<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法少女θ】キシリー・キシシキ
それは、【魔法☆少女】を巡る儀式が終了し、キシリーがプシュケーらと合流する前のことである。
「……負けちゃったかぁ」
セーブポイントのある近い街にログインしたキシリー。
その言葉とは裏腹にどこか満足げな表情だ。
自身を理解してくれる者。
自身を肯定してくれる者。
自身が求めていた者。
クャントルスカという存在と出会えたことで、どこか自身の闇が晴れたような気がした。
これまで出会って来た同年代の少女達はキシリーの闇に触れることは無く、スルーすることで距離感を保っていた。
即ち、キシリーを可愛いと。
今のキシリーを肯定することは禁忌であり、彼女を逆撫ですることであると察していたのだ。
それだけ普段の言動が異常であった。
彼女の行動は狂気じみていた。
可愛いものを徹底的に排除しようと。
可愛さを破壊しようと。
執着するように動いていた。
ともあれ、一度認めた友人に対しては外見だけで破壊活動を行うことは無い。
キシリーを可愛いと、禁句を口にした時だけだ。
「……なんぞイメチェンでもしたんか?」
近いタイミング、近い場所で死んだ魔法少女らるく。
彼女も同じ街にセーブポイントを設定していたため、ログインと同時にキシリーを見つけていた。
らるくは驚いていた。
キシリーの棘のあった雰囲気が和らいでおり、一見、不気味であったその背丈と衣装の差が縮まっていたような気がしたのだ。
あえて、可愛くなったとは言わない。
それを口にしてしまえば友情が破綻してしまう。
なにより、らるくの信ずる正義が違える。
「らるくちゃん」
「おう。互いに負けたみたいだ。この時間ってことは……あのピンク色のに負けたんか?」
「うん。クャントルスカって人……」
「っかー。あれが噂の【魔法少女α】か。ってことは仕方なかったんかね」
「仕方なかった?」
らるくはキシリーが負けたことに対して納得を抱いている。
だが、それはキシリーの弱さというよりもクャントルスカの強さを知っているかのような口ぶりだ。
「ああ。プシュケーと双璧を為す魔法少女の頂点だろ? 話によれば最初に魔法少女シリーズを見つけたのもあの2人っつぅ噂だ」
「だから……」
戦い方に余裕を感じられたのは【魔法少女α】を極めているからだけではない。
魔法少女というジョブを知っているからこそ、【魔法少女θ】も知っているからその戦い方も分かっていたのだろう。
「らるくちゃん。さっき言っていた、イメチェンっていうのは?」
「あー……それか……」
ふと出会いがしらの言葉を思い出す。
別に姿を変えたわけではない。
大きさもすぐにウチデノコヅチで小さくしている。
だから、見た目にどこか変わったところがあるわけではない。
疑問に首を傾げながらキシリーが尋ねる。
それに対し、らるくは言っていいのかどうか。
僅かに迷いながら、意を決して
「どことなくだが……優しくなったというか、目のぎらつきが減ったというか」
「……?」
「あー、つまりな……怒るなよ? 可愛く見えたんだ」
キシリーに対して言ってはいけない言葉。
今のキシリーは可愛くない。
強くあろうとした魔法少女。
現実の弱く小さい自分を否定するために作り上げ、そして歪に間違えた大きい魔法少女。
禁句とされた言葉を、しかしキシリーはストンと受け入れることが出来た。
「そう……なのかな」
「ん……?」
身構えていたらるくは不思議そうな顔をしている。
来ると思っていた攻撃が来ない。
一応は応戦しようと出していたゲンノウが所在なさげに火を放っていた。
「らるくちゃん。私、可愛い?」
「……何を口裂け女みたいなことを」
らるくは溜息をつく。
今更だ。
数か月越しの友情関係にヒビが入るかと危惧していたが、取り越し苦労であったようだ。
「ウチは、いや誰も可愛くないなんて言ったことないだろ? 可愛いぞ、キシリーは」
「ありがと……」
面と向かって言われた。
もしかするとこの友人から言われた初めての誉め言葉に対してキシリーは頬を赤く染める。
「らるくちゃんも可愛いよ?」
「ふん。ウチは可愛さよりも正しい魔法少女派だからな。いくら言われようと嬉しくはない」
とは言うものの、らるくも褒められて悪い気はしないようだ。
耳が赤くなっているのをキシリーは見逃さなかった。
「……そういえば前から不思議だったんだけど、何で私と一緒にいてくれたの?」
「何だ? 今更ながらに友情に軋みでも入ったか?」
「ち、違うよ……じゃなくて、何で正しい派のらるくちゃんが、可愛い派の私と一緒にいてくれたの?」
魔法少女達にはそれぞれ派閥がある。
大きく分けて3つ。
可愛い派、美しい派、正しい派だ。
このうちキシリーは可愛い派、らるくは正しい派に所属している。
尤も、キシリーは自身が可愛くあろうとするのではなく、魔法少女は可愛くなくてはならないという強迫観念からこの派閥に所属していたのだが。
「それはあれよ、ウチの正義に箔を付けるためよ」
「箔?」
正義に箔とか付けて良いの?
メッキみたく剥がれたら大変なことにならない?
とか、思ったが、キシリーもまたらるくの触れてはいけない箇所に触れないように気を付けつつ言葉を返す。
「可愛い派の代表と一緒にいたほうがウチの活動もしやすいってもんだろう?」
「そうなのかなぁ」
言葉の意味が分からないまま頷く。
ひとまず肯定した方が話は穏便に終わると察していた。
「しっかし、これからどうするかな」
らるくは背伸びをしつつ街並みを眺める。
有り触れた日常の一ページ。
平和で牧歌的な街だ。
キシリーもらるくも、気に入ってこの街を再ログイン地点にしている。
自身が魔法少女であると。
守るべきものが何かを決して見失わないために。
「私は……プシュケーさんに呼ばれているけど。らるくちゃんも一緒に来る?」
とある街でイベントが始まりそうだからと、デスペナ中にメールが来ていた。
合流地点はこの街の付近だから合流は容易だ。
何故自分をと思ったが、その答えは明快だろう。
単純に戦力としての自分を求められているのだ。
「んや。ウチはもうちっと頑張ろうと思う」
決意を固めたかのようにらるくは歩き出す。
その行く先はキシリーの向かう先とは真逆。
「もうちっとウチなりの正義を探ろうと思ってな。ウチを倒したのが言ってたんだ。魔法少女は悪じゃないって。……考えてみればそうだわな。ウチは正義を求めるあまり、悪を見誤っていた……。ついでに正義も一つしかないと誤認していた。いくつあってもいいんだ。ウチはウチなりの、そして他の魔法少女はそれぞれに正義を秘めている」
それはらるくなりのキシリーへのエール。
今のキシリーであれば素直に受け取ってくれるだろうと思い送るメッセージ。
「いいかキシリー。お前は強い。伊達に可愛い派の代表をやってない。そして、可愛いさと正しさも持っているんだ」
それはキシリーが死ぬ前に言われた言葉。
『女の子は欲張りなんだよ! 全部、求めなきゃ! 魔法少女は完璧な女の子! 少女の理想!』
クャントルスカの言葉を補足するかのようにらるくは続ける。
「【魔法☆少女】が魔法少女の全てじゃない。ウチは今だって魔法少女の正しきを追求するし、これまでを否定したりはしない。お前はどうだ?」
「私は……」
「可愛さを避けてきたその過去に向き直れとは言わん。その境遇の全てを知らないウチに同情する資格はないしな。だけど、もしお前が自分の可愛さを完全に受け入れた時が来れば――」
ヘラクレスの一撃を受け、気が遠くなりそうな中、ふと思い出す。
友人との別れ際の言葉。
今でもはっきりと脳内に焼き付いている言葉。
「私は誰よりも強く、可愛く、正しい魔法少女になるんだ!」
「まだ生きているか! ならば更なる正拳を食らうが良い!」
強く、可愛く、正しい魔法少女キシリー。
相対するは正義を自称するだけのモンスター【パス・ヘラクレス】。
戦いは最終局面。
最後の一撃を以てこの戦いは終わりを迎える。