<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ペルソティ 東部
時間は遡ること、【パラポーラ】が地上に攻め入った直後。
街中央に置かれる『蜜』に賊軍が手をかけ運び出そうとした頃である。
同時刻に街の至る所に【パラポーラ】、そしてそれよりも強力な数体のパスシリーズが出現していた。
上級〈マスター〉では【パラポーラ】数体にすら苦戦するという情勢。
ましてや、パスシリーズに至っては対峙し戦闘になるレベルの者すらほんの一握りであった。
西で行われているマンティスによる人斬りもさることながら、東地区においても暴力の化身ともいえるようなパスシリーズが進軍していた。
「ぬぅっはっはっは! 脆い! 脆いぞ!」
直立歩行で進むその怪物は、大木のような太い4本の腕を振るい街を、人間を潰していた。
「セェイッ!」
「――ッ」
拳が胴にめり込む。
その一撃を受けた〈マスター〉の男は肉体の一部をミンチにされながら死に絶える。
「セイッセイッセイッセイッセイセイセイセイセイセイセイ……セェェェイ!!」
ひたすらに拳のみで戦うその主は全身を黒い甲冑で覆っていた。
否、間近で見ればそれは甲冑で無く骨格が変形した肉体の一部であることが分かる。
名は【パス・ヘラクレス】。
カブトムシの中でも最大の大きさを持つヘラクレスオオカブトをモチーフとしたモンスターである。
【パス・ヘラクレス】はその名に負けることなく、STRとENDだけであればパス種の中でも上位。
拳一つで自身を囲む多数の〈マスター〉をものともせず、徐々に数を減らしていく。
「ヌハハハハハ! 甘い! 甘いわ! 我らが王の求めし蜜よりも甘たるい考えよ! 有象無象がいくら数を重ねようとも、絶対なる1の前に屈するのみ! 貴様らはさしずめ悪の戦闘員といったところだな!」
「何を意味の分からないことを……」
辛うじてヘラクレスの拳を受けても生き延びていた大楯使いが膝を地に付きながらも言葉を返す。
エンブリオとジョブの力で強化していた盾も一撃で砕かれ、彼に勝ち目はない。
だが、少しでも目を惹くことで隙を作れないかとあえて声を出していた。
「そうだ! 決して正義と悪は分かり得ないのだ!」
「……お前らモンスターが正義だと」
「その考えこそが悪の思考そのものよ! 何故我らを一方的に討てると思い至る? 何故人間の敵が悪であると断言する? それは貴様らが自身に正当性があると思い込んでいるからだ! だが、それは違う。正義は我に。吾輩こそが正義。【パス・ヘラクレス】の正しき一撃を以て貴様ら悪を全て浄化してくれよう!」
自身の言葉に酔っているのか、空を仰ぎ叫ぶヘラクレス。
その背後から忍び寄る〈マスター〉が1人いた。
【奇襲者】をメインジョブに持ち、またエンブリオの特性により初撃を与えるまでは相手に自身の存在を認識させない能力を持つ、初撃特化の戦闘スタイルを持つ〈マスター〉である。
その武器もまた急所への攻撃成功時のダメージ補正が高い。
迷わず凶刃をヘラクレスの首元に突き立て――次の瞬間にはその〈マスター〉の肉体は爆ぜていた。
背後を振り返ることなく裏拳で〈マスター〉を仕留めたヘラクレスは笑う。
「卑怯な戦術を堂々と選ぶとはやはり悪よ。だが! この頑強な肉体は如何なる攻撃を防ぐ! 分からぬか。自らの急所など最も装甲を分厚くするに決まっているではないか!」
頼みの綱であった仲間があっけなく死んだ。
大楯使いに戦う手段は無い。
「だが……それでも、戦わなくちゃいけないんだ」
立ち上がろうとしたところをヘラクレスに踏みつけられる。
「……ぐっ」
「誰が頭を上げてよいと言った。悪はそうして地に這いつくばるのが似合いよ」
「はな、せ……」
「離せば悪がどのような手段で我が正義を侵すか分からぬからな! ふむ、そろそろ殺そうか」
ヘラクレスは脚に力を込める。
踏みつけられた頭部が軋みをあげていく。
即座にしななかったのは大楯使いのENDが高かったからか、それとも未だヘラクレスが遊んでいるからか。
どちらにせよ、死ぬ未来しか見えない。
「あ、ああああああああああああ」
「悪の断末魔としては聞き飽きたわ」
最後に頭部を蹴り飛ばそうとしたヘラクレスであったが、
「させないよ!」
乱入者によってヘラクレスの脚は止められた。
「ええ。私も力を貸すわ。やってしまいなさい」
「《中点奇地》」
続けて放たれた殴打がヘラクレスを後退させる。
「……今のは中々響いたぞ。まさか悪の一撃が正義に届くとはな」
ヘラクレスの装甲を抜いて直接内部に響かされた。
ダメージ量そのものは大したこと無いが、しかし自慢の装甲を無視してダメージを与えられたことは間違いない。
ヘラクレスは笑いながら相手に問う。
「悪よ、名乗れ!」
「悪じゃないよ。私は魔法少女。【魔法☆少女】クャントルスカ。この街で貴方達と戦った……ううん、殺された人たちに悪い人なんて1人もいないんだから」
「抜かせ! 悪いから殺される! 正義に倒される者は須らく悪であるのだ!」
■ペルソティ 北部
過ぎたる力は守ることすら許さない。
守る力すら失ってしまえばそれは暴力そのものだ。
「王子? どうかしたの?」
3人のスクール水着を着た少女。
そのうちの1人が、己の〈マスター〉が浮かない顔をしていることに気づき、心配そうな顔で覗き込んでくる。
普段であれば、他の2人も即座に反応し、同様に騒ぎ立てるのだが、それをする余裕も今は無いのだろう。
「……ううん。大丈夫さ」
少しばかり癖になってしまっているのだろう。
自分の中では気丈に答えたつもりの〈マスター〉――マキシアプリは顔をあげた。
視線を落としている場合ではない。
戦場を見据え、自身が戦わなくてはこの街が壊滅してしまうのだ。
「……きぃちゃんとぎょーちゃんは?」
ふと、心配してくれた少女以外の2人がいないことに気づく。
片時もマキシアプリの傍を離れることのない、2人の姫が今はいない。
「……王子を守るために先に力を使っちゃったわ」
「……そっか」
それすらも気づけなかった。
2人もただ無意味に死んだわけではないだろう。
否、無意味に死ねない。
もし死んだのであれば、それなりの衝撃があったはずなのだが……
「2人とも大きな蟲にしがみついて逝ったわ。安心して。王子には指1本触れさせなかったわよ」
その言葉は優しく告げられたはずなのだが、マキシアプリの心を抉る。
王子然としているマキシアプリ。
そして、お姫様のように扱って欲しいと常々訴えてきた3人の少女達。
〈マスター〉とエンブリオ。
それだけの関係であるが、互いにそれ以上の関係を求めていた。
故に、放心していた間に起こった事実を受け止めきれない。
「ばくちゃん。後いくつ出せそう?」
「5つがせいぜいね。貯め込んでいたリソース全部使い切っちゃったわ」
ばくちゃん……その名の由来は爆雷から来ている。
彼女の持つ爆弾は落下距離に応じた爆発を起こすのであるが、如何せん地上では使い勝手が悪い。
他2人のきぃちゃん、ぎょーちゃんも同様だが、そもそも水中での戦闘が得意であるマキシアプリが地上での戦闘にどれだけ貢献できるかという話だ。
マキシアプリのジョブによる固有能力の補正を込みにしたところで……いや、込みにするほど彼女達は死にやすくなる。
「どうしましょう?」
「……とりあえず全部使って。その間に考えるから」
マキシアプリの言葉に頷いたばくちゃんは器用にジャグリングしながら5つの爆雷を空中に放っていく。
なるべく高く放り投げる程、滞空時間が長くなり、【パラポーラ】も迫ってくる。
凶悪な牙がばくちゃんを捉えようとし、咄嗟にマキシアプリは庇うが、多大なダメージを負ってしまう。
超級職であり、耐久方のビルドであるが、見えて分かる大ダメージだ。
数度も耐えられる程ではない。
「……駄目だね」
「王子?」
【パラポーラ】の数は多い。
目に見える範囲でもまだまだいるだろう。
「住人はどうしてるかな」
「避難出来たんじゃないかしら。王子がここにいることと、王子が爆弾使いってことを教えて絶対に近づかないように言ってあるから」
「……それでか」
先ほどから救援も、逃げる人間も見えない理由にマキシアプリは溜息をつく。
やはりここは自分でどうにかするしかない。
どうやってどうにかするかは、手段は1つしか無かった。
空中に放られていた爆雷が地上に戻ってくる。
地面に、あるいは【パラポーラ】に触れたソレは数体を巻き込んでいく。
だが、それでも数は減ったように思えない。
「ばくちゃん。心中しようか」
その言葉は諦めの言葉と同時に殲滅の開始の合図だ。
出来れば必要に応じてでは無く、もっと気軽に使いたかった。
だが、それを現状は許さない。
選択は無く、必要を迫らせらえる。
マキシアプリがもう少し不誠実であったならばこの場を逃げ出していたことであろう。
だが、それを出来ないからこそ、マキシアプリはこの力を使うのであるし、この力を得たのだ。
「さあ。逝こうか」
「ええ。王子とならどこまでも」
この傷だと街を軽く飲み込むかと思い、マキシアプリは回復アイテムを使用した。
その直後。
北地区の【パラポーラ】、そして残存していたパス種、更には街の全てが跡形も無く消えることになった。
1匹も逃げられない。
どころか、ペルソティ中央部および東西部にすら多大な影響を残しかねない爆発が起き、戦況を大きく変えたのであった。