<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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17話 慣れた転職

■【呪術師】クリアント

 

「……格好悪いところを見せてしまったかな」

 

 デメンタリー達が去ると、フィリップは緊張を解くように息を吐いた。

 

「……いや」

 

 気にするなとクリアントは首を振る。

 

「フィリップさん、先輩めっちゃ気にしていますよ。何で大金が必要なんだろうって」

「おい……」

 

 しかしクリアントの感情をよく知るワンプにとって、クリアントの気づかいなどすぐにかき消される。

 クリアントが睨もうともワンプは知らん顔している。

 

「まあ別に知っている人は知っていることだから隠すこともないんだけどね」

 

 フィリップは苦笑しながら答える。

 再び歩き出しながら。

 

「神殿にしろ何にしろ、古い物は受け継がれているものさ。街だって領主が代々引き継ぐだろう?」

「まあ、な」

「セペンテイムというこの神殿も、随分昔に建てられたものであり、当然ながら持ち主も今のとは違う」

 

 ゲーム上の設定ではおよそ100年前には建てられていたらしい。

 観測者が今となっては生きていないため、それも言い伝えや書物で知る程度だが。

 

「私の兄、デメンタリーは神殿の2人いる持ち主のうちの1人だ……というのはもう知っていると思う」

「ソーキューという〈マスター〉と神殿の運営をしているんだったな」

「そうだね。そこまでは先ほどの会話からも分かっただろう。ならばこの先だ。……いや前かな? ソーキューとデメンタリーは神殿をとある人物から受け継いだんだ」

「……神殿の先代の持ち主か」

「ああ。その人物は老いたティアンの巫女でね。死ぬ直前に巫女……神職のジョブをソーキューに、そしてセペンテイムを維持するという強い意志をデメンタリーに託した」

「……うん?」

 

 強い意志を託した?

 それは、ソーキューが違うとでもいうような言い方だ。

 

「意思というよりも目的なのかな。その辺りはデメンタリーも私に話してはくれなかった」

「神殿の秘密……とかでしょうか」

「さて、教えてくれないのか……教えられないのか。私にわかることは、セペンテイムの維持には金がかかるということだけさ」

「そうなのですか?」

 

 建物1つだが、内部は店も構えられている。

 海底という立地こそあれ、潜ることのできる者であれば来れる場所だ。

 セーフティーエリアとしても使えるだろう。

 

「ソーキューのエンブリオ然り、デメンタリーのエンブリオ然り、コストやリソースがかかるんだよ。両者とも維持には必殺スキルを使用している。常時、ね」

「常時……何をしているんだ?」

 

 言ってしまえば、ただ海底に建つ神殿だ。

 老朽化しているなら建て直してしまえばいい。

 ジョブ変更やセーブポイントの機能を発動するためだとしても、2人は別の役割があると言っていた。確か、そちらはソーキューが担当していたのだったか。

 

「……まさか、ずっと気が付かなかったのかな?」

「何をだ」

「私はここに来てから君に潜水系のバフをかけていない。君は、ステータスそのままで海底にいるんだよ」

「……!」

「それってつまり……」

「ああ。デメンタリーはこの神殿から水を排除している。水圧も、呼吸苦も、ここでは発生しない状態異常だ……彼のエンブリオが途切れない限りね」

「なるほど……」

 

 だとすれば、その力は相当のものなのだろう。

 ソーキューも似たような力の大きさの持ち主だとしたら、誰も彼らには逆らえまい。

 

「ソーキューがこの海で一番弱いのって……」

「ああ。神殿維持にほとんど力を割いているからだね。戦闘に回す余裕が無いんだよ」

 

 それほどの価値がこのセペンテイムにはあるというのだろうか。

 必殺スキルを覚えられるほどの形態にまで到達した〈マスター〉が維持に全力を捧げるという意味……。

 

「……それはデメンタリーも同じなんだけどね」

 

 と、フィリップは小さく付け足す。

 

「しかし海賊達に弱体化しているデメンタリー……。何を期待している……? デメンタリーに何をさせようとしている……?」

「用心棒とあいつらは言っていたが」

「デメンタリーの直接の戦闘力は超級職の中ではそう高い方ではない。一芸に特化しているからむしろ……いや、そうか」

 

 さらりと、デメンタリーが超級職であると明かしているが、それよりもフィリップは焦った顔をする。

 

「狙いは同じか……! しくじった……あそこで無理にでも止めておけばよかった」

「そういえばフィリップの目的の協力をするためにこの神殿に来たんだったな」

 

 【潜水士】……つまりはこの海中を自由に動くことのできるジョブに変更することで、クリアントを強化する。

 超級職に至るために倒すべきUBMがいて、クリアントが【潜水士】となり海中を移動しながら敵の戦力を暴いていく、という策。

 フィリップが倒せるかどうかはともかく、敵の能力を知るくらいは出来るだろう。

 それは、クリアントにとっても面白そうだと思える案件である。

 

「と、まずはジョブの変更をしよう。ここがクリスタルの間だ」

 

 神殿を進んで行った先にある広間……かつて何かを祀っていたであろう祭壇にクリスタルはあった。

 何人かの〈マスター〉の姿も見え、彼らも同様にジョブの変更をしているのだろう。

 尤も、先ほどの海賊達とは違い、敵意は向けられて来ないが。

 

「転職の仕方は知っているね?」

「ああ。慣れている」

 

 かつて就ける戦闘系下級職を網羅しようとしていたクリアントだ。

 本当に自慢では無いが、【潜水士】になるまで手間取ることは無かった。

 

「スキルは分かるね?」

「ああ。パッシブスキルが2つにとアクティブスキルが1つあるな。どちらも自分にかけるバフか」

「他人へのバフはもう少しレベルが上がってからだけど……君には必要ないだろう。自分の強化だけに努めてほしい」

 

 水圧耐性と呼吸延長のパッシブスキル、そして水中移動に関するアクティブスキルだ。

 どれもこの海中に滞在するなら重要なものばかり。

 むしろ、これ無しでどうやって海中の危険なモンスターと闘えというのだろう。

 

「【海賊】系統は海上がメインだけど、レベルが上がれば多少は海中でのバフも付くんだ。上級職である彼らは今の君以上にこの海中に適応している」

 

 彼らが誰を指しているかは明白だ。

 そして、その話に戻ったからには、先ほどの会話の続きをするのだろう。

 

「実はね……」

 

 そう、溜めた後に

 

「海賊たちと目的が被った。いや、あちらはたぶん金とかだと思うけど。でも、狙うUBMは同じだろう。デメンタリーをわざわざ出向かせるんだ。それくらいの大物は予想される」

「だが、デメンタリーは戦力としてはそれほどと言っていなかったか?」

「ああ。直接のはね。だけど、彼は水の格納と出現に長けているエンブリオを持っている。海賊達のサポートにこれ以上向いている者はいないだろうね」

 

 ならば尚更、急がなくてはならないのだろうか。

 倒される前に、戦闘に介入しなくては。

 

「流石に戦闘中に第三者が入るのはマナー違反だよ。それがたとえ海賊相手でもね」

「だが……」

「まあ倒されたら諦めよう……というわけにはいかないけど。せめてアイテムだけは譲ってもらえないか交渉してみよう」

「アイテム?」

 

 それは聞いていない情報だ。

 

「ああ。超級職への転職に必要なアイテムさ。【海底珠】……最低でもそれさえあれば事足りる」

 

 もしも、海賊たちの目的が金であるならば、確かに大金を積めば解決できることだろう。

 フィリップもそれなりの期間をプレイしている〈マスター〉だ。蓄えはあることだろう。

 

「自分で倒せば特典武具もあるからより良いんだけど……まあ全ては彼らの戦いの行方を待つだけさ」

 

 その時であった。

 

 誰かが叫んだ。

 誰かの悲鳴が上がった。

 誰かの命が途切れた。

 

 神殿が揺れた。

 神殿が包まれた。

 神殿が侵された。

 

「グラスコードだ! 奴が来たぞ!」

 

 神殿に神が降臨した。

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