<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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183 大きな(てのひら)と小さい(こぶし) 3

■【魔法少女θ】キシリー・キシシキ

 

 巨人アバターであるキシリーの本来の身長は14m程である。

 これは、彼女が巨大な体格を自身で扱えるギリギリの大きさであり、それ以上の大きさにすることも可能であったが、日常生活が困難になるだろうとの考えもあり留められた。

 結局、エンブリオの能力で2m程度に縮んでいるため、14mでの生活はほとんど無かったのだが、この大きさで街中を移動すればさぞかし目立ったことだろうし、周囲にとっては迷惑であっただろう。

 

 巨大であること。

 それだけで接地面積は広がり、質量も増える。

 幸か不幸か、ウチデノコヅチは小さくなることも可能であったため、足幅も質量も小さくなったが、滅多に元の大きさに戻ることが無かったキシリーはその景色を拝んだことが少ない。

 

 そして、14mから見下ろす景色は今も尚、見慣れないままだ。

 

 山の中腹であるにも関わらず、そこだけが山頂になったかのような盛り上がり。

 30mの巨体から見下ろす景色はさぞかし周囲が小さく映ったことだろう。

 仲間の背中も、あれだけ強大に見えたヘラクレスの巨体も。

 キシリーからすれば等しく小さい生物であった。

 

「ぬぅ!? 悪の次は巨大怪獣か! だが! 我が正義は敵がどれだけ強大でも変わらぬ! この拳一つで打ち砕いてみせよう!」

「……悪じゃないよ。私は……私達は魔法少女だもん」

 

 ヘラクレスに叩きつけられるキシリーの掌。

 ただでさえ高いステータスであるキシリーの広範囲攻撃は、その風圧で周囲に転がっていた木々の残骸を吹き飛ばす。

 ヘラクレスは耐えているが、耐えなければならない程度にはその威力は絶大だ。

 まともに受ければ致命傷になりかねない攻撃に対し、ヘラクレスは

 

「ぬ……ぬぅぅぅぅぅ!!!」

 

 正面から自身の拳をぶつける。

 

 掌と拳。

 

 その両者だけであれば、後者が勝っていたかもしれない。

 キシリーがステータス特化の魔法少女であるならば、ヘラクレスもまたステータス特化のネームド個体。

 ここにエンブリオによるステータスの上乗せは無い。

 ウチデノコヅチはそういったエンブリオでは無いのだから。

 

「……正義ぃぃぃぃぃ!」

 

 昂り叫ぶヘラクレスの声は、しかしキシリーの掌に阻まれ轟くことはない。

 代わりに、

 

「……やっぱりカブトムシだ。強いね」

 

 子供だからこそ、甲虫という昆虫の強さは知っている。

 その印象だけで昆虫の中でも強者に分類される。

 蟻や蜘蛛、カマキリに比べて純粋に強い甲虫。

 それをモチーフとしたモンスターが存在するならば、安易に勝てる相手ではない。

 

「……ッ! なら、これはどう?」

 

 自身の手が押しのけられると察したキシリーは一度手を引き戻す。

 予想外の行動であったのか、一度態勢を崩したヘラクレスにキシリーは横薙ぎに蹴る。

 

 巨体を支える強靭な健脚だ。

 脚は腕よりも筋線維が太い。

 それはステータスの存在するこの世界においてどれだけの意味を持つかは不明だが、単純にキックの方がしやすかっただけだ。

 パンチよりもキックの方がキシリーにとってはイメージ出来る。

 教室の窓からいつも眺めていた同年代のサッカーの景色。

 校庭の隅で座り、授業風景を1人見つめていた時間。

 

 憧れていた。

 諦めていた。

 

 魔法少女になる以前に、普通の少女になることさえ叶わぬと思っていた。

 

 だから、誰よりもイメージはした。

 

 ボールを蹴る自身の姿を。

 

「ッ!? ァァァァァァァッ!?!?」

 

 ヘラクレスの分厚い装甲にヒビが入る。

 その衝撃は彼の身体を巨木に叩きつけるだけでは終わらず、へし折り、更に数本の巨木を同様の結末に迎えさせる。

 

「……終わった」

 

 間違いなく最高の手応え。

 装甲を破り、その内部にまでダメージが入っていることを確信する。

 

 装甲というヘラクレスの盾は破った。

 高威力を秘める肉体という矛も届く前にこちらが攻撃を当ててしまえば問題は無い。

 この戦いはキシリーの勝利に終わ――

 

「ヌハハ! よくぞ! よくぞ我が鎧を打ち破ってくれた! 認めよう。貴様は悪の手下や巨大怪獣などではない! 悪の親玉である、と」

 

 ――らない。

 手甲も鎧のような装甲も破られ、全身にダメージを負うヘラクレス。

 だが、正義を自称する彼もまた簡単に倒れるような相手では無かった。

 

「故にこちらも切り札を晒そう。ヌハハ! 晒すという言葉。何故だかとても感慨深く、そして懐かしい!」

「……?」

 

 その姿にキシリーは違和感を覚える。

 鎧は既に破った。

 残っているのは矛だけだろう。

 だが、ヘラクレスがいくら強くとも、その強さは既にキシリーと同程度であることは知れている。

 その一端を打ち破った今、殴り合ったところで、互いにダメージを与えあったところでヘラクレスに勝てる見込みはない。

 キシリーはステータス任せの防御力であったが、ヘラクレスは装甲込みでの高い防御力だったのだから。

 ダメージは相当深いはずだ。

 唯一残った兜の下の顔らしき部位も血液らしき液体が流れている。

 

「とうっ!」

 

 一跳びに、ヘラクレスは跳躍し、そして数百mは離れていたはずのキシリーの眼前にその姿を現す。

 

「やられたらやり返す……正義のキィーック!」

 

 キシリーの巨体が吹き飛ばされた。

 尻もちをついたどころではない。

 先ほどヘラクレスがやられたような、肉体が宙に舞い、そして後方へ大きく弾かれるような吹き飛ばされ方。

 

 体重も体格も大きく劣る相手。

 だが、ヘラクレスはそれを可能とした。

 

「(……さっきよりも強い!?)」

 

 急激な力の上昇と、自身の巨体が吹き飛ばされるという衝撃に戸惑いを隠せない。

 幸いにも仲間が向かった方角ではなく、山の麓に向けられていたため、被害は山の木々と、せいぜいそこにいただろうモンスターくらいだろう。

 

「(……切り札って言っていたっけ。単純なステータス強化? でも、何で今……)」

 

 力は隠しておくタイプだったのだろうか。

 否、先ほどからの会話からしてそのような性格では無いだろう。

 他にトリガーがあったはずだ。

 

「(そういえば……クャントルスカちゃんの時も……)」

 

 立ち上がりながら思い出す。

 似たようなパワーアップを先ほど見たばかりではないか。

 

 見かけ上は拮抗していたヘラクレスとクャントルスカの戦い。

 それが崩れたのはヘラクレスが手甲を外した時だ。

 

「(力の制御……? ううん、たぶんそうじゃない……)」

 

 手甲自体が力を封じる類のアイテムかとも考えるが、落ちている手甲に特別そのような効果が付随されているようには見えない。

 ただの硬い装備の一部だ。

 尤も、甲虫相手だから肉体の一部かもしれないが。

 

「これが! これが技術というものか! ヌハハ! 凄まじい。我が正義がこれほど高みに昇りつめるとはな!」

 

 敵の力を探っていても仕方ない。

 なにせ、その間にもヘラクレスの攻撃は止まらないのだから。

 

 幸いにも、キシリーの肉体を吹き飛ばしたのは油断が招いていた所為もあった。

 攻撃に対処し、待ち構えていれば、ダメージは致命傷に至らない。

 

「(だけど……じわじわと削られていく……)」

 

 起死回生のチャンスが訪れるのを待ちながら、キシリーも時折肉体を揺らす。

 その震動だけでも巨体であれば攻撃に転じるが、ヘラクレスの強靭な肉体は揺るがない。

 キシリーの攻撃を受け止め、地面に転がす。

 

「――ッ!?」

「どうやら互いに致命打に至る威力は持っていないようだ。なまじ防御が高いだけに仕方のないことだが……」

 

 装甲を剥がした方が防御力が高くなるなど、どのような冗談だろうか。

 稀にキシリーの攻撃が当たっても、ヘラクレスは装甲があった時以上にダメージが通りづらくなっている。

 先ほどの蹴った際の入れた深い傷以上のダメージを与えられないまま、残り数割のHPを削れないままでいる。

 

「どれ。幼気な少女の前でこのスキルを使うのは正義としては少し心苦しいが、我が技術の内に秘める声がやれと叫ぶ」

「……このぉ!」

 

 キシリーの拳をヘラクレスは受け止める。

 だが、そこまではブラフのうちだ。

 次に繰り出されるキックから逃げられないために放っただけ。

 

「我が正義にはもう一段階上がある。《許されざる全裸郷(ヌーディストビーチ)》」

 

 瞬間、ヘラクレスの出力は更に上昇する。

 何故ならば、今キシリーは攻撃を当てるためにヘラクレスを視認していたから。

 装甲の剥げたヘラクレスを視認する。

 それだけでこの奥義は成立する。

 

 【裸王(キングオブヌード)】ドルジ・バッハーの肉体の一部を取り込んだヘラクレスはそれだけで強くなる。

 

「全ての力を使い、貴様を倒す! 我が正義の拳を受けて今も生き延びているのは貴様が初めてだ。だが! それでも正義の心は折れない! 故に我は負けぬのだ!」

 

 ヘラクレスはキシリーの脚を受け止める。

 30mの巨体を受け止めて尚、微動だにしないまま上空に投げ、そしてその肉体に渾身の一撃……正拳を放つのであった。

 

「……クャントルスカ……ちゃん」

 

 地上に見える強大な敵。

 小さくとも、決して弱くない敵を目にし、キシリーの口からは1人の名が零れるのであった。

 

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