<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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181 大きな(てのひら)と小さい(こぶし) 1

■【魔法少女θ】キシリー・キシシキ

 

 神話級UBMの襲来。

 街を襲い、祭事に用いられる秘宝が持ち去られ、あろうことか神話級UBMの強化素材に使われてしまうという。

 ティアンである領主を始めとした街の住人の生き残りは戦々と慄いており、〈マスター〉であるプシュケー達が止めたこともあり、誰1人としてこの奪還隊に付いてくる者はいなかった。

 〈マスター〉とティアン。この両者にはエンブリオというステータス以上の格差があるうえに、文字通り命を賭したところで痛くもかゆくもない〈マスター〉が命がけで経験値を稼ぐこともありレベルの差もあってないどころかむしろ追い越していく。

 故に、歴戦のティアンくらいしか経験の差は生まれず、その技量すら圧倒的なまでのステータスで塗りつぶすことも可能だ。

 

 だが、それも生半可なモンスターを相手にする時だけだ。

 時にはどころか、常に強大なモンスターの前では〈マスター〉ですら命を容易に落とす。

 それは神話の世界どころか、逸話においても同様。

 逸脱したモンスターの前には、少しくらい強いというステータスはあってないようなものとなる。

 加えて此度の相手は神話級。

 確認されているだけで、その配下の強さも逸話級に相当するらしい。

 プシュケーやイテカといった、UBM討伐者の証である特典武具保持者も軽い気持ちでは臨めず、緊張を張り詰めて対策会議を行っていた。

 

 奪還隊とはいえ、その実情は決死隊に近いだろう。

 このうちの何人が生き延びられるか。

 山を少し進んだところで既に数人命を落としている。

 緊張が途切れた者、視界が狭かった者、あるいは死を恐れなかった者。

 実力が伴っていても尚、山を包み込んでいた糸の結界は侵入者の存在を許さない。

 見掛け倒しどころか、見た目以上の強度と切断力を誇る糸の罠は触れるものを切り刻み致死量のダメージを与えていく。

 それだけ精巧に緻密に、そして隠蔽されていた。

 

「糸が消えていく……?」

「プシュケーちゃんが倒してくれたみたいだね」

「この糸をかい潜って……流石プシュケーさん。私だとすぐに引っかかっていただろうなぁ」

 

 その巨体故に自身が挑んでいれば勝ち目が無かっただろうと嘆くキシリー。

 今もエンブリオの能力で可能な限り小さくなっているが、他の面々に比べればまだ大きいと評される。

 

「仕方ないッスよ。その代わりキシリーさんにしか出来ないこともあるはずッスから」

 

 イテカの言葉。

 それは慰めというよりも単に事実を述べるような口調であった。

 

「高いところに手が届くなんて便利じゃないッスか」

「……それ、褒められているのかなぁ」

 

 心の底から羨望されているようには感じない。

 決してキシリーの心が狭いわけではない。

 多分は言葉通りだ。

 事実を単に述べ、そしてイテカ自身は現在の自分を受け入れている。

 満足しているとはまた違う。

 ありのままで良いと、ある種の諦めすら感じる。

 キシリーがキシリーであるからこそ、彼女はそうイテカの内情を受け取ることが出来た。

 

「イテカさん。神話級UBMって強いの?」

「そうッスね……。私も戦ったことは無いんスけど、まあ少なくとも古代伝説級とか伝説級とか、それよりは上なんじゃないスかね」

 

 UBMの等級における強さの段階付け。

 そのくらいはキシリーも理解している。

 だが、その強さは確認していない。

 

「分かりやすくいえばドラゲイルが古代伝説級ッスけど……」

「うん。私、ドラゲイルが出てくる前に死んじゃったから分からないんだよね」

 

 魔法少女であるならば明確にイメージ出来るのはかつて彼女らが敵対関係にあったとされるドラゲイルという存在だ。

 雷を操り、人間を模倣し、多才なスキルを獲得していく古代伝説級UBM。

 その強さは神話級UBMよりも、等級の段階上では下にあると明記されている。

 

「ま、それに関しては私も同様ッスけど。アレは突き詰めた個の強さでしたからね。今回は群体としての強さが前面にありそうッスから、シュヴァーゲル本体がどこまで強いかは未知数ッスよね」

 

 【パラポーラ】やその他ネームド個体。

 それらを纏め上げているのだから、彼らよりは強いだろう。

 単に指揮能力だけで群体を操ることが出来る程、モンスターの世界は優しくない。

 とはいえ、それでも強さがドラゲイルと比べて強いのか弱いのか。

 それはイテカにも分からないらしい。

 

「ふうん」

 

 ともあれ、キシリーとしてはそこまで今の状況に対して恐々としているわけでも、悲観しているわけでもない。

 相手が神話級UBMであろうと、ドラゲイルに迫る強さがあろうと、逸話級に匹敵する強さの配下が多数いようと。

 だからといって、自分たちが負けるとは思っていなかった。

 

「イテカさん」

「なんスか?」

「イテカさんはUBMとはたくさん戦ったことがあるんだよね?」

 

 魔法少女における特典武具最多獲得者。

 それが『人間武器庫』である【魔法少女χ】イテカだ。

 自然、UBMとの戦闘経験も多いだろう。

 だから聞く。

 UBMとはどの程度の強さなのか。

 魔法少女として戦いになり得るかどうか。

 

「それはまあ、それなりに」

「私とイテカさんが戦ったUBMってどっちが強い?」

 

 魔法少女とUBM。

 そのどちらの強さもイテカであればよく知っているだろう。

 神話級UBMであるシュヴァーゲルもそうだが、その配下である逸話級に匹敵するネームド個体。

 彼らも敵戦力の中ではとびぬけた存在だ。

 まずは彼らに太刀打ちできるかどうか。

 そこからである。

 

「そうッスね……。時と場合、あとは相性としか言いようがないッスけど。キシリーさんのステータスは十分にタメを張れると思うッスよ」

「……そっかぁ」

 

 魔法少女の中でもステータスはキシリーが最上位に位置している。

 固有能力が無い代わりにステータスが突き抜けた存在である【魔法少女θ】。

 その強さを知るイテカは彼女に太鼓判を押す。

 

「私が戦ってきたUBMよりもキシリーさんに一発殴られる方が怖いッス」

 

 イテカはキシリーを見た目通りの年齢に捉えている。

 だからだろう。

 その後に続ける言葉を呑み込んだ。

 

「(だけど強さっていうのはステータスだけじゃないんスよね……あくまで力だけならって話ッス)」

 

 固有能力がない。

 特殊性が無い魔法少女が【魔法少女θ】であるならば、その強さは肉体勝負の時だけになる。

 特殊性が必要となる場面においてキシリーという存在はどれだけ戦力になるのか。

 イテカはその疑念を口に出すことはしなかった。

 

「じゃあ私でも力になれるのかぁ……」

 

 同年代の魔法少女である妹妹の活躍。

 それがキシリーの中では追い風となっている。

 事実としては妹妹が超級職に就いているのも一因かもしれないが、それはキシリーの知る所では無い。

 友人である妹妹がネームド個体を倒し、今は夢味が共にいる。

 その事実がキシリーを後押しし、この面々に付いてくることが出来ている。

 

「(それに――)」

 

 最もキシリーを勇気づけてくれる存在。

 彼女に目を向けようとした時であった。

 

山が破壊されていく。

 そう、錯覚させられる程の轟音と共に木々が薙ぎ倒されていった。

 

「ヌハハハハ! 来おったな悪の化身よ!」

 

 樹齢数百年はありそうな大木を数本纏めてへし折りながら、ソレは現れた。

 

「我こそは正義の体現者、【パス・ヘラクレス】である!」

 

 黒い甲冑のような甲殻を纏う巨体。

 甲虫の名を冠していながら、その腕と脚は太い筋肉の塊である。

 

「貴様らの中に魔法少女はいるか? 桃色の魔法少女よ! いざ我が正義と貴様の悪道、雌雄を決しようぞ」

 

 奪還隊に襲い掛かるヘラクレス。

 阻もうと数人の〈マスター〉が盾を構えるが、それは容易に崩され吹き飛ばされていく。

 

「軽い! 貴様らの命と同様に軽薄な弱さだ!」

 

 その強大さと、勢いにキシリーは思わず後ずさってしまう。

 イテカはキシリーをかつて戦ってきたUBM達と比べても遜色ないと称してくれた。

 だが、実際に目の前にしてみると、圧倒的なまでの強さに意気は萎んでいく。

 

「……ふん」

 

 その様子につまらないと感じたのか、鼻を鳴らしながらヘラクレスはキシリーに拳を振り上げる。

 彼女を狙ったわけではない。

 ただ道を塞がれて邪魔だったから。

 目当ての存在よりも前にいたから。

 それだけであった。

 

 ただ命を奪う理由はそんな程度だった。

 

「……軽くないよ。私達の命も、想いも」

 

 ヘラクレスの拳を受け止める。

 

 桃色のフリルがキシリーの眼前で舞う。

 幾人もの〈マスター〉を薙ぎ払う剛腕が1人の少女――魔法少女に止められていた。

 

「現れたな魔法少女」

「負けない。私達は貴方達なんかに負けないよ」

 

 【魔法☆少女】クャントルスカ。

 かつて古代伝説級UBMを討伐した魔法少女。

 キシリーよりも小さいその背はとても広く見えた。

 


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