<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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雰囲気で読んで頂ければ


死因:毒
プロローグ


 毒が体を蝕む。

 水圧が呼吸を邪魔する。

 電流が全身を焼く。

 炎が体を舐める。

 太刀が体を裂いていく。

 弾丸が心臓を通り過ぎていく。

 

 足りない。足りない。

 

 それでは殺しきれない。

 火力も足りず。意思も足りず。理解も足りず。

 

 殺せないならば殺せないだけの理由があり。

 殺せるならば殺せるだけの価値がある。

 

 どれだけ一撃必殺の威力を秘めていようとも、それが殺意を以て振るわれているのならば。生半可な一撃必殺では殺しきれない。

 否。殺したとしてもすぐさま生き返る。

 殺しにくく、生き返る。

 さりとて彼はすぐに死んでしまうのだ。

 いつの間にか、ひっそりと。

 彼自身の手で、彼は死に至る。

 他殺を否定し、自殺を肯定する。

 

 

 

 

■アルター王国付近。名の無い山

 

「て、てめえ……何をしやがった!」

「何、とは」

 

 2人の男が向かい合っている。

 その数分前までは1人の男と5人組の集団であった。

 だが、すでに数の優位性は無い。

 5人に襲われているという構図のはずであった1人の男によって、一瞬で4人は殺された。

 

「死んだんだろう」

 

 くぁ、と男は欠伸をする。

 まともに答える気はない。

 

「ただの〈マスター〉と思っていたが……何者だ」

「それはまあ――」

 

 【自殺王(キングオブスーサイド)】、と彼は名乗る。

 そして、彼は数を唱える。下二桁は風に消されよく聞こえなかったが、少なくとも千は超えた数。

 そして次の瞬間に、彼は《瞬間装備》した短剣を自身の首に突き立てる。

 自殺、自害と呼ばれる行為だ。

 他のプレイヤー同様に彼は光に包まれデスペナルティとなり――そして蘇生した。

 

 再度彼は数を唱えた。

 その数は先ほどのものよりも1つ多い……気がした。

 

「……死んだ数か」

「いいや、違うさ」

 

 呟いた言葉に彼は返答する。

 PKとして無人の山中で彼を襲い、初めて会話をした。

 意外にも、彼の表情は穏やかで、声音も震えている様子はない。

 それは余裕の表れなのだろう。

 死ぬことはあるが殺されることはないという自負。

 PK程度には殺されないという確信があるから、彼は街中であろうと山中であろうと、攻撃されていようと表情を変えないのだろう。

 

「自殺した数だ」

 

 なるほど。

 【自殺王】と名乗るだけはある。

 PKプレイを演じる男――〈マスター〉は考える。

 自殺時に蘇生する能力なのだろう。

 そして、デスペナルティを無効化する。

 メリットは1つ……いや2つは最低でもある。

 HPの全回復、そして死んだと思わせての不意打ちが可能になることだろう。

 

 だが、見たところ彼のステータスはそこまで高くはない。

 高ければ、自分こそすでにデスペナルティに追い込まれているのだろうから。

 仲間の4人が殺されたのは何かしらのエンブリオの能力だろう。

 だから、先手必勝。

 すでに先手も後手も終了しているが、これ以上【自殺王】が何かをする前に倒しきる。

 

「《クリムゾン・スフィア》!」

 

 【紅蓮術師】でもあるPKの奥義。

 火球がPKの手元から離れ、【自殺王】を包み込む。

 これまで仲間がMPを節約するために放っていた下級職でも使えるような魔法とは違う。

 PKプレイを楽しむ男がそれなりに真面目に職業を育成して会得した魔法。

 上級職の奥義とあれば、耐久職やエンブリオで無ければHPが吹き飛ぶ威力を秘める。

 

「(……それに俺のエンブリオはMP補正が高い。そこらの【紅蓮術師】のものと同じと思っているなら甘いぜ)」

 

 高火力であるが範囲は狭く、周囲の木々に飛び火することはない。

 次第に火は消えていき、燃え尽きた【自殺王】の姿は――

 

「なっ!?」

 

 ――無く、五体のほとんどが無事である【自殺王】がそこに立っていた。

 

「無傷か……」

「少しは熱かったさ。危うく殺されてしまうところだったよ」

 

 嘘を付け、とPKは口内を噛む。

 見たところ、皮膚に浅い火傷はあるようだが、ダメージはHPの1割にも届いていないだろう。

 MPのほとんどを今の魔法に注ぎ込んだPKに次の魔法を放つ余力はない。

 

「……アンタ、名前は?」

「ん? ああ、俺の名前? うん、そういえば久しぶりに尋ねられたな。ええと、待っていろよ……今確認するから……」

 

 初対面の人間に名前を尋ねられた。

 その状況としては間違っていない反応。

 戦いの最中であることを除いても、殺し合いの中でもPKと襲われているプレイヤーという関係を省いてしまえば、反応としては間違っていない。

 

「ああ、思い出した思い出した。俺の名はクリアントだ……だった」

「……だった?」

「【自殺王】って名乗ることが多いからな。もうそっちが本名みたいなものだろう?」

 

 本名というかプレイヤーネームというか。

 それでいうならリアルで使っている名前は何なのか。

 言いたいことを堪えて、PKは返す。

 

「そうかい。俺はマッドマック。ジョブは見た通り【紅蓮術師】。魔術師系統上級職。……そして俺のエンブリオは……いや必殺スキルは」

 

 瞬間、PK――マッドマックは己のエンブリオの必殺スキルを発動する。

 これまで一切発動していなかった……否、ステータス補正とパッシブスキルである《理性願望》によってMPと魔法発動時の効力上昇は発動されていたが。

 しかし、表立って目に見えるスキルは発動されていなかった。

 

 ……そもそもでマッドマックの必殺スキルもまた目に見えるようなものではないが。

 

「《理性(ジキル)(アンド)暴力の(ハイド)狭間》!」

 

 マッドマックもまた、《瞬間装備》にて装備を入れ替える。

 魔術師において必須に近い杖から大剣へ。

 そして、【自殺王】へ向け振るう。

 

 その威力、魔術師が振るうものに非ず。

 同じ上級職である【大戦士】に匹敵……いや凌駕する膂力。

 《理性(ジキル)(アンド)暴力の(ハイド)狭間》……それはMPの最大値をSTRに変換する必殺スキルである。

 【理性変容 ジキルアンドハイド】。ジキル博士とハイド氏をモチーフにしたエンブリオ。

 驚くべきはその効果時間。

 人間の二面性を表すモチーフ故か、時間制限はない。

 最初から裏の人格があったかのように、ハイド状態……必殺スキルを発動したSTRに特化したステータス状態はマッドマックが発動を消さない限りは続く。

 尤も、必殺スキル発動中はMPがSTRに変換され魔法は使えなくなるため、状況によっては発動しないこともあるのだが。

 

 ともあれ、魔法を放ち終わったら必殺スキルにて近距離戦闘。

 これがマッドマックの常套戦術である。

 魔法だけは耐えられても続く近距離戦闘が待ち構えており、近距離戦闘を構えていれば魔法が放たれる。

 【紅蓮術師】に就いてありながらさながら魔法戦士のように戦う器用さも持ち合わせる。

 PKとしてではなく真っ当に闘技場などでランカーを目指していればそれなりの位置にまでたどり着けたであろう。

 

「(だが……やめられねえのよ。このPKってやつをよ)」

 

 プレイヤーを襲い、アイテムを奪っていく。

 リアルでは経験出来ない経験を味わいたい。

 取り返しのつかないことをやってみたい。

 それこそがマッドマックのエンブリオが【理性変容 ジキルアンドハイド】となった所以かもしれない。

 

「っしゃぁぁ!」

 

 マッドマックの大剣を【自殺王】は避ける素振りを見せない。

 無銘であるが上物の剣は獲物に届き……そして刃は食い込んだ直後から動かなくなる。

 

「……っ!?」

 

 これでもか、とマッドマックは驚きつつも手に力を込める。

 今度こそ最大級最後の攻撃。

 魔法最大級、物理最大級。どちらも防がれては後が続かない。

 

「お、お……おおおおおおお!」

 

 発動できるあらゆるスキルを発動していく。

 サブ職業にて剣を扱う下級職のスキルを取得している。

 MPは無いが、SPは残っている。

 ここが正念場と、エンブリオでマイナス補正がかかりただでさえ少なかったSPも限りなくゼロに近くなる。

 

 そして――マッドマックの全身が刃のような傷で裂かれた。

 

「……え、あ?」

「へえ……それがお前の死因か。けっこう戦ったもんだな」

 

 マッドマックがデスペナルティによる強制ログアウトの最後に見たのは【自殺王】の興味深そうな表情と感心したかのような声であった。

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