<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ペルソティ
『甘味祭』当日の日程としては、まず午前中はありったけの甘味という甘味が街中に出回る。
ペルソティの料理人、他の街から訪れたパティシエ、流れの商売人……あらゆる甘味に関わる者達が腕を振るい、甘味を街中に行き渡らせる。
午前中は彼らにとっての腕を見せる場所、稼ぎ時であり、『蜜』よりもこちらを楽しみに祭りを見に来る者もいる。
そうして、午後になりようやく『蜜』が解禁されるのだ。
領主が秘密裏に作り上げた蜜を街の中央に置き、それを配っていく。
ペルソティからしてみれば、人間に配布出来るのであれば多少はその人間が悪人であっても関係はない。
大悪党であっても、人間の範疇であれば多少レベルが上がったところでその上昇値はたかが知れている。
悪はそれ以上の正義が倒せるであろうし、倒せば監獄に送られる。
名が知れる程の悪党であれば街に入ることさえ敵わないのだろうから、そこはペルソティからしてみれば気にする程ではなかった。
問題は、モンスターに蜜が渡ってしまうこと。
数十年かけて集めた蜜が保有する多大なリソースは人間よりもモンスターにこそ大きな影響を与える。
人間がレベルを1つあげるよりも、モンスターが格を一つ上げることが問題だ。
それこそ、伝説級モンスターが神話級に到達してしまったら目も当てられない。
故に、警備は万全であるべきであった。
警戒はし過ぎるということは無いはずであった。
街の出入り、空を飛び交うモンスターや山から下りてくるであろうモンスターの討伐依頼……考えられる限りで対策を行ってきた。
だが、それでも、万全はあれど完全完璧は存在しない。
モンスターはペルソティに侵入した。
警戒も討伐もすり抜けて。
街を囲う門も、空を守護する〈マスター〉をも嘲笑うかのように。
彼らは地中を悠々と進み、そして堂々と街の中央の地面に穴を空けて出現したのだ。
もしもクリアントがペルソティの上層部に以前出くわしたモンスターの話をしていたら結果は違っていたかもしれない。
自身を蟻の群れの一部と名乗るモンスターと、穴から出現逃亡したという情報。
これさえ知っていれば、そちらの対応も考えられたかもしれない。
だが、それは遅い。
既に侵入は果たされた。
蟻は穴から這い出れば、『蜜』に群がる。
「何だあれは……!?」
誰かが気づいた気づかなかったという話ではない。
その巨体に目が行かなかったのであればその者は盲目だっただけであろう。
全長10メテルを優に超す巨大な蟻型モンスター。
それが街の中央に出ると、『蜜』に手をかけた。
「ッ!? おい、誰か蜜を守れ!」
当代領主である男は驚愕するもすぐに正気に戻ると部下に指示を出す。
警戒こそ失敗したが、人員は万全だ。
突如現れたモンスターを倒す者は多くいる。
「すぐに」
魔法やスキルが飛び交い、巨大なモンスターを攻撃していく。
巨体が炎や氷を覆われていき、やがて爆発が包む。
その隙に領主はその巨大なモンスターを《看破》で調べる。
「何だ……何なのだあれは!?」
モンスター名【鋭弾蟻匆 シュヴァーゲル】。
領主に読めたのはそこまでであった。
否、辛うじてだがUBMであることだけは分かった。
示す等級は神話級。
神の域に達したモンスター。
それが街を襲う正体であった。
「馬鹿な……何故これほどのモンスターが……」
「クライズ様。どうされますか」
「こ、攻撃の手を止めるな! いくら強くとも絶え間なく攻撃を続けていればいずれは倒せる!」
そうだ、と領主は思い出す。
神話級UBMは確かに恐ろしい存在だ。
だが、同時に討伐されたという話もいくつも聞く。
倒すことが出来る。
であれば、逃げ惑うよりも攻撃を続けた方が良い。
しかし領主は忘れていた。
確かに倒すことのできるモンスターだが、倒せる者は厳選される。
そのほとんどが〈超級〉と呼ばれる存在。
あるいは、幾人もの超級職を極めた者達が命を賭して倒してきたのだ。
「――ぐぁっ!?」
「な、なんだこいつら……!?」
「……は」
シュヴァーゲルを攻撃する手が止まった。
爆発の煙が晴れ、そこには健在の姿が見る。
あれだけの攻撃に関わらず与えられたダメージは無いに等しいようだ。
これだけでも絶望の材料。
だが、神話級はそれだけでは終わらない。
穴が増えた。
街中の至る場所に空く。
そして、それと同じだけ……いや、続いて何匹もの蟻が這い出る。
現象自体は蟻型の下級モンスターが似たようなものを引き起こせるだろう。
地面に穴を空けることも、そこから這い出ることも、群れを率いることも。
だが、その蟻一匹一匹が亜竜級以上のステータスを持っていたら。
その数が街の住人よりも多かったら。
それは絶望を通り越して絶念へと変わるだろう。
彼らはすぐさま自身の王を攻撃する不敬者を処罰し始める。
攻撃法は至ってシンプル。
顎で食い千切る。
ただこれだけ。
だが、分厚い装甲が生半可な攻撃を跳ね返し、切れ味の鋭い顎は鎧を貫通し中身を両断する。
一部が抗おうとも、四方から攻められればいずれは瓦解する。
もう無理だ、と諦める。
「は、はは……」
守る場所は1つではない。
もはや『蜜』がどうとか言っていられる場合ではない。
街が終わる。
住人が殺される。
建造物が崩壊する。
記憶が、記録が破壊される。
そして、より絶望を奏でるのは、彼らが無機質であったことだ。
殺しを楽しまない。
破壊を愉しまない。
感情を一切なく、機械のように殺して壊す。
それを使命として与えられているかのように。
『運べ』
蜜に手をかけていた巨大な蟻は小さな蟻達に命じる。
小さな、とは言っても人間程の大きさはあるのだがそれでもシュヴァーゲルに比べれば小さな蟻だ。
『帰還せよ。残党狩りも続行せよ』
無機質な声が街を壊滅せよと命じる。
それを誰よりも近くで見ていた領主は動けない。
近くにいすぎたせいか蟻達から狙われることなく、しかし動けば死ぬと分かっているため動けずに、ただ街中から聞こえる悲鳴を耳にし、身を震わせていた。
「(……すぐに蜜を食わないのか?)」
その行動に違和感を覚えつつも、領主は思考に耽ることは出来ない。
退却していく蟻達が自身に目を向けないことを祈りつつ、誰か助けてくれと願う。
一瞬でも生き延びてしまったら、生きたいと欲が出てしまう。
ほんの5分前までは楽しい祭典になるはずだった。
歴史的な快挙を成し遂げ、街の偉大なる領主の1人として名を残すつもりであった。
どうしてこうなった。
何故惨劇は起きた。
分からない。
一瞬過ぎた。
強大なモンスターの出現も、蜜の奪取も、住人達の殺戮も。
ほんの数分の間に起きたものだ。
未だ状況すら解明できていない。
どこまでの被害が起きたのか分からない。
分からないことだらけで、唯一自身が生きていることだけが分かる。
「……きぃ?」
蟻の1匹が領主に視線を向ける。
「(あ、ダメだ……)」
その唯一理解していた自身の生存すら無くなってしまう。
領主は目を閉じる。
抗う術がない。
領主自身に戦闘力はない。
側近たちもいつの間にか逃げ出してしまった。
「(50年……子供のころからの夢だったなぁ)」
祖父の代から託された『甘味祭』。
それが無為にどころか正体不明の神話級モンスターに奪われるという惨憺たる結果に終わることに胸を痛めつつ領主は己の死を待つ。
「(……)」
痛みは出来れば避けたい。
一瞬で死ねたのなら良いなと思いながら、
「(……あれ?)」
何時まで経っても訪れない死に疑念を抱きつつ目を開く。
もしかしたらとっくに自身は死んでいて、目を開けたら天国にいるのかもしれない。
いや、先ほどまでは夢で、今は起床するタイミングだったのかもしれない。
そんな淡い期待を抱きつつ視界が鮮明になっていく。
「あら。ようやく目を開けましたの。私の美しさに目が潰れたのかと思いましたわ」
そこには蟻の顔面を槍で貫く魔法少女がいた。
駆け足でいきます
何故なら早く戦いたいから