<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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178話 英雄を誘わず 3

■【魔法少女β】プシュケー・アーチ

 

 洞窟内の空洞は広い。

 湿った葉を踏みながら、転ばないよう注意せねばと気を引き締める。

 6人のワルキューレを伴いながらの突入。

 大所帯であるからこそ、互いに連携のとりやすく、かつ邪魔にならない広さを期待していたが、それは同時に相手にとっても同様である。

 敵はネームド個体である【パス・スパイダー】であるが、しかし【パラポーラ】も多数待ち受けている。

 スパイダーと共に戦えるよう調整された蟻達の存在こそが、広い空間であることを安易に喜べない要因である。

 

「状況が状況ですわ。私が指示を出す余裕も無いことを鑑みて動くように」

 

 後ろに下がって司令塔と化す。

 サブジョブに【司令官】を置いているため、ワルキューレ達を強化するのであれば手の一つなのだが、プシュケー本人の戦闘能力が彼女らよりも上であるため、全体の戦力としては落ちてしまう。

 そのため、プシュケー本人も戦闘に混じりつつ、その場その時で指示を出すことが多い。

 常であればそれで事足り、ワルキューレ達も主の言葉を聞き逃すことは無いのだが、強敵を相手にする際、プシュケー自身が指示を出すことが難しくなってしまう。

 

 故にワルキューレ達は自身で考える。

 これも自我と感情を持っているからこそであるが、それが逆に足を引っ張ることもある。

 助け合うことは美学である。

 だが、気にかけし過ぎてしまうからこそ、目の前の敵に集中できないこともある。

 

「だから事前にこれだけは言っておきますわ。私の身は自分で守ります。だから、まずは自身を、そして隣を助けなさい!」

 

 ワルキューレ達は走り出す。

 各々の武器を手に、まずは【パラポーラ】を殲滅しに。

 

「無駄ァ! どれだけ鍛ェ上げよゥと、どれだけ数を用意しよゥと、我が結界が全てを捉ェるのですから!」

 

 迎え撃つは蜘蛛型モンスター【パス・スパイダー】。

 彼の口内で生成され、発射された糸は6本の糸で編まれ操られる。

 放射状に広がる蜘蛛糸が洞窟内に新たな結界を作り出す。

 

「勝機はただ一つ。私があの蜘蛛の前に立った時ですわ!」

 

 炎が付与された武器を手に、ワルキューレ達は蜘蛛糸を焼き払っていく。

 暗い洞窟に広がる細い蜘蛛糸の視認は困難だ。

 だが、炎に照らされ、ひとたび火が灯ればそこから伝わり燃え広がっていく。

 

「(……やりやすい!)」

 

 敵の正体が分からないまま山中を駆けていた時と比べれば、明らかに優勢に持ち込めている。

 敵は見た目通り罠を作り待ち構えるタイプであり、直接戦闘には長けてない。

 故に近づけさえすればこちらの勝ちであろうとプシュケーは読んでいる。

 既に同じ空間内にいる。

 徐々に距離を詰めていけば、【パラポーラ】が大量にいたところで負けることは無い。

 

「伸びよ!」

 

 手の中のスウェーコンを伸ばし、進路上にいた【パラポーラ】複数体を串刺しにする。

 光となり消えていく蟻達には見向きもせず、次の標的を定め、再び槍を伸ばす。

 

「(いける……このまま押せば……)」

 

 一歩、また一歩とスパイダーへと近づくプシュケーとワルキューレ達。

 脅威に見えていた【パラポーラ】も数が減っていけば、多少攻撃力の高いモンスターに過ぎない。

 スパイダーの罠に適応するためか、体型を無理やり変えた反動かは不明であるか、通常個体に比べて速度も遅くなっている。

 

「ちィっ! 全軍進撃しなさィ!」

 

 スパイダーの声に合わせて、後方に控えていた【パラポーラ】全てが押し寄せてくる。

 だが、それも既に機を逸していた。

 邂逅時の激突よりも少ない数の進軍など、今更というものだ。

 瞬く間に片付け、残りはスパイダーのみとなった。

 

「ふふん。見なさい。この美しい圧勝を」

 

 洞窟に入ってからは1人のワルキューレを欠くことなくスパイダーを追い詰めた。

 これならば、余力を残したまま他のネームド個体達とも戦えるだろう。

 

「マスター。慎重に」

「ええ。分かっていますわ。各人、糸が付着していないか見ておきなさい」

 

 そういえば、何故糸があれだけの攻撃力を伴っていたのか。

 その謎は解明されないままであった。

 

 糸に触れたら即詰み、というわけではない。

 若干の時間差があり、それによって助けられた場面も多々ある。

 

「……(念のためですわ)」

 

 近づいた瞬間、落とし穴のような罠が待ち構えているかもしれない。

 罠を作る敵であるからこそ、予め用心しておくに越したことは無いだろう。

 幸いにもスウェーコンは近・中距離を得意とする武器。

 離れた場所から伸ばして戦うことも出来る。

 

 回避されぬよう狙いを定め……ようとし、ふとスパイダーの顔を見る。

 蜘蛛と人の混ざったような相貌。

 その複眼は何を捉えているのか。

 気になり、先を追うと――

 

「(下……?)」

 

 地面を見ている。

 そこに何があるのか。

 

 プシュケーに見えるのは湿った落ち葉のみ。

 危惧していた葉によって滑ることは無く、安堵していたが、そもそも何かがおかしいとプシュケーの頭の中で警鐘が鳴る。

 

「マス――」

「跳びなさい! 早く!」

 

 その言葉と同時にプシュケーは高く跳び上がる。

 ワルキューレ達も命令通りに跳躍するが、数人出遅れた者がいた。

 その遅れたワルキューレ全ての……足首から先が消失した。

 

「なっ……!?」

 

 ちらりと覗く葉の下にある白い何か。

 それは、先ほどから警戒しても足りなかった蜘蛛糸だ。

 

 そもそも違和感のある景色であった。

 木の1本も生えていない洞窟内に葉が敷き詰められている。

 蟻達の餌だろうかと考えたが、それよりもスパイダーは罠を張るネームド個体。

 葉そのものが罠もしくは罠をカモフラージュするために用意されたと考える方が自然である。

 眼前に張られた蜘蛛糸にのみ注意を向け、【パラポーラ】を倒し切って安堵させた瞬間に地面の蜘蛛糸を操作する。

 2段構えの罠。

 

「(やってくれましたわ……ね!?)」

 

 違う。

 スパイダーのターンは終了していないのだ。

 

 地面に置かれたスパイダーの手は次に壁に添えられる。

 壁にも糸が張られており、それは辿れば天井にまで伝わっていた。

 

 即ち、

 

「(私達が跳ぶのも含めて……)」

 

 天上から網目状の糸が降り注ぐ。

 薄暗くて見逃した、などという言い訳は通用しない。

 最初から警戒すべきであったのだ。

 天井も、地表の葉の下も。

 何もかも罠が張り巡らされていると、蜘蛛の棲み処に侵入するという意味を踏まえて行動するべきであった。

 

 網目状の糸。

一見、プシュケー達を捉える罠のように見えるが、それそのものが全てプシュケー達を切断するに容易い威力を秘めていると想定すべきだろう。

 

「……スウェーコン!」

 

 糸が降るよりも先、伸びたスウェーコンが天井を突き崩す。

 崩落する天井により、糸もそこらかしこに散らばっていく。

 下手をせずとも大惨事であるが、糸に触れるよりもマシであろう。

 それに、これくらいであればワルキューレも死なないだろうという計算の下だ。

 

「……ふゥ。随分と無茶をしますねェ」

 

 だが、結果的にそれは防がれた。

 プシュケーもワルキューレも細かな破片により微細なダメージを負ったが、それだけ。

 目に見える致命傷を負う者はおらず、足を失ったワルキューレのくぐもった声が聞こえるのみ。

 そして、焦燥した様子のスパイダーだけだ。

 

「あら。防がれましたのね」

 

 降り注ぐ瓦礫。

 それら全てが天井に張られていた蜘蛛糸が受け止めていた。

 

「(蜘蛛の糸だけに随分と頑丈ですわね……)」

 

 切断や熱には弱いが、衝撃には強いらしい。

 だが、それ以上にプシュケーには収穫がある。

 

「やはり。耐久性は低いようですわね」

「……」

 

 防いだということは、防がなければならなかった理由があるということ。

 持ち前のENDと装備で崩落を耐えきる覚悟をしていたプシュケー達と違い、スパイダーは耐えられる自信が無かったようだ。

 

「(とはいえ懸念は残っていますわね)」

 

 着地したプシュケーの足は無事である。

 着地する瞬間にスウェーコンで足元の糸を葉ごと吹き飛ばしたことが功を奏したのだろうが、他のワルキューレも無事であることを考えれば、何か他に条件もあるのだろう。

 

 時間か、あるいは状態か。

 

「(いえ、ヒントはありますわね……)」

 

 頭上の瓦礫を支える蜘蛛糸。

 何故糸は瓦礫を切断しないのか。

 プシュケー達を斬り殺すために網目に作られていた糸であるならば、支える瞬間に切断していなければならないはずだ。

 

「瞬時に切り替えた……? いえ……切断出来なかった……?」

 

 結果的に支えたというよりも、始めから切断機能を付与されていなかった。

 その可能性がある。

 

「……思い出しなさい。ワルキューレ達が斬られた時を」

 

 何か、共通項があるはずだ。

 糸が罠として機能した瞬間と、そうでなかった瞬間。

 

「……糸の破片?」

 

 そうだ。

 肩に、腰に、付着していた小さな糸の破片がワルキューレ達を苦しめた。

 他の場面において糸はただ粘着性を伴うものでしかなかった……はずだ。

 

「であれば――ッ!?」

 

 スパイダーが再び糸を吐きだす。

 それらは明確にプシュケー達を捉えるために作り出されたものである。

 回避しようとするも、しかし足が動かない。

 

「……!?」

 

 痛みは無い。

 ダメージも無い。

 

 ただ、糸に絡めとられているだけだ。

 

「いつのまに……!」

「こんな目に見ェた動作だけでァるはずが無ィでしょゥ」

 

 スパイダーの手に握られた糸は、口から吐かれたものよりもずっと多い。

 どこか他にも射出器官があったのだろう。

 先ほどから口にばかり気を取られていたから見逃していた。

 

「さて、これにて詰めです」

 

 スパイダーの編んだ糸。

 粘着性に富んだソレは、今度こそプシュケー達を1人残らず捉えたのであった。

 

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