<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ペルソティ 西部
もし、この場にクリアントがいたとしたら、妹妹の必殺スキルである《
技に優れたドラゲイルは《
五爪それぞれで風を巻き起こし、互いに干渉し合わないようにする操作性。
更には己を巻き込まぬようにするという精密性。
妹妹の操る《
自身を安全圏に置き、かつ敵を切り刻むためにはそれなりの習練が必要となる。
だが、その習練を妹妹は行っていない。
何故ならば、彼女自身が《
必殺スキルが芽生えて計10回にも満たないであろう。
恐らくは武の才と同様に、習練を積み重ねればドラゲイル以上の操作が出来たであろう必殺スキル。
だが、それは彼女に期待することは出来ない。
ただ、それ以上の威力を出すことしか出来ないのだ。
【
切断に特化した超級職である。
【魔法☆少女】を決める儀式が終わり、再ログインした彼女はいつの間にか条件を満たしていた。
その理由はドラゲイルが彼女を模倣したことに由来する。
ドラゲイルの模倣はシステムすらも誤魔化した。
即ち、彼が一時的に妹妹に模倣している間、彼の功績は妹妹の功績同然になっていたのだ。
妹妹が封印していた必殺スキルを積極的に使い、そして『一度に100以上のオブジェクトもしくは生物を己の手もしくは武器で1㎝以下に細分する』という条件を満たした。
森には多くの木々がある。多くの魔法少女がいる。
そして、《
奇跡的な条件を潜り抜け、そして彼女にとって運が良いのか悪いのか、【魔法☆少女】になれなかったが、【切断姫】となったのだ。
その名の通り切断に優れた超級職だ。
就職条件通り、魔法には一切影響しないが、己の武器や肉体を使用した切断に補正をかけることができる。
その威力はドラゲイルの使用したものとは比べ物にならない。
ドラゲイルが五爪全てを使用した風と同様の威力を一爪のみで再現してしまう程に。
「……逃がしちゃいましたか」
だが、それでもネームド個体のステータスの高さは【パラポーラ】以上だ。
加えて、【パラポーラ】が壁になり、尚且つマンティスは己の鎌を以て風を切断しようと試みたのであろう。
風が止んだ時、マンティスの鎌や肉体の欠片は落ちていたが、本体は消えていた。
倒した手ごたえは無い。
「あちらですか……」
逃げた先は容易に想像できる。
何せ、元はマンティスが細い袋小路の先に追い詰めようとしていたのだ。
通路など数える程も無い。
「……」
冷たい視線で妹妹はマンティスの行方を辿る。
「……何故、何故このようなことに」
命からがらに逃げてはいたが、マンティスは満身創痍である。
鎌はもはや機能しないだろう。
ボロボロになっているため切断力などありはしない。
すぐにでも巣に戻り修復しなければならなかった。
だが、今の彼に従う【パラポーラ】はいない。
【パラポーラ】がいなければ穴を掘り戻ることも出来ない。
ここに来る際に空けられた穴は全て物質を変換する能力を持つ〈マスター〉によって穴を塞がれていたため使うことが出来ない。
逃げる先も無い。
戦う術も無い。
ならば手段は一つだけである。
「どこに……どこかに必ず……」
目を凝らす。
獲物を見つけるために、そして周囲を索敵するために作られた目であれば、目当てのものはすぐに見つけ出すことが出来た。
「い、い、い……いましたぁ!」
静かな声でマンティスは嬌声をあげる。
「ぐす……ぐす……」
それは逃げ遅れた少女の1人。
みすぼらしい町少女の衣服は転んだのか擦り切れている。
念のためステータスを確認するが、やはり年齢相応のもの。
「(いや……待て。先ほどの人間のように力を隠し持っている場合もある……のか)」
どころか、先ほどの少女自身の場合もある。
マンティスは人間の顔など一々判別しない。
そのため、少女が先ほどの力を隠し持っていた少女であるか分からない。
「(あの風を再び使われると厄介……)」
近・中距離において使われたら最後だ。
故にマンティスは慎重に考える。
今も泣いている少女が先ほどの少女であった場合どうするべきか。
「(このままここから逃げる……いや、他の〈マスター〉に会ってしまえばそれまで)」
少女はこちらに気づいた様子は無い。
このまま去ることも可能であろう。
「……一か八か」
マンティスは忍び寄る。
微かな息さえも潜めるように。
そして、少女がこちらに気づいた瞬間、
「――勝った!」
マンティスの腕は少女の首へと巻き付いていた。
「――ッ! ――ッ!」
少女は苦しそうに呻く。
マンティスは力を微塵も緩めない。
「これで先ほどの風は起こせない! もし貴方が先の少女であるなら自身をも巻き込みかねない! もし違ったところで、貴方を巻き込む攻撃は出来なくなるのですから!」
マンティスは注意深い。
《
故に、少女をその手に捕らえた瞬間に勝利を確信する。
どうあれ、あの風はもう起こらない。
起こらないのであれば、マンティスに恐れるものはない。
どころか、他の〈マスター〉にすら幼い少女という人質は有効であろう。
これを盾にしながらゆっくりと巣に繋がる穴を探そう。
まずは少女の絶望を味わいながら――
「必ずすると思っていましたよ」
だが、己の腕にある少女の顔に絶望は一切ない。
こちらに向ける冷たい視線はただ怒りしか浮かんでいない。
「最後は必ず人質を取ろうとする。同じなんですよ。どいつもこいつも……卑怯な悪というのは」
マンティスは理解した。
手の中の少女が先ほどの〈マスター〉であると。
だが、それでも勝利は揺るぎない。
風を起こすことが出来ないのであれば無力も同然。
故に、マンティスの生存は限りなく――
「……あれ?」
己の首に痛みが走る。
徐々に、徐々にその痛みは強くなっていく。
広い視野を持つ目でその原因を探ると、その痛みは少女の爪がマンティスに突き立てられていることが故であった。
「……なん、で」
マンティスは知らない。
少女が頼りにする武器は決して《
少女を捕らえ、勝利を確信したマンティスの殺気は明らかに揺らいだ。
生存出来るという喜びから、殺意は一時的に薄れたのだ。
それを妹妹は見逃さない。
《殺気感知》に引っかかっていない相手に対して威力を高めるカマイタチの爪は急所である首元からマンティスに多大なダメージを与える。
「……ぎ」
悲鳴がマンティスの口から漏れようとする。
だが、その悲鳴は妹妹が爪を更に押し込むことで殺される。
「やめてくださいよ。誰か来てしまうじゃないですか」
「――! ――!」
絶叫は声にならず、より深く食い込んだカマイタチは縦長の首を切り裂く。
その威力は【切断姫】の補正も相まって、マンティスを殺しきるには十分なものであった。
マンティスが死ぬ直前。
彼の目は妹妹の顔を見る。
同じく切断の能力を持つ少女。
だが、彼女には切断した際の喜びなど無い。
むしろ、勝利したことに、力を見せつけたことに対し苦々しい表情をしていた。
その意味を理解できず。
しかし少女の強さに屈したマンティスは他の人間にそうしたように、全身を切り刻み、絶望を植え付けられ、裂かれて絶命したのであった。
「……ふぅ。これでこの一帯は安全でしょうか」
きょろきょろと妹妹は周囲を伺う。
それは敵が残存しているか……では無く、誰かにこの戦いを見られていないかの心配である。
「まだ他に逃げ遅れている人がいるかもしれません……助けに行きましょう」
だが、それでも彼女は魔法少女だ。
いくら弱く見せようと、その本質は強者である。
故に彼女は助け続ける。
その果てに強者と呼ばれる日が来ようとも。