<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【大小自在 ウチデノコヅチ】
小槌の見た目をしたそのエンブリオはTYPE:ワールドという珍しいものだ。
多少なりとも武器の形状をしているのであれば、通常はウェポンなりアームズなりが混ざるはずである。
それでなくとも、このエンブリオは異質だ。
何故ならばカリキュレーターすら付いていないのだ。
つまりは補助能力という枠組みにすら当てはまっていない。
ワールド、つまりは世界の常識をただ変異させるだけ。
所有者であるキシリーを強くすることも無く。
隣に立つ味方を支援することも無く。
相対する敵を打ち負かすことも無く。
ただ、常識を書き換える。
強くあろうと、可愛くあろうとしたキシリーが。
自身を変えようと立ち上がった彼女が。
それ以前に自身にとって厳しい世界をどうにかしたいと願った末の。
僅かな抵抗の形として出来上がったのかもしれない。
ステータスに一切の補正は無い。
ただし、装備枠を消費しなければウチデノコヅチのスキルは使用できない。
扱いづらい。
キシリーでなければ投げだしていたかもしれないだろう。
魔法少女の力を得、巨人のアバターで戦う彼女でなければ、戦いにならなかったかもしれない。
……彼女でなければ芽生えなかったエンブリオであることに違い無いが。
全ての対象を相手に、大きくとも小さくともサイズを変更することが出来るウチデノコヅチ。
発動条件はウチデノコヅチが触れることのみ。
バフでもデバフでも無い、常識を書き換える能力であるため、これに抵抗することは出来ない。
一日に三度のみ。
それは、到達形態が第五段階に進化した現在でも同様だ。
周囲の人間と同程度にまで縮まるために1度。
キシリーに残されている使用権は大抵2度しかない。
【魔法☆少女】を巡る戦いの後に何が変わったかといえば、たったの2つだけだ。
まず1つ目はサイズの拡大。
より小さく、より大きくすることが出来るようになった。
これでキシリーは一般の人間範疇と呼ばれる程度には見れるようになった。
これは戦いに影響はない。
尤も、ウチデノコヅチがどれだけ戦いに影響してくれるかは未知数であるが。
2つ目は制限の緩徐。
元々は能力解除に3つしかない使用権を使う必要があった。
普段は小さくなるために1回使い、戦闘時に自身を本来の大きさに戻すために2回目を使う。
無駄が大きい。
それはキシリーも薄々感じていたことだ。
もっと使用回数が多ければ別に構わなかったが、たったの3度のうちの2度を消費させられてしまえば、戦闘にエンブリオの恩恵を受けることは難しくなってしまう。
そのため、第五段階に至り、解除時の使用権の消費が無くなったことはかなりの改善点といえよう。
戦闘時に1度きりしか使えないのと2度使えるのでは戦略が飛躍的に違う。
解除と同時に自身を倍化させる。
巨人の中でも上位の存在に。
ただ大きくなっただけだ。
かつて妖精種に滅ぼされた巨人種。
だが、キシリーをよく知る者にとって、巨大なキシリーを見て的が大きくなったなどと呑気な感想を述べる者はいない。
恐ろしい怪物を目にした騎士のように。
ただ怯えるのだ。
それこそ、鬼を前にして勇気を振り絞った一寸法師のように。
立ち向かうには、英雄足りえなければならない。
■【魔法少女θ】キシリー・キシシキ
「(……更に、重く!?)」
ヘラクレスが最後の衣服――兜を捨て、攻勢に出る。
拳及び蹴りの乱打にキシリーは顔を顰めつつ耐え凌ぐ。
【裸王】奥義である《許されざる全裸郷》の成功判定はヘラクレスを視認している者がいなければ成り立たない程脆弱なものだ。
この場にはキシリーしかおらず、故に強化率は僅か1パーセント。
本来は観衆の下で使用するスキルであるため、焼け石に水のようなものだが、《全裸待機》こそが対個人戦闘に用いられるメインスキルであり、こちらが万全に機能していれば問題はない。
兜を外しただけで20パーセントのステータス上昇。
20パーセントと21パーセントの違いであるが、素のステータスが一万近いヘラクレスが使用すれば、上昇値は桁外れなものとなる。
「……ッ!?」
「ヌハハ! この兜を外した今、我に死角はない! 恐れ戦くであろう! 我から目を離せば死ぬと本能で理解しているからこそ、一瞬たりとも反らすことは出来ぬだろう! だからこそ、この新しき力である【裸王】のスキルは輝くのだ!」
勝機を確信したからこそヘラクレスは勝ち誇り力の正体を明かす。
人間にしか扱えぬはずである超級職。
それを彼らネームド個体が持っているという事実が、彼にとっての悪の心にダメージを与えると分かっているから。
「無駄だ! どれだけ貴様が知恵を絞ろうと、このステータス差は覆せぬ! この戦闘中に我が脱いだ装備品は6つだ。先ほどまでに比べて倍となった我の力は誰にも止められぬ!」
ステータスが全て2万越え。
2つある上級職の片方しか戦闘職で無いキシリーにとって、それは絶望しか与えない情報だ。
その片方――【大巨人】もまた【魔法少女θ】と同様にステータスを強化するだけのもの。
2つのジョブでようやく1万を超えかけているキシリーが今すぐステータスを倍にする手段など無い。
「ああ、そうであった。王が言っていたぞ。超級職に奥義があるように、貴様ら特異な人間の持つ力の一端に必殺スキルというものがあるということを。ふん、何が必殺だ。それは我のような正義が使うに相応しい技である。この必殺パンチを食らい死ねぇ!」
一撃一撃が並みの〈マスター〉であれば四散しているであろう威力。
キシリーが耐えられているのは、既にENDではなく、HPの高さだけ。
何度も食らっている今、そのHPも僅かなものとなっており、あと数度で尽きてしまう。
「(必殺スキル……か。そんなもの、使えたら良かったのに)」
第五形態となったウチデノコヅチだが、必殺スキルは未だ芽生えない。
もしかしたらその効果で今すぐ逆転出来るのかもしれないが、使えないものに頼ることは出来ない。
「(本当に強いなぁ……この敵も。先に敵の1体を倒したプシュケーさんもまいまいちゃんも。……クャントルスカちゃんも)」
何故自身が戦うことになったのか。
ふと思い出す。
そう、彼女が死にそうだったのだ。
強いと思っていた彼女が。
だから、代わりに強い自分が戦うと名乗り出た。
「ああ、そうか……」
どこか本気になれない自分がいた。
世界派も遊戯派も関係なく、何か目的の為であれば本気で戦うことが出来る仲間達とは違い、キシリー自身はどこかこの戦いに躊躇していた。
最後に本気で戦ったのは何時だっただろう。
それは、クャントルスカだ。
彼女の可愛さに、自身の弱さに怒り戦ったあの時。
それ以降はあまり本気になれなかった。
「(そっか……認めていたから。カブトムシは強いって知っているから。全然羨ましいなんて思わなかったんだ)」
自身の原動力。
可愛いものを羨む自分。
クャントルスカとの戦いを経て成長したと勘違いしていた。
怒り任せに戦うことは無くなり、理性的に戦えるようになったのだと、目を逸らしていた。
だが、違う。
臆病になっただけだ。
勝てるはずの戦いを捨てて。
自分を弱者に枠に当てはめ逃げ腰になり。
死ぬ気で戦おうとは、死んでも戦おうとはしなくなったのだ。
「違う……」
だけど、それは違う。
キシリーが決めた覚悟とも。
魔法少女としても。
逃げる魔法少女は1人だけだ。
キシリーは大きい魔法少女。
強い魔法少女だ。
「勝ちたい……」
そしてこの戦いはキシリー1人だけのものではない。
街の為。
そしてクャントルスカから託された戦いだ。
「負けたくない……!」