<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【パス・ヘラクレス】について
彼の誕生時に与えられた名は現在のものと異なる。
〈マスター〉の暮らす世界では英雄の名でもあるその名を与えられたのは彼の力が飛躍的に向上した後だ。
最初は、【パス・ビートル】という名であった。
「ふむ……闘志が沸かぬな」
ビートルであった時代、彼は悩んでいた。
周囲のネームド個体が切磋琢磨し強くなっている頃、彼だけは戦いに対する意欲が無かった。
与えられた能力は特化したSTRとEND。
他の個体にあるような擬態能力や精密な操作性、切断性が無く、『力持ちで頑丈』という特殊性の無いものだ。
言ってしまえば、少しばかり頑丈な【パラポーラ】に近いかもしれない。
実際、生みの親であるシュヴァーゲルが蟻を模したモンスターであることを考えれば仕方のないことだ。
だが、当人からしてみれば己の生を大きく左右する問題。
自身の役割とは何だろう。
何をするために生まれたのか。
何が出来るのか。
【パラポーラ】に出来ることは大抵出来るが、逆もまた然り。
ビートルがビートルである必然性が無かったのだ。
「王は何故我を生み出したのか……。それが分からぬままではこの命はいつ尽きてもおかしくない」
役割が【パラポーラ】――兵士と同様ならば、捨て駒だ。
量産品として生き、量産品として投げ捨てられてしまう。
だから、生き甲斐が無い。
戦い甲斐が生まれない。
「どうすれば良いのだ?」
同時期に誕生したネームド個体にふと尋ねる。
他の個体からは知恵者として称賛され、あるいは臆病者と見下されるその個体はしばし悩んだ後、
「ふむ……理由、か」
人間の落としていった読み物を閉じ、彼は考える素振りをみせる。
ビートルよりも頭の良い彼の頭の中では様々な答えが浮かび上がっては消えているのだろう。
何が口から出てくるのか、それを期待してビートルは待つ。
「それを他者に求めている時点で君の中には何も無いのだろうね」
辛辣な返答だ。
だが、心当たりのあるビートルは否定することが出来ない。
「王が私達を生み出した時、恐らくは能力に基づいて役割も与えてくださっているのだろう。スパイダーが門番とするように。マンティスが切り込み隊長をするように」
「ならば……単純な力だけを与えられた我は何を求められたんだ?」
「それが悩むところだ。力仕事だけならば【パラポーラ】で事足りる。彼らだけで足りない力作業をというには、あまりに遠回りな解決法に思えるし……」
「……お前でも分からぬか」
ビートルの期待に反して、答えは彼の中にも出ていないようだ。
彼に分からないのならば他の誰にも分からない。
それこそ、王に直訴しに行かなければならないだろう。
役割を教えて欲しい。
役割を与えて欲しい。
不敬にも思われかねない。
一歩間違えれば処刑されてしまいかねない。
だが、今も死んでいるような心持ちの彼からしたら、賭けにすらならない程に追い詰められている。
「力になれなくて済まないね」
「いや……良い。最初にお前が言ったとおりだ。他の誰かに尋ねて出るようなものであれば、それは我の求めるものでは無いのだろう。結局は納得出来ないまま終わることになる」
「そうだ……生きる意味なんて結局私だって模索中の身に過ぎないよ。私はこうして君たちの相談に乗ることは出来るし、軍師の真似事だってしているけれど。それが私の力に見合っているからであって、私がやりたいこととは限らない」
「……? 違うことなのか」
「ああ、全く違うさ。だけどね、それは本来は考えなくていいことなんだ。私達、王に生み出された蟲達は自分の生きる理由なんて見つけ出しちゃいけないんだ」
彼は人間の書物を好んで読み漁る。
その中で多くの物語に、多くの人間の考えに触れてきた。
だからこそ、『王の為に生まれて王の為に死ぬ』蟲が疑問を持ったり、考えたりすることは禁忌に近い。
王やその側近に知られれば間違いなく排除されてしまうだろう。
「考えすぎてしまう私とは反対に、君は純粋故にその考えをしてしまうのだろうね」
どこか羨む表情をしながら彼はビートルを見る。
考えすぎてしまうが故に恐怖を覚える。
死を恐れ、軍隊を引き連れ、死から遠ざかろうとする。
彼はそういった蟲だ。
最も人間に対して脅威を抱くネームド個体である。
「……そこには何が書かれているのだ?」
思慮深い彼が何を考えているのか。
それは彼が読む書物を知れば少しは理解できるかもしれない。
ビートルはそう考え尋ねる。
「これかい? そうだね……勧善懲悪について書かれたものだね」
「かんぜんちょうあく?」
「良いことをして、悪を懲らしめる物語さ。この物語における主人公……正義の味方が悪い奴らを倒す。爽快さが売りの内容らしい」
「ふぅむ……?」
善も悪も、その概念すら分からないモンスターであるビートルには理解できない。
生きるために殺す。
食べるために殺す。
強くなるために殺す。
邪魔だから殺す。
弱いから殺す。
暇だから殺す。
何もしないから殺す。
何も無いから殺す。
殺す理由なんて幾つも思い浮かぶが、殺さない理由は同じ王の下に生まれたということ以外一つも浮かばない。
それがモンスターだ。
共食いをしないだけまだマシな部類からもしれない。
「どれ。君は文字は読めなかったな。私が読み聞かせてあげよう――」
そう言って彼は書物を開く。
その内容は先ほど彼が語ったような正義と悪の話。
だが、ビートルにとっては新鮮。
初めて触れた感情。
初めて知った感情。
初めて爆発した感情。
およそ半日をかけて物語はビートルの脳内に沁みつく。
乾いた砂が水を吸収するように、
「理解した! 我が正義を極めるために王の下に生まれたのだ!」
思いっきり影響を受けた。
主人公という存在を初めて知った子供のように。
主人公という存在に憧れる子供のように。
「この頑丈な肉体は悪の攻撃を耐え凌ぐために! この屈強な肉体は悪を成敗するために! ……ヌハハ! 何だか力が湧き上がってきたぞ」
それもまた良しかと、彼はビートルを見て思う。
何はともあればビートルの疑念は晴れた。
気のせいかもしれないが、強くなったとビートルは言う。
それで王に貢献できるというのならな、彼としても本望である。
「正義というのなら、君は何から何を守るのかね?」
「それは必要なことなのか?」
「ああ。正義は常に何かを守らなければならない。君は何を弱者と見て、何を悪と定めるのかな?」
読み聞かせた書物では正義は騎士であり、悪は盗賊や山賊であった。
正義は正しく正義として機能し、悪は悪らしく救いようのない人物として語られていた。
「正義が我であるならば、弱者は【パラポーラ】あたりで良かろう。そして、これから起こる戦いにおいて、奴らを蹂躙する可能性のある悪となれば――」
「人間、か」
「然り。此れより我は【パラポーラ】を狩る悪党を守る正義となろう。ヌハハ! ヌハハハハハ!」
その後、急速に力を高めていった彼は元々7~8000程度であったステータスが軒並み一万を超え、名を【パス・ヘラクレス】と改めることになる。
正義を自称するようになり、彼は文字通り生まれ変わったのだ。
生きる意味を、戦う意義を、理由を見つけた。
一つの物語が彼を変えたのだが、しかしながらビートル――ヘラクレスは生涯でその書物ただ一冊しか知らない。
故に薄っぺらいのだ。
彼の正義はメッキであり、理由付けの為だけに張り付けられた贋物。
正義を名乗るわりに正義が何であるかは未だ理解出来ず、本当の悪とは何か知らず。
相手からしてみれば、ヘラクレスそのものが悪であるとみられているとは露知らないまま、正義を叫びながら人間を蹂躙する。
それはさながら正義に狂ったモンスターのように。