<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【パス・スパイダー】について
【パス・スパイダー】を始めとしたネームド個体達には人間の遺伝子を組み込まされている。
それは、彼らの王……の側近である【神子】ルーチェに言わせれば進化。
蟲に欠けていた人間の技術を補うための進化だ。
では、その技術とは何か。
人間の何を……というか、誰を取り込んだのかと問われれば、答えは『超級職』と返す他ない。
才の頂点。
特化した技術そのもの。
それこそが、ルーチェに言わせれば『超級職』である。
適応不適応もあるだろうが、それぞれのネームド個体に埋め込まれた『超級職』は異なる。
頭脳の足りない個体に知識や知恵ある遺伝子を取り込ませようと試みたが、それは失敗し、長所を伸ばす形となったケースもある。
だが、薄い自我を強くしたり、戦闘時におけるセンスを覚醒させたというケースもある。
伸ばせなかった、あるいは補えなかったものもあるが、適合した蟲全てが強くはなっているのだ。
弱くさえならなければいい。
強くあれば、更に強くなる事も可能なのだから。
さて、【パス・スパイダー】を例にあげるとすれば、彼の場合は純粋に欠けていたものを補うこととなった。
元より罠を作り出すという点において彼は一定以上の知恵とセンスを持ち合わせていた。
それを高めたところでたかが知れているだろう。
ルーチェが見出した欠点は、彼に決定力が無かったという点である。
粘着性の糸。
触れたら最後、振りほどくことは他のネームド個体でさえも困難であるが、しかし裏を返せばそれだけの能力。
スパイダーの糸に殺傷力は無い。
殺す力が無いから、殺すためには他のネームド個体や【パラポーラ】を伴っていなければならない。
攻撃特化の【パラポーラ】がいるから、と当初は本人もそれ以上を求めていなかった。
過ぎたる力は……などという考えではなく、本当に不要であると考えていただけなのであるが、ルーチェとしてはつまらない答えであった。
殺す力があればもっと強くなるのに。
殺したことが無いからそんなことを言っているのだろう、と。
故に、彼女はスパイダーに殺すための力を与えた。
過去に存在した人間の肉体の一部。
超級職に就いていた才ある人間の遺伝子。
その中でスパイダーと相性の良さそうなものを見繕い、施術を施した。
超級職の名は【切断王】。
切断特化型超級職。
その能力は切断の補正のみに留まらず。
否、本来は切断能力を持ち合わせている者が就くのだから、そのスキルはあまり重要視されていなかった。
斬る者が斬られる前提のスキルを多用する意味など無かったのだから。
だが、スパイダーにとっては違う。
切断力を持ち合わせていない彼だからこそ、そのスキルを使いこなせる。
スキル名は《両刀両断》。
斬られたら斬り返す。
それだけのスキルだ。
剣で身体を斬られた。
その箇所に同様の傷を与える。ただし、【切断王】の切断力補正も込みで。
真正面から戦う際に少しだけ有利になるような、奥義とも呼べないスキルである……はずだったのだ。
何故ならば、相手を殺す程の致命傷を負わせるにはこちらも相応の傷を負わなければならないのだから。
だが、スパイダーが使えば意味はまるで違うものになる。
脅威度が各段に増す。
【切断王】は己の肉体と武器に補正をかける超級職だ。
現在は妹妹という〈マスター〉が【切断姫】に就いているが、彼女はただエンブリオの必殺スキルの威力を増すために使用している。
彼女のスキルもまた、武器からの攻撃であるため補正がかかるが、スパイダーも同様だ。
彼の吐き出す糸もまた彼の肉体であり武器である。
故に、スパイダーの吐き出した糸を切断すれば、同程度以上の切断を返される。
ただし、一度肉体から離れたという制約があるためか、対象に触れている時にしか発動しない上に、切断した相手に限らなくなってしまっている。
だが、だからこそ罠としては最適だ。
予め糸を切断して散らしていく。
それだけで、触れた瞬間にスパイダーがスイッチを切り替えれば爆弾に早変わりする。
切断という威力を秘めた爆弾に。
最初は不要と捉えていた。
だが、徐々に理解する。自覚する。
ああ、この感触はたまらなく甘美である、と。
作り上げた芸術作品が作品に留まらず役割を果たす。
それは、仕事人にとってこれ以上ない喜びだ。
そして、罠づくりもこれまで以上に捗る。
なにせ殺害を前提とする罠だ。
捕獲だけであったこれまでとは一線を画する。
腕が鳴る。
粘着と切断。
使い分けることで何が出来上がるのか。
考えるだけで糸が自然に吐き出されるようだ。
「ァァ……とても、とても気持ちィィ……」
■【魔法少女β】プシュケー・アーチ
「(きっつい……ですわね)」
ワルキューレ全員の捕縛。
指一本とまではいかないまでも、踏み出すことも出来ないこの状況にプシュケーは内心舌打ちをする。
ここまで追い詰められたのも、ワルキューレに犠牲が出たのも全てプシュケーの責任だ。
勝てるはずの戦いと、相手の力が分かった今では思わないが、しかし勝てると思い込んで緊張の糸を途切れさせてしまったこと、相手の力を罠を張る程度の力しか持っていないと過小評価してしまったことが原因であろう。
「(……マスター)」
「(……必殺スキルのご準備を)」
「(……我らの命を賭せば、負ける戦いではありません)」
念話を通じてワルキューレ達が彼女たちの命を使えと提案してくる。
ワルキューレの必殺スキルを。
「(……)」
「(……このままでは遅かれ早かれ、かと)」
「(……全滅するよりも……いえ、マスターの命が脅かされるくらいならば)」
「(……安い命です)」
彼女たちの言う通り、ワルキューレの命をコストにして使用するプシュケーの必殺スキルであるならば、大抵の相手には勝てる。
スキル殺しの必殺スキルは、明らかにスキル頼りの殺傷力を持つスパイダーには有効であろう。
加えて、ワルキューレの命は〈マスター〉と同様に時間経過で復活する。
どうせ、スパイダーの切断糸によって殺されるのだ。
その前に必殺スキルのコストに成ってしまった方が安い。
「(マスター)」
「(マスター)」
「(マスター)」
スパイダーはUBMですらない。
そのくせステータスは伝説級モンスター程度にはあるのだろう。
……ステータスだけであれば充分だ。
必殺スキルのコストはワルキューレ1人でお釣りがくる。
「(……しかし)」
その勝利に如何ほどの価値があるのだろう。
醜く藻掻いて掴み取った勝利は果たして美しいのだろうか。
「(……創作物の主人公でしたら、きっとそうなのでしょうけれど)」」
古今東西。
ヒーローやヒロインといった主人公たちであるならば、泥臭さも映えるものになるだろう。
だが、プシュケーは自覚している。
自分はそうはならない。
苦悩に果てに仲間を犠牲にし、涙ながらの勝利は似合わぬ美しさである。
似合わない美。それは、醜さというものだ。
「しィっ! しィっ!」
空気の漏れ出るような笑い方をしながらスパイダーはプシュケーを嘲る。
「ィィ! ィィですよォ! その表情……まるで芸術作品。ァァ。永久に保存したくなる美しさです」
「五月蠅い……」
プシュケーは美しくあろうと努力する。
他に認められようと、己の美を魅せる。
「私の美しさを……勝手に決めつけるな!」
だからこそ。
慮外に評されることは嫌悪する。
美しいことを美しいと称されるのは良い。
だが、醜さを美しいと評されるのは。
侮辱に過ぎない。
【超級進化シークエンスを開始――】
同時に、プシュケーの脳内にアナウンスが響く。
長らく第六で頭打ちとなっていたエンブリオ。
その進化が施されようとしていた。
その理由は彼女自身もすぐに察した。
普段は有り得ない、今の怒声。
醜さを前面に押し出したその様こそが、超級に相応しいと。
システムは認めたのだろう。
「……だから! 私の価値を勝手に決めつけるな!」
再びの怒り。
先ほどよりも増した声は、獣の声に近かった。
今の彼女を見て、抱く感情は美しさに対する憧憬ではなく、ただの畏怖であろう。
それほどに、獣じみた野性的な怒りを表情に宿していた。
「キャンセルですわ!」
あろうことか、プシュケーは超級への進化を断り、
【承認】
あろうことか、それは通ってしまった。
尚早であったと判断されたのか。
それとも彼女の意を汲んだのか。
分からないが、しかし芽生えかけた勝利への道筋はまたも消える。
「(……決めましたわ)」
故に、
「最初から言っているでしょう。隣同士で助け合いなさいと」
彼女は必殺スキルを使用するという選択肢を捨てる。
「ただ一つ。付け加えることがありますわ」
プシュケーは得物を細く、長く伸ばす。
元より特典武具であるため重量は気にならない。
だが、長ければ長い程、遠心力は増していく。
細ければ細い程、速度は増していく。
「今いるワルキューレ全てにスウェーコンの使用を許可しますわ」
「「「!?」」」
まるで指でペンを回すように。
彼女の細長い指は、同様に細く長く伸びたスウェーコンを回転させる。
足が一歩も踏み出せずとも。
腕が微塵も振るえずとも。
プシュケーは自力で捕縛の網を突破する。
「道も、勝利も。私が開きますわ。遅れぬよう、足を取られぬよう、付いてきなさい」
神話を相手にするには並も玄人も務まらない。
文字通り、超人的な何かを持ち得た人間でなくてはならないのだから。
この日、超級は誕生する。
その数は3……ではなく2名。