<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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171 魔法少女防衛碌 10

■ペルソティ 南部

 

【パス・コクーン】の脳裏にとある言葉が反復する。

 

『人間は侮るべきではない』

 

 そう口癖のように繰り返す者がいた。

 最後まで何をしてくるか分からない。

 最初から何を仕込んでいるのか分からない。

 外敵を排除するべく、世界の理さえも無視しかねない。

 火を、水を、雷を。

 それどころの話では無く。

 気象も、天変地異も、容易に覆し。

 どころか、天と地すらひっくり返しかねない。

 故に、恐ろしいのだ。

 人間という生き物は。

 勝つために手段を選ばず。

 勝つために負けを認めず。

 勝つために捨てるのだから。

 

 

 

 

 轟くような爆発の音と共に地面が揺れた。

 震動は近い場所からだろう。

 北の方からだ。

 

「……」

 

 方角とその爆発の威力から、パスシリーズの中で最も人間の強さと恐怖を説いていた者は死んだのだろうとコクーンは察した。

 未だ撤退の指示は無い。

 この街の人間を殺し尽くさねば帰ることが出来ず、【パラポーラ】を始めとしたパスシリーズ達も必死であった。

 とはいえ、彼我の実力差は歴然であり、そう難しくは無いだろうと思っていた。

 

 だが、蓋を開けてみればどうだろう。

 確かに、手応えのある人間にコクーンは未だ出会えていない。

 

 だが、同僚は死んだ。

 あの爆発では【パラポーラ】の大半もだろう。

 北側は特に兵士が集められていた。

 臆病な同僚に説き伏せられるかのように(実際に甘言豊かで言葉を能力に使う虫であった)、多数の【パラポーラ】やパスシリーズが数匹配置されていた。

 

 杞憂であれば良かった。

 心配し過ぎだろうと、笑い飛ばせれば良かった。

 

 これは戦だ。

 

 一方的な狩りであると勘違いしていたのはマンティスくらいだろう。

 

 反撃に合うことなど予想に容易い。

 

 故に、だからこそ、死ぬことは織り込み済みであるからこそ。

 

「死にましたかぁ」

 

 最も人間を脅威とみなしていた同僚が死ぬとは思っていなかったのだ。

 油断無く、慢心せず、警戒をしたうえで。

 それでも訃報の爆風はやってきた。

 

 もしも、とコクーンは思う。

 

 もしも、立ち位置が逆であったならば。

 

 この場に同僚が立ち、北に自身がいたのであれば。

 

 それならば、両者生き延びていたのだろう。

 あの程度の爆発、自身は文字通り痛くも痒くも無い。

 薄皮一枚程度剥がれるのであれば、喜んでやろう。

 

 その程度なのだ。

 その程度の爆発しか北では起きていない。

 

 結局、誰もこの百層を剥ぐに足りない。

 折り重なった繭は一枚一枚が神話級の鉱物に等しい。

 即ち、これを破壊するには相応の威力か、鋭さが必要になる。

 

 方法は知らないが、【パラポーラ】を操ってからの奇襲。

 確かに、その一撃は見事であったのだろう。

 頭上から、最も繭の薄い中心点を突く。

 体重と重力、そして武器の持つ本来の鋭さが加われば、一撃くらいは超えてみせるかもしれない。

 

 コクーンは感心してみせる。

 そう、無念でも屈辱でも痛恨でも無い。

 ただただ感心していた。

 

 それだけの余裕があった。

 

「その程度、なのですよ。あの爆弾はその程度。そして、その武器もその程度」

 

 繭が一枚剥がれていく。

 百層あった繭も残り1枚。

 だが、この1枚がとてつもなく遠い。

 

「……貫通しなかったか」

 

 目の前の人間は逆に悔しそうな顔を浮かべる。

 この一撃でコクーンを仕留めたかったのだろう。

 

 だが、それは不可能であることをコクーンは知っている。

 どれほど一撃の威力が高くとも。

 どれほど貫通力に長けていようとも。

 

「私の繭は1枚からしか剥げないのですよ」

 

 百層毎にダメージを受け止める。

 繭を百層剥ぐには、一枚が神話級の繭を100回破壊しなければならない。

 一度に百枚はもとより不可能。

 二枚も不可能。

 一度に一枚しか剥げない。

 それが【パス・コクーン】の能力である。

 

「それで終いですかぁ?」

 

 その人間には見覚えがあった。

 ダウトという終わった村の生き残り。

 妖刀使い、そしてコクーンにとってとても利用価値のある毒を使いの人間であった。

 

「……それは?」

 

 だが、人間の手にあるのはあの時の妖刀ではない。

 細剣である。

 触れてしまえば折れそうな、とても細い剣が人間の手に握られていた。

 

「毒で殺すのは何か誘っていそうだったからな」

 

 細剣から発せられる圧には覚えがあった。

 毒を生み出す鎧と似ている。

 

「形状変化、ですか……」

 

 人間はあの鎧を使う気は無いようだ。

 毒以外でコクーンを倒そうとしている。

 

「馬鹿なことを」

 

 やはり人間は愚かしい。

 同僚は間違っている。

 

 手札が多かろうと。

 切り札があろうと。

 

 人間は人間だ。

 

 弱小であり矮小であり、愚かしい。

 

 少しばかり見方を変えてしまえばすぐに違えた考えに至ってしまう。

 

「私にそのようなものが通用するわけ――」

「通用するさ。これは貫くことに特化しているんだからな」

 

 目の前の人間が突如己の喉に細剣を突き立てる。

 何をしているのか分からず、コクーンは反応が遅れた。

 虚を突かれた行動は思考を鈍らす。

 それはコクーンも例外では無く、しかし絶対的な防御があるからこそ、鈍ったところで問題は無いと、思考を戻しながら考える。

 

 人間は膨れていく。

 空気を入れ過ぎてしまった風船のように、膨張していく。

 

 その意味は分からない。

 膨れ過ぎた風船がどのような結末を辿るのか、それを忘れたコクーンは何をすることも出来ず、ただ破裂するのを見届けることとなった。

 

「なっ――!?」

 

 自身の喉に武器を突き立てて爆発する。

 何がしたかったのか分からない。

 だが、その爆発は北側で起こったものとは全くの別物であると、自身で体感したことで理解した。

 この程度であるのなら、街の端から端まで届かない。

 一つの区画さえ吹き飛ばせない。

 コクーンの目くらましになるのがせいぜいであり――

 

「それが狙いか!?」

 

 四方全てが繭に包まれたコクーン。

 そこに死角は無い。

 弱点も無い。

 

 だが、爆風と、煙によって一時的に視界が失われる。

 

「ああ。そうだ。同じ手を二度目に使うとなると警戒されるだろう?」

 

 背後から声が聞こえる。

 次いで、何かが自身を貫く感触。

 

 この人間は速度にも長けていたのだろうか。

 爆発による目くらましは一瞬だ。

 その時間だけで真後ろに移動できるとは。

 

「名は……何と言いましたか」

「クリアントだ。相棒はワンプ。そして今お前を貫いたのはマッドラップスだ」

 

 クリアント、ワンプ、マッドラップス。

 その3つの名を何度も何度も反復して覚える。

 自身の中に刻み込む。

 

 でないと忘れそうだから。

 この興奮に紛れてしまいそうだから。

 

「クリアント! ワンプ! マッドラップス!」

 

 相棒と言われるワンプが見えない。

 この場にいないのか、いない性質なのか。

 どちらでもいいことだ。

 

 だが、礼は言わなくてはならないだろう。

 感謝せずにはいられないだろう。

 

「ありがとう」

 

 百層の一番下。

 最後の一枚がマッドラップスにより貫かれた。

 即ち、これでコクーンを包み込んでいた繭は全て取り除かれた。

 

「私の誕生に付き合ってくれてありがとう」

 

 コクーンを縛り付けていた枷は外された。

 

 コクーンは蛹を意味する。

 芋虫が進化する途中にある状態だ。

 

 百層は長かった。

 それだけ進化するに至る準備が必要であったということだ。

 

 だが、ここにそれは終わりを告げる。

 

 蛹を脱ぎ捨て、コクーンを剥ぎ棄て。

 

「何と晴れやかなことか! 私は君たちに毒を使って欲しかったわけではない! この繭をさっさと壊して欲しかったのですよ!」

 

 理解不能。

 そんな顔をする人間に教える。

 それくらいはするべきであろう。

 それくらいは、殺す前であっても尽くすべきであろう。

 

 繭の最後の一枚から完全に抜け出る。

 少し湿り気がある。

 まだ不完全では無いようだ。

 

 光と舞う粉が新たな力の証。

 

「さようなら【パス・コクーン】。私の新たな名は【パス・バタフライ】」

 

 蝶のような鮮やかな翼で【パス・バタフライ】は飛び立つ。

 自由な翼を得て、気持ちも浮かんでいく。

 

「さようなら。クリアント」

 

 バタフライの言葉と共に、クリアントが吐血する。

 誰にも避けることは出来ない。

 致命的な毒を持つ鱗粉によって。

 




進化させずに倒す方法。
ありません。
なので、最適解は火で包む。
進化直後に猛火で焼かれて死にます。
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