<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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177話 英雄を誘わず 2

■【魔法少女β】プシュケー・アーチ

 

 ワルキューレ1人の死亡。

 事態に動転し、その場全ての思考が固まる。

 最も早く正気に戻ったのは、経験に勝り、そして指揮官でもあるプシュケー……では無く、その真後ろにいたワルキューレの少女であった。

 ワルキューレの中でも数少ない杖を使う術者であるが、その活躍は少ない。

 【魔法少女β】は武器の強化を固有能力とするが、その本質は武器による攻撃の強化であり、MPを使用する魔法スキルへの恩恵は全くない。

 遠距離からの牽制程度しか役割が無く、それも弓使いの方がダメージ源にもなるため、後方からの回復が辛うじて役立っているとワルキューレの少女自身も自覚していた。

 

 故に彼女は視野を広くしていた。

 何が起きているか、自身の〈マスター〉の身に危険が迫っていないか。

 広く、そして正確に見極め、プシュケーの腰の辺り、彼女自身からは死角になり認知出来ない場所にあの糸くずのようなものが付着していることに気が付いた。

 

 咄嗟のことだ。

 本来であればプシュケーの命令を待った方が良かっただろう。

 

 だが、先の同胞の死と、手首を切断され今も尚苦痛に呻く同胞を目の前にし、正気に戻っても尚、焦燥していた。

 

 生気を失い、昏く沈んだ瞳孔。

 自身の〈マスター〉が同様の結末を辿るなど考えたくも無い。

 

「――ッ! とど、いて……!」

 

 手を伸ばす。

 必死に。懸命に。

 己の命を顧みずに、プシュケーの命のみを考える。

 

 糸が手に触れた。

 そこから先、いつ自身の指が斬り落とされるか分からない。

 だが、1秒でも早く、その凶悪な糸をプシュケーの身から離したい。

 

 この糸こそがトリガーなのだ。

 同胞を切断した敵の凶悪な一手。

 

 それを跳ね除けないことには……

 

「《ブレス》」

 

 風魔法の中でも低級。

 故に詠唱も発動に至るMPも時間も少ない、ただそよ風を起こすだけの魔法。

 

 ワルキューレの術者の指先から放たれたソレは、糸くずを空中に巻き上げ、そして糸くずは細切れに分解された。

 

「これは……」

「〈マスター〉。すぐにご確認を。我々の身体にあの糸が僅かにでも付いていれば、お終いです」

「……ええ! 皆!」

 

 生き延びたワルキューレ達が互いに身体をチェックする。

 手首を失ったワルキューレも術者から回復魔法を受け、止血され、ひとまずは【出血】によるダメージで死ぬことは無くなった。

 

「……これほどまでとは」

 

 結果、プシュケーと6人のワルキューレの身体からは35の糸が見つかった。

 いずれも手で触れることは危険であるため術者の風魔法で一か所に集め、燃やした。

 

「ファインプレーでしたわ。流石私のエンブリオですわね」

「お褒めに預かり光栄です」

「しかし……これから先、安易に糸を切っていくのも避けた方が良さそうですわね」

 

 思っていたよりも厄介な敵だ、とプシュケーは攻略法を考える。

 未だ敵の姿は見えていない。

 

 だが、触れたら囚われる糸の結界。

 斬り落としても尚、触れたら切断力を持ち合わせているのであれば、迂闊に切り払えない。

 切り払えば糸が消えることもあるため、その全てでは無いのだろうが、それでも全く糸に触れずに先に進むということは困難だ。

 

「……前方に敵影確認。【パラポーラ】です……が、これまでのものとは別種。異形のようです」

 

 弓使い兼観測手のワルキューレからの報告を聞き、プシュケーは前方を睨む。

 

 一見、それは小さい個体に見えた。

 人間程の大きさの【パラポーラ】が、やけに小さいのだ。

 脚の数は同じ。全長も変わらない。

 だが、その高さが違う。

 

「……次から次へと。まるで進化しているとでも言いたげですわね」

 

 否、小さいわけではない。

 その【パラポーラ】達は体を持ち上げていない。

 6つある脚は推進するためだけに用いられ、その身体は這うように地面に触れている。

 異形といえば異形。

 進化といえば進化。

 

 だが、その本質はただの改造だ。

 

 この糸使いの主である【パス・スパイダー】専属の【パラポーラ】は主の仕事の邪魔をせぬよう、あえて体高を低く作られていた。

 

「……迎え撃ちますわ!」

「〈マスター〉! ここから先、人間の頭部の高さに糸が張り巡らされています。ご注意を」

 

 改造された【パラポーラ】はプシュケー達の腰の高さも無い。

 そのため、スパイダーの糸は容赦なく、そして惑うことなく侵入者である人間の首元を狙って攻撃が出来る。

 

「糸は燃やしますわ! ゲンドゥル!」

「畏まりました」

 

 術者がそれぞれの武器にエンチャントを施す。

 威力こそ弱いが、炎属性を付与された武器は各々が炎を宿していく。

 

「あまり時間はかけられませんわ。クャントルスカ達が追いつく前に決着を付けなければなりません」

 

 この敵はこちらの人数が多い程に被害も大きくなる。

 これだから制圧型や殲滅型は厄介なのだ、と思いながらプシュケーは燃えるスウェーコンを振るう。

 伸縮自在の槍は糸を燃やしながら【パラポーラ】を団子状に貫いていく。

 糸は燃えれば一気に広がる。

 そうなれば視認のしづらさなど無くなる。

 ワルキューレ達もプシュケーに続いて糸を、【パラポーラ】を撃破していく。

 

「敵残り12……7……3……0。殲滅完了です」

「気を緩めるのは早いですが、少しばかり息を整えると致しますわ」

 

 戦闘経験だけでいえばプシュケーもまた魔法少女達の中では群を抜いている。

 その中でもかつて【魔法☆少女】に近いとされていたのは、その戦闘センスだけでなく、彼女が学習するタイプであるからだ。

 

「つくづく、ドラゲイルと戦っていてよかったですわ。ゲンドゥル、その調子で頼みますわね」

「お役に立てて何よりです」

 

 ドラゲイルとの戦いではワルキューレが壊滅寸前にまで追い詰められた。

 その一端がドラゲイルの使ったスキルであり、模倣したエンブリオであるアラクネ。

 仕組みこそ違うのだろうが、超高速で震動するアラクネの糸は触れるもの全てを切断するワイヤーであった。

 

 その場では対策を講じることが出来ず、必殺スキルを用いてスキルを封印するしか無かった。

 

 だが、次に同様の場面になったら?

 その時もまた必殺スキルに頼るのか?

 ワルキューレの命を代価に勝利をもぎ取るのか?

 

 否。

 

 そんな、誰かの命を失うことで得られるものなど敗北以外には無い。

 あの戦いは敗北、よくて引き分けだ。

 決して心情的にも勝利などと言えない。

 

 故に、新たな戦い方を模索するしか無かった。

 

 ほとんど戦闘スタイルを完成させているプシュケーとエンブリオであるワルキューレ。

 何かが加わるとすれば、ジョブの変更か、新しい武器くらいしかない。

 

 だが、そのどちらも難しい。

 【魔法少女β】以上にプシュケーに合うジョブなどそれこそ超級職くらいだろうし、それ以外の上級職に就けば、ワルキューレが弱体化してしまう恐れがある。

 武器にしても、特典武具か、かなりの大金が必要なレア装備しか無いだろう。

 

 どちらも難しい……のであれば。

 ワルキューレの1人を育て直すしか無かった。

 

 術者のワルキューレ。

 特性故に活躍の場が少なかった彼女を鍛え直す。育て直す。

 

 攻撃に関するスキルを一切捨てさせ、バフに集中させる。

 

 その時間は果てしない。

 今も尚、完成に至ったなどというつもりはない。

 

 だが、再度糸使いと戦う場面があったのならば。

 

 容易くやられるつもりは毛頭なかった。

 

「糸の密度が濃くなってきました。敵の本拠地に近いかと」

「こちら、《殺気感知》にも反応あり。先ほどまでの【パラポーラ】とは違う個体です。ネームドの1体かと」

 

 観測手である弓使いと索敵役である短刀使いがそれぞれ報告してくる。

 

 薄暗い洞窟。

 幾重にも張り巡らされた糸は、敵から身を隠すのではなく、敵を阻み捕らえる罠のように作られている。

 

「間違いありません! この糸を扱う敵個体。名は……【パス・スパイダー】! 【パラポーラ】複数体と共に待ち受けています」

 

 【パス・スパイダー】。

 漸く名を知ることが出来た。

 それだけでも収穫だ……と言うつもりはない。

 この個体を倒して満足、とするつもりもない。

 

「全力を出し、そして余力を残しなさい。私達の目的は神話級UBMの討伐。この個体は前哨戦に過ぎません」

 

 火魔法が込められたジェムで入り口の糸を燃やし飛ばす。

 その火が消えぬ前に、少女らは洞窟内部へと突入していった。

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