<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ペルソティ
【鋭弾蟻匆 シュヴァーゲル】とその配下【パラポーラ】、そしてパスシリーズによる『甘味祭』の目玉である蜜の強奪及びペルソティ住民の壊滅といえる蹂躙。
大打撃を受けて、生き延びた人間は辛うじてといえる、数える程度の人数しかいない。
幸か不幸か、街の顔であり代表であり責任者である領主が生き延びているが、この人数では何が出来るわけでもない。
領主とその護衛代わりの衛兵たち。
そして、運良く〈マスター〉に匿われて生き残った住民の〈ティアン〉。
ペルソティに多少なりとも思い入れがある〈マスター〉が残れば、いずれは復興も可能になる……かもしれない。
そのためには他の街から移民を引き入れ住民の数を増やしたり、そもそもで被災地として周囲から支援を受けなければペルソティは地図から名を消すことになるであろう。
だが、その前にやることがある。
やらなければいけないことがある。
街の復興どころではない。
ペルソティの歴史と、シュヴァーゲルの過去。
件のUBMがただ通りすがりに蜜を簒奪したわけではないことは、ペルソティの歴史を紐解けば誰にでも分かる。
故にその行動が何の意味もないことではないと、ただ食料を奪いに来ただけではないと、分かったうえで腰を上げる者は……少なかった。
ペルソティの安全が確認されたのち、生き延びた者達の中で戦闘に関わった者、ペルソティの中枢部分にいる〈ティアン〉が仮設テントに集められていた。
手をこまねいて様子を見るつもりはない。
何か対策を、方針を練らねばいけないという気だけが急いていく。
具体的なものが浮かび上がらない中、
「……【妖精女王】に救援要請を」
絞り出すように領主は決断する。
それがどれだけの代償を必要とするか分からない。
まず間違いなく数百年に渡って、ペルソティは自由を失うことになるであろう。
だが、領主は理解している。
これはもはやペルソティだけの問題ではないと。
国家元首に託すべき案件にまで上り詰めてしまっている。
「思い出したぞ。祖父から寝物語に聞かされた蟻と少女の話を。父から躾代わりに聞かされた化物の話を」
「蟻……【パラポーラ】の親玉のシュヴァーゲル……スか」
イテカの言葉にその場の誰もが巨大な蟻を思い出す。
神話級UBM。
その力は未だ計り知れない。
何せ、配下の蟻達だけでペルソティは壊滅させられてしまったのだから。
「普通に考えれば、大群を支配するタイプは本体が弱いスけど」
「ジョブでいう【指揮官】系統やエンブリオのレギオンタイプですわね」
パーティや配下を強化することに秀でたUBM。
そう、楽観的に考えることは容易である。
「……でも神話級なんだよね」
「私、UBMを見るのも初めてだよ」
「珍しい存在に出会えるなんて幸運ね」
キシリーが不安そうな顔をし、対照的に夢味とドッペルは嬉しそうな表情を見せる。
「そう、神話級。ならばシュヴァーゲル本体も決して弱くないと見るべきですわ」
「見るべきですわって……まさか挑むんスか? そっちの領主さんは【妖精女王】様に助けを求めるみたいなんで大人しくしておいた方がいいんじゃないスかね」
「その猶予がありまして?」
プシュケーは領主に顔を向ける。
尋ねられた領主は渋い顔をする。
「……早馬を使っても半日以上。【妖精女王】の耳に届くまで更に半日。救援要請が受理されるか半日以上……」
「つまり、2日以上はかかりますわね」
それでも早い方だろう。
だが、それだけの時間を与えてもいいのだろうか。
「奪われた蜜。それを使ってシュヴァーゲルは神話級の枠を超えようとしている。それはよろしくて?」
「ああ。多大な栄養を秘めた蜜はモンスターの格を上げる。奴らが奪ったのであれば、食べないという選択肢は無いだろう」
この場の戦力を集っても神話級UBMにすら敵わないだろう。
その上にシュヴァーゲルは成ろうとしている。
そうなれば、打つ手は無くなるし、【妖精女王】やレジェンダリア所属の〈超級〉とて敵うか分からない。
「やはり早いうちに動く他ありませんわ」
「そうだね。プシュケーちゃんの言う通りだよ」
プシュケーの言葉に賛同しながら仮設テントに1人の魔法少女が入る。
全身の【骨折】や多数の【出血】、【裂傷】を抱え治療中であったクャントルスカがようやく戻ってきた。
MPもアイテムで回復していたが、その精神力まではアイテムを使っても回復出来ない。
持ち前のタフさで動いているが、彼女もすぐさまの戦闘は難しいだろう。
だが、それでもクャントルスカは敵陣へ突入するというプシュケーの案に頷く。
「このまま放っておいたらもっと強くなるんでしょ? そしたらもっと困る人が出てくるよ」
「クャントルスカちゃんが戦うなら私も行く……よ」
「私もー」
「夢味ちゃんが行くなら私も」
キシリー、そして夢味達も手を挙げる。
ちなみに妹妹は他の住民達と共に避難所にいる。
彼女を一目見た衛兵が『こんなか弱い女の子は守護らねば……』と避難所へと連れて行ったのだ。
街の安全性が確保され、妹妹としてもこれ以上はやれることは無いと判断し、そのまま庇護対象としての立場に甘えている。
そんな妹妹だが、プシュケーはパスシリーズの1体を倒していることもあって強くは言えない。
何より、必殺スキルを使った彼女をこれ以上酷使できない。
残りは暗殺向きのエンブリオが残っただけだ。
戦場に連れて行くのは酷であろう。
「イテカ、貴女はどうしますの?」
「確認スけど、蜜を取り返すことが目的でいいんスよね? シュヴァーゲルの討伐じゃなくて」
「ええ。第一の目的はそうですわね」
尤も、シュヴァーゲルを倒してしまえば蜜の奪取どころの話では無いのだが。
イテカの内情を良く知るプシュケーとしては彼女のやる気がこれ以上下がらないように、比較的簡単な目標を以て頷く。
「……分かったスよ。ここまで来たら見てみぬふりも出来ないス」
「そもそもでお前、儂が雇った護衛だからな?」
領主に負けず劣らず渋々といった顔でイテカも手を挙げた。
「これでこの街にいる魔法少女は……あの子を除いて全員ですわね」
「あ……クリアント君忘れてた」
「彼は別枠でしょう。というか、何処に行ったのかしら。易々と死ぬようには見えませんでしたが」
実際は易々と死ぬのだが、プシュケーはクリアントの力を知らないため、少しばかり過剰に評価していた。
その他、蜜を取り返しに行くと名乗りを上げる〈マスター〉達。
彼らに恐れはない。
何より、神話級UBMを倒すチャンスである。
誰もがMVPになろうと躍起になっている。
「俺はここに残らせてもらう。またこの街に攻めてくる可能性も無くはないからな」
クャントルスカと共にヘラクレスに立ち向かった大楯使いは残留すると告げた。
装備さえ整えば彼も上級〈マスター〉として戦力になるが、生き延びた〈マスター〉の大半が敵方へ攻め入ってしまえば手薄になってしまうと判断する。
「そういうことならこの街のアイテムは幾らでも持っていってくれ。儂に何も出来んが、それくらいはさせて欲しい」
【パラポーラ】は積極的に人間を殺していたが、アイテムはその限りで無い。
二次被害により壊された住居などの下敷きになり使い物にならなくなってしまったアイテムはあるが、まだ使う分には問題ないものもある。
それを領主は〈マスター〉達に配る。
「それで最後に領主さん? 聞きたいことがあるのですが」
「な、何だ……?」
「シュヴァーゲルは何処にいるんですの?」
「……」
答えは無言であった。
そんなもの領主も知らなかった。
「……知っていたら既に討伐命令を下していた」
「ですわよね」
手っ取り早いのが、【パラポーラ】達の空けた穴を通っていくことだ。
だが、何処に通じているのか、どこまで入り組んでいるのか、そしてどのような罠が待ち受けているのか分からない。
行き着いた先に大量の【パラポーラ】が待ち受けていて全滅……ということだってあり得るかもしれない。
「誰か索敵が出来るエンブリオかジョブをお持ちの方は?」
誰も手を挙げない。
生き延びたのは【パラポーラ】の侵略を生き延びた〈マスター〉ばかりだ。
非戦闘員のほとんどが死んでしまっている。
「……どうしましょう」
敵の居場所が分からなければ攻勢に出られない。
こればかりは幾ら力があろうとも解決しない。
「さあ、先輩! 今こそ活躍のチャンスですよ! 普段はパッとしないとか、窓際族とか言われてる先輩がここは皆の注目を集めながらビシッと言ってください」
「え、俺そんなこと言われてるのか……?」
沈んだ仮設テントの中。
そこに新たに入って来たのは1人の〈マスター〉とエンブリオの少女であった。
少女の言葉に多少は動揺を見せた〈マスター〉の男だが、
「えーと……聞こえてきたんだが、蟻の巣が分からないってことでいいんだよな?」
「そうですわ。そこの彼女が言っていることが本当なら、貴方は分かっていますの?」
プシュケーの言葉に男――クリアントは
「多分だけどな。蟻の1匹にマーキングして追っているが、ソイツはこの街の近くの山の中に巣を作り上げている」
想像以上に近い場所の名を口にした。