<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ペルソティ 西部
切り離す。
一つであった物質を二つに。
二つであった物質を四つに。
人間を、岩石を、街を、地形を。
その過程で多くの悲鳴が切断面から響く。
その過程で多くの命が失われる。
何故、これほどまでに斬ることが好きなのだろう。
何故、これほどまでに命を奪うことが好きなのだろう。
ただ斬りたいだけであるならば、その辺の無機物に鎌を振り下ろしていればいい。
無論、それでも自身の欲求の一つ目は解消される。
元来、強固なものを切断することに快感を覚える質だったのだろう。
実際に先ほどの〈マスター〉が街道の材質を変化させ、それすらも切断した際、マンティスは大いに興奮した。
だが、それだけでは足りない。
二つ目の欲求がそれでは満たされないと、飢えを叫ぶ。
生物を、人を、強者も弱者も切り刻みたいと、命をこの手で終わらせたいと。
それこそが己の本質であると何者かが訴えかけてくる。
「ほぉら、掠めた」
緩やかに振るわれるマンティスの凶刃。
切断力以下のENDを無効化してしまう鎌は、いくら遅く振ろうとも、一少女の肉体であれば通過するように切断してしまうだろう。
走り逃げる少女は幸か不幸か転び、その鎌を避けることが出来た。
あと数センチ、少女の背が高ければその頭頂部から脳みそが溢れ出ていたことであろう。
かつて、マンティスの王は彼にその能力の高さを称賛した。
王曰く、
『その鎌は恐らく【盾王】でも無ければ防ぐことは出来ないだろう』
と。
人間の就くことのできる超級職においてもENDに秀でたジョブ。
そのレベルで無ければ、物理的にマンティスの鎌を防ぐ手段は無い。
「い、いやぁぁっ」
「ああ、もっと聞かせてください! 貴女はどこを斬り落とせば生きていられますか!? どこを斬り落とせばその声は大きくなりますか!?」
少女に逃げ道は無い。
転んだ際にマンティス指揮下の【パラポーラ】達が少女の逃げ道を防いでしまっている。
「哀れ! 幼き少女は数多の大人が犠牲になり繋ぎ止められた命を無惨にも落としてしまう! しかぁし、誰も助けが来ないことを悲しむことはありません。既に周辺の大人は皆殺しになっていますので」
あえて逃げる大人たちはそのまま逃がすように【パラポーラ】達に指示している。
だが、逃げ足の遅い子供たちは、時に大人から逸れ、孤立してしまう。
マンティスはそういった子供の命を奪い楽しんでいる。
子供を庇おうとする大人は切り伏せ、そして再び子供を追いかけ殺す。
それを繰り返してマンティスは己の欲求を満たしていた。
その欲望の名を何と言うか。
分からないまま、マンティスは鎌を振るう。
「あ……あ……」
「ふむ……脅し過ぎましたか」
少女の声が乏しくなる。
それはマンティスの好みではない。
最後まで絶望に喘いで欲しい。
「まあ、良いでしょう。手足の一つでも落とせば再び絶叫を発するでしょうし」
マンティスの鎌が少女に向けて薙ぐ。
当たり所が悪ければ必殺の一撃。
悪くなくとも、部位欠損は免れない絶対の一撃である。
「……おや?」
だが、少女の肉体からは一滴の血も流れなかった。
マンティスは首を傾げる。
狙う的が小さすぎて外してしまったのだろうかと。
少女は相変わらず絶望の表情を浮かべる。
外してしまったが、少女が自らの立場を再確認出来たのならば良い。
絶望に限りは無い。
恐怖に歯止めは無い。
マンティスの鎌を間近で見ることで、それが命を容易く奪う死神の鎌であることを理解したのであれば、その恐怖の中で悲鳴を上げることをマンティスは期待していた。
「い、やっ……!?」
だが、マンティスは再び鎌を振り下ろそうとする前に少女は立ち上がり走り出した。
包囲する【パラポーラ】の隙間を縫いながら、包囲を突破しようとする。
「甘ぁい……ッ!?」
少女如きの力で【パラポーラ】に敵うはずもない。
そのマンティスの予想は外れる。
恐らくは、少女に手出し無用と命じたことが仇になったのであろう。
触れただけで傷を付けそうな柔らかな肉体に触れることを躊躇ったのか、【パラポーラ】の1体が奇怪な体勢をした後に倒れ込む。
それを運良く避けられた少女は、共倒れを恐れて思わず一歩引いてしまった【パラポーラ】達の包囲から抜け出した。
「おのれぇぇ……すぐに追いかけなさい!」
少女はまたも走り逃げ出す。
すぐさまマンティスは部下に命じて逃げ道を封じようとする。
「(馬鹿ですね……その先に人はいませんよ……)」
自ら袋小路の道に、しかも人気のない場所へと逃げ込んだ少女に対しマンティスはほくそ笑む。
これならば先回りさせる意味も無い。
むしろ袋小路にした先の壁を利用して、完全に逃げ道を無くすためにマンティス側へと【パラポーラ】の層を厚くさせる。
「(あれ……?)」
だが、少女を追いかけまわすうちにマンティスは違和感を覚える。
何か、何か大事なことを見落としているような……。
「(これが噂の〈マスター〉であることは理解している。だが、そのステータスは限りなく低い……。こちらに有効打になりうるスキルさえ持ち合わせて……!?)」
少女は弱い。
それは間違いない。
マンティスはその確信をしながら、しかしそれこそが違和感の正体であることを察した。
何故。
何故少女はこれほど弱いステータスでありながら逃げ回ることが出来るのか。
袋小路に追い込まずとも、とっくに【パラポーラ】達は追いついているはずだ。
いや、それ以前に先ほどのマンティスが外してしまった一撃。
本来はその余波でも少女に何かしらの影響はあるはずであった。
それほどのステータス差があるのだから。
「(もしや……外したのではなく避けられた……?)」
袋小路に追い詰めたはずであった。
人気のない場所に追い込めたはずであった。
だが、少女が、弱いはずの少女が弱くなかったのだとしたら。
その前提は大きく崩れる。
「……ようやく完全に誰もいなくなりましたね」
逃げていた少女がくるりとマンティス達へと振り向く。
その手にはマンティスの鎌とは比べ物にならないほどの小さな、しかしマンティスの鎌以上に凶悪な圧を放つ鋭い爪があった。
その爪は既に濡れている。
緑色の……つまりは【パラポーラ】の体液で濡れていた。
「か、囲みなさい!」
【パラポーラ】達を指揮し、並ばせる。
どこから少女が飛び掛かって来ようとも、【パラポーラ】が防げるように。
だが、並ばせたことでマンティスは一つの事実に気が付く。
替えの効く代用品でもある兵士たち。
それが1匹減っていることに。
「……ッ!?」
背後を見ると、遠くに【パラポーラ】の1体が倒れていた。
間違いない。
先ほど、少女が逃げようとするのを防ごうとし、倒れ込んでしまった1体である。
あの時、体勢を崩して倒れたのではない。
少女に攻撃され、倒れたのだろう。
間もなくしてその1体は消えていく。
HPがゼロになった証だ。
1撃で【パラポーラ】が倒されていた。
その攻撃力の高さにマンティスは恐れ戦く。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんな私を守るためにごめんね……」
少女の顔に絶望は無い。
やや怒りを浮かべた少女は、しかし人間の感性から見れば可愛いと称されるものであった。
「だけど私が一番怒っているのは、貴方が弱い子供を狙ったこと」
だが、誰が見ても可愛いと称すその少女が怒っていることも、誰もが分かることであった。
「私は弱い魔法少女。誰もが私を弱いって、そう侮るように見せている。私以上に弱い人がいなくなれば、私が最初に狙われる」
それは少女の――その魔法少女の戦い方であり、主義であった。
可愛くて弱い。
それは囮であることの条件でもある。
可愛ければ、弱ければ、誰もが油断し、誰もがまず狙うだろう。
だからこそ、その油断を突く。
「【魔法少女μ】妹妹」
少女の右手の五爪から風が巻き起こる。
つむじ風が、全てを切り刻む凶悪な竜巻へと。
「ま、守りなさい!」
「《
マンティスが急ぎ【パラポーラ】達を集め壁を作らせる。
だが、その全てを呑み込むが如く。
強大な鎌鼬はマンティスの小さな鎌ごと切り刻んだ。