<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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175話 糸の結界

■名も無き山

 

 シュヴァーゲルが巣を構える山。

 その周囲一帯には結界が張られている。

 結界、とは言うもののそれはシールドやバリアといった障壁では無い。

 全てとあるネームド個体がその体組織から作り出した糸で拵えた網である。

 触れれば粘着性のある糸が捕らえ、ネームド個体にそれを知らせる。

 逃げることも出来ず、藻掻けば藻掻くほどより糸は絡まり、そして個体の到着を待ち受けることとなる。

 元来、戦闘を得意としなかったその個体は罠づくりに特化していた。

 1日もあれば一つの山に網を張り巡らせることなど造作も無い。

 そして、【神子】ルーチェにより戦闘面をも強化された。

 

 一分の隙も無い。

 個体はそう感じていた。

 結界は索敵に、罠に、攻撃に用いることができる。

 時間さえあれば他のネームド個体をも上回る活躍をもたらす事が出来るであろう。

 今は王が蜜を食している頃であろう。

 その取りこぼしだけで、個体は斯様にまで強くなれた。

 全ての蜜を食べ終えた時。

 王がどれほどの存在に至るのか。

 考えるだけでも恐ろしい。

 

「まァ、私が考ェるだヶ、無駄でしょゥ」

 

 口から、そして臀部から糸を吐きだす個体。

 名を【パス・スパイダー】。

 彼こそが糸の結界を作り出した正体だ。

 口の中に糸を作り出す器官があり、絶えず糸が吐き出されているため発声と発話が奇妙にずれているが、人語としては十分通用する。

 配下の【パラポーラ】達に決して糸には触れぬよう指示し、己は結界の薄くなった箇所を補填していく。

 

「……また、子ァリ、引っかかりました」

 

 6本の手足を器用に動かし糸を手繰る。

 たちまちのうちに糸は対象をがんじがらめにし、繭状に閉じ込めてしまう。

 スパイダーは糸から伝わる感覚のみで大きさ、質量、凡その強さまで割り出す。

 今現在、最も罠にかかりやすいのが【パラポーラ】である。

 彼らにすら糸がどれほど張り巡らされているのか伝えることはしていない。

 というよりも、スパイダー以外はその結界の密度と広大さを把握しきれないのだ。

 ネームド個体であれば糸を引きちぎる、あるいは切断していくが、【パラポーラ】程度の力であるとそうはいかない。

 

「面倒です」

 

 スパイダーが直接指揮する個体であればまた違うのだが、他のネームドが指揮する個体は容易く罠にかかっていく。

 一々解除するのも手間であるが、迂闊に数を減らすのも得策ではない。

 何より、兵の数を減らすことは王への叛逆を意味してしまう。

 

「ネズミは……もうィませんよね」

 

 スパイダーは感づいていた。 

 何者かが【パラポーラ】を操り巣穴に潜り込んでいることを。

 

 既に無数に掘られている巣へ続く穴の幾つかが知られている。

 それを王に進言するべきであるのだが、スパイダーは手を空かすことが出来ない。

 スパイダーがこの場を離れれば緻密に張り巡らされた糸の結界が綻んでしまう。

 自身を起点として作り上げたからこそ移動が出来ないという難点。

 

「誰か、来てくれると、ィィのですが」

 

 スパイダーが配置された巨大な空洞は山麓に位置している。

 敵が来るとすれば麓から。

 そのため最も察知し易い場所にスパイダーは陣取っていた。

 

 自身が移動できないのであれば誰か移動できるものが来ればいい。

 【パラポーラ】では駄目だ。

 直属の配下も、その他の個体も今の山を移動すればどこかでスパイダーの罠にかかる。

 いっそのこと【パラポーラ】の体格や質量を限定して糸の結界をすり抜けるようにしてしまえば事足りるのだが、そうしてしまうと先の【パラポーラ】を操る何者かが巣の中枢部に進んでしまうだろう。

 操作された個体の微妙な足運びの違いや視線、顔の向きなどは罠を設置したスパイダーにしか分からない。

 糸というスパイダーの手足や甲殻よりも敏感な感覚器官があるからこそ分かるものなのだ。

 

「スティックは……捉ェきれませんか。ヘラクレスとスコーピオンは遠ィ……」

 

 他のネームド個体達を頼ることも出来ず、スパイダーは罠を張り巡らせ続ける。

 【パラポーラ】を捕らえては罠を解除し、新たに作成していく。

 虚しい作業だ。

 石を積み上げては崩す作業にも似ている。

 

 だが、敵は確実に存在する。

 

 街を襲撃し、その生き残りか、あるいは他から狙われていたか。

 

 どちらにせよ待ち受ける。

 

 攻勢に出ることはしない。出来ない。

 

 防衛であるからスパイダーは強く、そして負けない。

 

「違ゥ、違ゥ、違ゥ……」

 

 徐々に結界を拡げるのが難しくなってきた。

 拡げれば拡げるだけ罠にかかる【パラポーラ】は多くなり、修復に時間を要する。

 

 一定の広さに達した時であった。

 

「違……くなィ……ッ!?」

 

 樹木の梢に拡げていた糸がソレを探知した。

 瞬く間に糸が絡まり、巻き上げていく。

 

 それは……小さな鳥であった。

 

「モンスター……?」

 

 既に山岳部一帯のモンスターは王とネームド個体達で一掃されていた。

 だが、こうして飛行可能なモンスターは山頂を通り抜けることもあろう。

 知らずして山に入り込み、そして罠にかかってしまったのだろうか。

 

「……まァ、ィィ」

 

 人間のスキルを用いてソレを瞬時に殺す。

 どちらにせよ不確定要素であることに違いない。

 それに、倒せば少なからず栄養にはなる。

 他のネームド個体は知らないがスパイダーは肉食だ。

 何かしらの肉が落ちてくることを願って糸を引き戻した。

 

「……?」

 

 ドロップ品は確かに糸の中にあった。

 【蜂鳥の肉】と【蜂鳥の卵】。

 卵があったことは僥倖だ。

 レアな食材アイテムであり、スパイダーの好物でもある。

 これ自体は喜ばしい。

 すぐにでも糸を手繰る手の1本と吐き出す口を止めて貪りつきたい。

 

 だが……

 

「ォかしィ。リソースが少なィ」

 

 確かに取るに足らない弱小モンスターだ。

 100匹倒したところでレベルが1上がることも無いだろう。

 だが、それでもリソース――直接的に得られる経験値が全く得られなかった。

 10でも20でも無く、0だ。

 

 そんなことは有り得ない。

 モンスターを倒したのはスパイダーだ。

 他の何者かと共闘、あるいは横やりがあったとしても、スパイダーが戦闘に加わった時点で最低値であったとしても経験値は入るはずだ。

 

「まさか……」

 

 ふと思考をよぎる。

 もしかすると、既に小鳥は死んでいた。

 敵は死体を操る屍術師のような存在ではないだろうか。

 

 そう思い至った経緯はある。

 殉職したネームド個体にもいたのだ。

 己が殺した死体を操る蟲が。

 

 似たような能力なのだとすれば……

 

「クソッ……だから、か……」

 

 スパイダーが殺した【パラポーラ】は全部で3体。

 いずれも周囲を探るような視線の動かし方、そして規則正しくない進み方をしていた。

 それは操作されているからだと思っていたが、真相はそれ以上だ。

 殺され死体を操られていた。

 悍ましい。

 恐ろしい。

 味方であれば頼もしい力も敵になれば何とも最悪な力だろう。

 

「……」

 

 どうするか、とスパイダーは思案する。

 スパイダーが結界を張り巡らせてから内部に敵は入り込んでいない。

 であれば、その外の包囲網を厚くする他無いだろう。

 

 これまでは地中に対して三次元的に拡げていたが、これからは空に向けても行わなければならない。

 だが、それでは手も糸も足りない。

 どこかしらで解れ、解け、瓦解してしまう。

 

「地上を中心に。下は他に任せましょゥ」

 

 どうせ【パラポーラ】達が先ほどから何度も罠に引っかかっていたのだ。

 その労力を他に割きたいと思っていた。

 

 故にスパイダーは地中の結界を捨てる。

 そして、地上及び空中に罠を作り直す。

 

 精巧で緻密で整然だ。

 

 もはや芸術作品といってもいいだろう。

 

 スパイダーを起点として拡がる糸の結界はまず山麓を包み込む。

 そして、中腹部、山頂部を取り囲み、徐々に木々にも侵略していく。

 

「ァァ……我ながら酔ィそうな程見事です……」

 

 己の仕事に満足し――その一部が切り離されるのを感じ取った。

 

 敵だ。

 

 モンスターが通り過ぎたのではない。

 刃物で糸を切断された。

 

 待ち受けて待ち侘びて待ち呆けた待望の敵であった。

 

「よゥこそ……我が糸の結界へ」

 

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