますわ。大昔に【飼育王】が――」
「あ、いえ。そちらは歴史の話です。ではなく、必然性の話。『甘味祭』が行われなければならない理由です」
「……? この街の初代領主が先代の【飼育王】に感謝を捧げるためでは無かったんですの?」
いや、それも成り立ちか。
絶対に『甘味祭』を行わなければならない理由にはならない。
「そもそも、『甘味祭』自体は別に不要なんですよ。必要なのは蜜の収集」
「蜜……配られる予定のものですわね。確かとても美味だとか」
健康、美肌、滋養……様々な効果があると言われている。
ゲームシステム的にはバフのかかるアイテムなのだろうが、美肌と聞いてプシュケーは是非とも手に入れたいと思っていた。
「ええ。多大なリソースを秘めたアイテムです」
だが、プシュケーの予想に反した言葉が返ってきた。
「リソース?」
「いわゆる、経験値として美味しいというやつです。それを曲解して美味な蜜として伝わったみたいですね」
ここでプシュケーは気づく。
やけに三人娘が静かだなと。
見れば、三人とも呆けた顔でマキシアプリを見つめていた。
いつの間にかプシュケー達との会話に慣れたのか、先ほどまでの怖気づいた話し方が無くなっている。
真面目な顔はなるほど、王子然としたものだ。
「付近の山々から集めたリソースを蜜として採集し、それを街の皆で分け合う。それを繰り返すことでこの街はより発展していきました」
「滋養に良いという噂もそこから来たのですわね」
どちらにせよ経験値を得てレベルが上がり、ステータスも上昇すれば考え方によれば体が丈夫になり健康と言えるだろう。
昔話にあった【飼育王】リバーの末期に少女が蜜を食べさせようとしたのも、レベルアップに伴うHP上昇を狙ったのかもしれない。
「……で、その蜜を狙うのが余程の悪党なのですわね?」
経験値を秘めたアイテム。
それを求める者は多くいるだろう。
マキシアプリは領主にその話を聞いているが、どこからか情報が洩れ、聞きつけた者がいると。
「悪党……とは少し違うかもしれません」
「ふむ」
マキシアプリは言いよどむ。
「プシュケーさん達があの昔話をどこまで知っているのか分かりませんが……きっとこの街に伝わっているものだけならば、登場人物は【飼育王】リバーとリリー、そしてリリーに飼われていた一匹の蟻型モンスターでしょうか」
「そうですわね」
それ以外の名称のある登場人物はいない。
村人もほとんどが村で仕事をしているだけの者であった。
「……偉人を称えるにはどうすればいいか知っていますか?」
唐突にマキシアプリが尋ねた。
「勧善懲悪の話を作ることでしょうか」
「それもそうですね。でも手っ取り早いのは、純粋無垢な善であることです」
「純粋無垢……」
「あの少女……リリーは確かに蜜をリバーの言葉通り配りました。だけどそれには理由があった。いえ、配るのではなく、集めることに意味があった」
「……集めなければどうなっていましたの?」
「分かりませんか? 多大なリソースを秘めた蜜を放置していたらどうなるか」
それは……悪人に奪い去られてしまうのだろう。
いや、とプシュケーは考え直す。
それ以前だ。
悪人だろうと、山から蜜を取り出す作業が必要だ。
樹液から蜜を作り出すための作業をするために悪人がそのスキルを取る……考えられなくも無いが、それならば奪い去るのが早いだろう。
ではなく、樹液としてそのまま山に置いたままにしていたら。
多大なリソースを山に置いたままにしていたら。
悪人に取り出すことは出来ずとも、悪人以外に取り出せる存在……。
「そういえば昔話にも出てきていましたわね」
蟻型のモンスター。
リバーのためにリリーが樹液の採集に向かわせていた。
「なるほど。モンスターであれば樹液など関係なくリソースをそっくり持ち去れるのですわね」
「それこそが領主が危惧していたことです。通常のモンスターであれば手強くなる程度らしいのですが……
「……UBMやボスモンスターがそれを得た際には?」
「格が上がる、らしいです」
その時であった。
宿の外から悲鳴が聞こえてきた。
「……やってしまいましたわ! そもそも街を警備するのに部屋に引きこもってどうするんですの!?」
「今更ッスか!?」
「あ、忘れてた……」
凡ミスをやらかしてしまったプシュケーは己を叱咤すると共に宿を飛び出すのであった。