<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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16話 海賊

■【呪術師】クリアント

 

「止めておきたまえよ」

 

 今にも始まりそうであった〈マスター〉同士の対峙を止めたのは、この場にいる唯一といっていい、クリアントの味方であるフィリップの言葉であった。

 

「知らない? この私を知らないと、先ほど君たちは言ったのかい?」

 

 フィリップの後方の空間からノーチラス号の船底が出現し始める。

 その重量による圧迫ですら致死に至るであろう大きさ。

 

「忘れたとは言わさないよ。何度君たちは同じ目に合ってきた。何度君たちはこれの下敷きになってきた」

 

 ノーチラス号の全身が現れれば、恐らくは海賊たち以外にも被害が出てしまうだろう。

 それを相手もフィリップも分かっている。

 だが、だからといってそれがフィリップがノーチラス号を仕舞う……矛を収める理由にはならない。

 

「ひひ……フィリップか」

「ああ、勿論忘れてねえよ? お前への恨みはな」

 

 隣で聞いているクリアントにも分かる。

 その恨みはきっと逆恨みの類であると。

 だが、口を挟む権利はない。

 上級者達の戦いに挑む強さが彼には無い。

 

「え、先輩ー。絶対この人たちの恨み、ろくなもんじゃないですよ。というかフィリップさん、お知り合いなんですね。やっちゃってくださいよ! 先輩、怖気づいて何も言えないみたいなんで」

 

 代わりに彼のエンブリオがずけずけと失礼なことを……彼女の〈マスター〉にとって失礼なことを言ってのける。

 

「……ワンプなぁ」

「なんですか先輩? さっきまで格好よく私を助けようとしてくれていたのにフィリップさんが前に出たとたんに役割は終わったとばかりに黙ってしまった先輩」

「……悪かったから」

 

 そう、何を怖気づいていたのだろう。

 相手が上級エンブリオ、上級職であろうともそれは負ける理由にはならない。

 たとえ殺されたとしても、その死さえ吞み込んでしまえばいい。

 殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて……その果てに勝てればいい。

 そうやって勝ってきた。

 UBMを倒した実力は、殺されてきたから身に付いたのだ。

 今更殺されるくらいで何を臆する必要がある。

 

「ふむ。一緒に戦ってくれるのだね」

 

 クリアントの目つきが変わったのを見て、フィリップが問う。

 

「ああ。俺ごとやってくれ」

「……! ああ、了解だ」

 

 ノーチラス号の船底の一部が開き、主砲が出現する。

 クリアントは知っている。

 それ1つでクリアントが束になっても敵わないモンスターを一撃で葬る威力があると。

 

「や、やべえぞ。フィリップがこの場でやる気だ」

 

 海賊たちは慌て始める。

 恐喝程度のつもりだったのか。

 流石に周囲を巻き込む戦いをフィリップはしないだろうと高を括っていたのだろう。

 

「せ、先生! 頼むぞ」

 

 海賊の1人が走り出し、1人の〈マスター〉を連れてくる。 

 クリアントには見覚えのない男。

 だが、今まさに砲撃を開始しようとしていたフィリップは彼の顔を見るなり固まり、あろうことか砲台を収納してしまう。

 

「……フィリップ?」

 

 見れば彼女の手は震えていた。

 

「久しぶり、だな」

 

 海賊たちが連れてきた男が口を開く。

 あまり突出した見た目をしている男ではなかった。

 少しばかり背の高い、しかしそれだけの男。

 海賊のようなファッションでもなく、やや水はけの良さそうな素材で作られた衣装を着た男である。

 

「……なぜだ。なぜ、そちらに付いている」

「……すまない」

 

 面識は互いにあるようだ。

 クリアントはフィリップの顔を覗き込む。

 そこにあるのは怯えや恐れというよりも驚きが勝ったもの。

 友好的な関係であったのだろうか。

 

「え、もしかしてフィリップさんの恋人だったり!?」

 

 そしていらないことを言うエンブリオ。

 

「……違うさ」

 

 フィリップは否定する。

 そこに照れや恥じらいはない。

 元よりそういった感情は無いのだろう。

 

「仲間、かな」

「……昔のとは言わないのだな」

 

 男は表情を変えぬままフィリップの言葉に返す。

 

「言わないさ。言えるわけがない。私が君と敵対することなんて……有り得ない……はずだった」

 

 『だった』、つまりは彼の敵対行動はフィリップにとっての予想外。

 というよりも、彼が海賊と共にいることがだろうか。

 

「金が必要だった」

「……っ!? そうか、そうだったね……。だけど神殿の維持はどうするんだい」

「可能な範囲での用心棒だ。神殿を優先するという条件付けだ」

 

 神殿の維持? 

 彼の立ち位置が分からない。

 クリアントにとってではなく、絶対的な善悪のどちら側なのか。

 秩序を重んじているのかすら、分からないことだらけである。

 

「……そうだね。紹介しようか」

 

 クリアントの表情を見たフィリップは男の名を告げる。

 

「デメンタリー……デメンタリー・ノッツ」

 

 その名の一部は、クリアントの目の前にいる人物のものと同一であった。

 

「……私の兄だ」

「……」

 

 兄がいたんだな、とか。

 兄妹でゲームをやっているなんて仲が良いんだな、とか。

 そんな言葉で片付けられる雰囲気ではなく。

 

「で、そのお兄さんが神殿の何なんです?」

 

 雰囲気をぶち壊すエンブリオが尋ねる。

 

「……簡単に言えば維持さ。【アトランティス】……いや、持ち主の名を言っておこうか。ソーキューという〈マスター〉が神殿の機能維持をしているのに対して、デメンタリーはこの神殿に人間が住める環境の維持をしている」

「……は?」

 

 聞き違いかと思った。

 流石に、一介の〈マスター〉が行える範疇を超えているように思える。

 環境の維持だなんて。

 

「それだけデメンタリーのエンブリオは一芸に特化しているということなのさ。ま、ソーキューも同じだけどね」

 

 君もだよ、とフィリップは目で語る。

 それを口にするには周囲に敵が多すぎた。

 

「まあ、だからこそ……この神殿の中枢ともいえるデメンタリーが彼らと共にいることに違和感があったのだが……金かぁ」

「……大金が必要になった」

「まあ、そうだろうね。それだけ必要な状態なのかい?」

「……ああ。ソーキューから貰っている分では回らないほどにな」

 

 なるほど、立場は分かった。

 フィリップの兄にして、神殿の運営側。

 相応の強さがあることは海賊たちが切り札として連れてきたことと、フィリップの反応からして分かる。

 だが、状況は未だ判然としないまま。

 何があってフィリップと敵対しているのか。

 金が必要になること……?

 

「何を言っているのか半分は分からねえけどなぁ」

「……うわ、馬鹿がいますよ先輩」

「……言ってやるな」

 

 海賊たちが各々武器を取り出す。

 曲刀、拳銃、果ては砲台まで。

 海賊らしい武器ばかりだ。

 

「そこのフィリップは先生が抑えてくれるってことだ。ということは、そこの雑魚な兄ちゃんだけ。ひひっ。今のうちに手持ちのアイテム全部置いておけよぉ?」

「……フィリップ。どうなんだ?」

 

 海賊たちはやけに強気だ。

 フィリップの強さを、ノーチラス号の火力を知っていても尚、勝てる気でいるらしい。

 

「……そうだね。すまないクリアント。前言は撤回させてほしい」

 

 だが、フィリップの口から出た言葉は謝罪であった。

 

「デメンタリーがいるのでは私は勝てない。どうしようもない。相性差が私とデメンタリーにはある」

「……そうだ。無用な戦いは避けろ。【船崩し】と呼ばれた俺の力をお前に使いたくはない」

「あらゆる船乗りの天敵だぜ、先生は。お前のノーチラス号だってひとたまりもねえ!」

 

 フィリップは戦意を失っている。

 デメンタリーとは戦う気が無いらしい。

 

「……それは向こうも、か」

「先輩?」

 

 なるほど。

 兄妹で戦いたくないのはお互いにらしい。

 

「デメンタリーといったか」

「そうだ。お前は妹の友人か?」

「まあ、今の仲間といったところか」

「そうか」

 

 反応は伺えない。

 彼の表情は何一つとして変わらない。

 だが、殺意や敵意も感じられないということでもある。

 

「アンタは俺達の敵なのか?」

「俺はこいつらの用心棒だ」

「……そうか」

 

 であれば話は早い。

 

「俺はこいつらと敵対するつもりはない。ただ通行したいだけだ」

「そうか。ならば、早く通るといい」

 

 あっさりと、デメンタリーは下がる。

 どころか、海賊たちを手で押さえる動きまで見せている。

 

「は? はぁぁぁぁぁぁぁああああ? おいおい、どういうことだよ先生」

「言った通りだが。こいつらは自ら敵対するつもりは無いと言っている。ならば、こいつらは俺の妹とその仲間だ。それを害すると言うのなら……」

 

 デメンタリーの周囲が震える。

 先ほど、フィリップがノーチラス号を出したのとはまた違う、空間の軋み。

 

「わ、悪かった! 俺達が悪かったから、ソレを仕舞ってくれ!」

 

 と、途端に海賊たちはもろ手を挙げて後方へ下がっていく。

 ソレ――空中に出現した巨大な腕に海賊だけでなくフィリップも口の端を歪めている。

 

「……俺が呼ばれたのはフィリップ達を殺すためか?」

「いや、違う! 先生に倒してもらいたいのは別の奴だ!」

「……ならばいい」

 

 と、巨大な腕は瞬時に消える。

 同時に、周囲にあった緊張感が霧散する。

 

「……フィリップ」

「何かな?」

「こいつらとお前の目的は……違う。が、過程は同じようだ」

「……やはりね」

「戦力を客観的に見てもお前達では不可能だ。せめてお前と同程度の戦力がもう1人いれば別だろうが、ソイツはどう見ても違うだろう?」

「さて。私は面白いと思ったけどね」

「面白いと強いは違う」

 

 デメンタリーは断言する。

 

「強さは何かを守れるだろう。だが、ユーモアで人は守れない」

 

 海賊たちを引き連れてデメンタリーは去る。

 フィリップにも、クリアントにも用は無いとばかりに。

 

「宝探しならいい。……だが、もう未知だけを求めるわけにはいかないんだ」

 

 それがデメンタリーが去り際に放った言葉であった。

 

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