<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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182 大きな(てのひら)と小さい(こぶし) 2

■【魔法少女θ】キシリー・キシシキ

 

 ネームド個体の1体である【パス・ヘラクレス】。

 その敵の情報をキシリーは知っていた。

 他ならぬクャントルスカが伝えていた。

 

 クャントルスカと互角に戦いを繰り広げたという情報はそれだけでキシリーを震撼させる。

 かつてクャントルスカと戦ったキシリーだから分かるのだ。

 彼女は強い。

 伊達にあのバトルロワイアルの儀式を生き延び【魔法☆少女】に就いたわけではない。

 運や仲間に恵まれただけでなく、実力が伴った魔法少女だ。

 ステータスでは完全に上回っていたはずのキシリーを下したのだ。

 それも、あの時のクャントルスカは特典武具による制限があった状態にも関わらず。

 その後、プシュケーと共闘しドラゲイルを倒した。

 事実を知っている。

 実力を知っている。

 実情を知っている。

 

 だからこそ、キシリーは目の前の光景に狼狽える。

 信じられないと、身を震わせる。

 

「――ッ!?」

「ヌハハ。魔法少女、貴様弱くなっていないか?」

 

 ヘラクレスの振るう拳。

 それ一つで並の〈マスター〉は吹き飛ばされてしまう威力を秘める。

 超級職であり、【魔法少女α】の回復力を前提としたステータスの底上げがあるクャントルスカであるから耐え抜くことが出来るのだが……、

 

「あのクャントルスカちゃんが押されて……!?」

 

 反撃を許さぬ猛攻をヘラクレスが続けるが故かもしれないが、クャントルスカが防戦一方であるのはやはりキシリーからすれば信じられない光景だ。

 起死回生の好きを狙っているのだろうと、安易な考えが巡るが、彼女の表情はそれを否定する。

 

「――ッ」

 

 隙など無い。

 MPを回復スキルに回すだけで精一杯といった表情だ。

 いや、それをしていなければとっくに彼女は死んでいたのだろう。

 生き延びていることこそが僥倖と、他に散っていった〈マスター〉を思えば正しい感想なのかもしれない。

 

「うそ、だ」

 

 思わずキシリーの口から零れる。

 憧れの【魔法☆少女】。

 それに成ることは叶わなかったけれど、それでもクャントルスカなら相応しいと納得した。

 そも、噂のドラゲイルが戦いに参加する前にリタイアしてしまった彼女が目標とすることすらおこがましかったのかもしれないが、【魔法☆少女】にはそれだけの価値があった。

 今となってはクャントルスカ以上に相応しい存在など考えられないが、当時は【魔法☆少女】に就けさえすれば望んだ姿に成れると思ってしまったのだ。

 

「うそだうそだうそだ……」

 

 キシリーの視界が暗く染まっていく。

 

 負けるはずがない。

 クャントルスカは魔法少女の中の魔法少女。

 そうだ、最後には勝つんだ。

 今は機を伺っているだけ。

 相手が疲れたらそこを――

 

「……ふん」

 

 ヘラクレスの動きが止まる。

 

 ほら、やっぱり。

 クャントルスカは耐え抜いた。

 次は反撃だ。

 さあ――

 

 安堵したキシリーだが、絶望は希望を与えない。

 

「時間稼ぎのつもりか知らんが、しぶとい悪だ」

 

 ヘラクレスは右腕の手甲を外す。

 甲殻全てが繋がっていなかったんだとか、それ着脱式だったんだとか、周囲の〈マスター〉は呑気に見物していたが、キシリーはそれどころではない。

 まるでヒーローが悪役を打ちのめす場面を見る子供の用に。

 クャントルスカがヘラクレスを倒すところを今か今かと叫ぶ。

 

「そ、そこだよ! クャントルスカちゃ――」

「さあ、正義の一撃は過去を凌駕する」

 

 舞った。

 子供にとってのヒーローが、英雄が。

 キシリーにとっての魔法少女、クャントルスカがヘラクレスの一撃を受けて宙を舞う。

 

「――ッ!?」

 

 ドサリ、と地面に転がり落ちる。

 ボロボロになったドレスは汚れ、魔法少女そのものが敗北したかのような証だ。

 事実、クャントルスカは負けた。

 

 いくら防御を固めようと、ヘラクレスの一撃はそれを突き抜け、クャントルスカに致命傷に近いダメージを与えている。

 

「(で、でも似たような場面は見たことある……! あの時だってクャントルスカちゃんは立ち上がったんだもん)」

 

 その光景はキシリーとの一戦を思い出させる。

 元の大きさとなったキシリーの攻撃がクャントルスカを追い詰め、そして吹き飛ばした。

 だが、クャントルスカはそれでも立ち上がった。

 いくら攻撃を受けようとも、傷を負おうとも、魔法少女であるからと彼女は何度だって立ち上がるのだ。

 だから、キシリーはクャントルスカが再び立ち上がるのを待つ。

 待つ。

 

 ……待つ。

 

「(……何で!? 何で立ち上がってくれないの!?)」

 

 待てどもクャントルスカは地面に伏したままだ。

 指先一つピクリとも動かず、顔は地面に埋もれている。

 

「死んだか。なんともあっけない末期だ」

 

 もはや【魔法少女α】の固有能力である自動回復スキルすら発動しない。

 それほどまでに傷を負い、MPを使い切ってしまっていた。

 であれば、当然ながら状態異常も回復することは無い。

 彼女を襲っているのは精神系状態異常である【気絶】。

 その回復までにどれだけの時間が必要かは不明だ。

 

「では、敵の残党を殲滅するとしよう」

 

 ヘラクレスの視線が残りのメンバーへと向けられる。

 だが、この部隊の心もまた折れかかっている。

 主力であるクャントルスカが歯も立たず負けてしまった。

 その事実が否応なく彼我の戦力差を知らせてくる。

 

 太刀打ちできるのはイテカくらいだろう、と誰もが彼女に期待する。せざるを得ない。

 ここでヘラクレスを倒さなければ、あるいは最低限でも止めておかなければシュヴァーゲルに辿り着く前に全滅してしまう。

 

「……骨のあるのはいなさそうだ」

 

 残念そうにヘラクレスは溜息をつき、そして残りの〈マスター〉達へと再び攻撃を再開する。

 硬い甲殻に分厚い筋肉から繰り出される高威力の拳。

 単純故に強い。

 単純故に倒せない。

 純粋なステータス特化の蟲を前にして、倒すというビジョンが浮かび上がらない。

 

「……一か八か、俺が相手するか」

 

 誰が見てもダメそうな顔をしながらクリアントが前に出る。

 

 かつては【魔法少女ω】として儀式に参加していたクリアントという〈マスター〉。

 直接戦ったことは無いし、顔を見たのもここ数日のことだ。

 キシリーは実力を知らないが、クャントルスカとパーティーを組んでいるのだからそれなりに強いのだろう。

 先ほど何度か糸の結界に阻まれていたような気もしたが、こうして生き延びていることからその生存能力も高い。

 

「マッドラップスと【魔法少女ω】の爆発。この複合攻撃で――」

 

 そう意気揚々とヘラクレスに挑んだクリアントだが、先ほど外した手甲を頭部に受け死んだ。

 しかも爆発し肉体が跡形もなくなってしまう。

 ヘラクレスを始めとして誰も爆発の余波を受けることなく、無駄死にしてしまった。

 

「ヌハハ! 悪の考えそうなことくらいすぐに分かるわ! 貴様は近づけば危なそうだ。故に遠くから殺した」

 

 今度こそ〈マスター〉の視線はイテカへと集まる。

 

「え? いやいや、私は無理ッスよ!? こんな強そうな相手、戦うだけ無駄ッス」

 

 と、弱気な発言をしている。

 

「ってか、私の他に適任いるじゃないッスか。アレと戦える人が」

「私のこと? 確かに強そうな敵の分身を作れば倒せるかもー」

「強ければ強い程燃え上がるよね。勿論敵が」

 

 同じ顔をした2人の少女が互いに指差し合って笑っている。

 なるほど、確かに夢味であれば倒せるかもしれない。

 敵が強いのであれば、こちらも切り札を切る必要がある。

 夢味はこちら戦力の中でもジョーカーに近い。

 敵が強い程光る存在。

 

「駄目ッスよ。夢味さんは未知数の敵が出た時の保険スから。あんな、手の内が分かりきった相手を任せてる暇はないッス」

「そんなー」

「ケチねー」

「じゃなくて、ほらいるじゃないッスか――」

 

 不意に、透明なガラス瓶がヘラクレスに当たった。

 ダメージは無い。

 分厚い装甲以前に、素のENDだけでも防がれてしまう程。

 今のはただ注意を引くためだけのものだ。

 

 まだ戦いは終わっていない。

 相手は自分だと、そう示すための。

 

「……まだ、だよ」

 

 そう、【魔法☆少女】は何度でも立ち上がる。

 回復アイテムを使用したことでHP、MPが徐々に増えていく。

 微量だが、それでも立ち上がる程度には力が出てきている。

 クャントルスカはヘラクレスに再び立ち向かう。

 

「弱弱しいな。だが、よく吼えた! それでこそ我が正義が砕くに相応しい悪だ!」

「みんな! ここは私が引き付けておくから。だから、その隙に……走って!」

 

 ヘラクレスの猛攻が再びクャントルスカに向かう。

 その拳も、蹴りも、頭突きも、全てが必殺に等しい。

 先ほどは一撃で吹き飛ばされた。

 ただ真正面から受けては相殺しきれない。

 だから受け流し、少しでもダメージを減らすしかない。

 回復スキルと合わせて時間を稼ぐために。

 

「……そうなるッスか。まあ……手段がそれしか無いなら従うッスけど」

 

 少し不服そうにイテカは戦線離脱を開始する。

 先に進むために、クャントルスカをその場に置いていく。

 

「……後は任せたぞ」

 

他の〈マスター〉も走り出す。

 敵は強大だ。

 勝てるかは分からない。

 だけどクャントルスカならば。

 あの必殺スキルさえ発動すれば勝てるだろうと希望に縋りながら先へ進む。

 

「……違う」

 

 その中でキシリーは確信していた。

 

「(違う違う違う……クャントルスカちゃんは勝てない……)」

 

 必殺スキルさえ発動すれば勝てる。

 逆を返せば、発動出来なかった場合は負けるのだ。

 

 そして、クャントルスカは勝つのではなく引きつけると、そう言った。

 

 自身でも分かっているのだろう。

 この敵に対して必殺スキルは発動出来ないと。

 

「(負けちゃう……? クャントルスカちゃんがこのまま、1人でヘラクレスと戦って、それで負けちゃう……。そんなの……そんなの……)」

 

 ああ、そうか……と思い出した。

 

 敵は強い。

 クャントルスカは強い。

 イテカも強いのだろう。

 

 そしてクャントルスカとイテカ、2人とも勝てないと既に諦めてしまっている。

 だから味方の誰もが勝ち目を失ったままこの戦いの勝敗をクャントルスカに託してしまった。

 

 だけど違うのだ。

 1人だけいた。

 

 単純なステータスでクャントルスカを追い詰めたヘラクレスと同様に、その圧倒的なステータスでクャントルスカを倒す寸前に追い詰めていた魔法少女が。

 

 何故思い出せなかったのだろう。

 イテカが直前に言っていたではないか。

 

 そこいらのUBMよりも殴られたくないと。

 

「長くしぶとかったが首を捩じ切れば流石に死ぬだろう? それでも生き延びたならば、今度は四肢を割いて【パラポーラ】共の餌としよう」

 

 ヘラクレスがクャントルスカの首を掴む。

 抗う力すら彼女には無い。

 元より足止め程度の戦力として残っていた。

 これ以上戦う力は無く――

 

「そんなことはさせない」

「……ぬ?」

 

 ――代わりに戦う力ある者がヘラクレスの太い腕を掴み上げ、無理やりにクャントルスカを解放させる。

 

「……けほっ、けほっ」

「大丈夫? クャントルスカ」

「うん……大丈夫だよ、モーちゃん。危ないから下がっていて……」

「下がるのはクャントルスカちゃんもだよ」

 

 その声はクャントルスカの遥か頭上から聞こえた。

 

「もう大丈夫。私が戦うよ。だから、クャントルスカちゃん……死んじゃうから先に向かっていて」

 

 30mの巨大な魔法少女。

 その瞳から弱気はとっくに失せていた。




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