<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
人生とは『歩み』の連続である。
成長するために『歩き』、学ぶために『歩き』、強くなるために『歩き』、家族と共に『歩き』、友と共に『歩き』、生きるために『歩く』。
即ち、『歩く』ことで人は経験し成長する。
それはリアルの世界でもデンドロの世界でも変わりはなく、たとえ立ち止まったとしても、生きている限りは、いずれ再び歩き出すだろう。
それは人だけではない。
あらゆる生物において、生きることは成長すること。
歩みを止めない限り、学び、強くなる。
だからこそ、異質なのだ。
人間だけが自ら命を止める。
『自殺』という、『停滞』を選択してしまう。
選択できる権利を持ち得ると言い換えることも出来るが、他の生物からすればやはり、欠陥だ。
生きることに必死で、生きることに希望を持ち、生きることが当たり前である彼らからしてみれば、そもそも何故生まれてきたのかという存在意義を問うことになるだろう。
しかし、それでも『歩み』と『停滞』。
生きることも自殺することも選べるからこそ。
人間は強いのだ。
■【魔法少女ω】クリアント
「ここって……本当に合っているんですか?」
「疑念というよりも否定の意味を込めて言っているのなら俺も同意見だけど……間違ってはいないはずだ」
実は【自殺王】のクリスタルはこの崖の下ではなく、崖を超えた更に山の奥であって欲しいとワンプは願っているのだろうが、カーソルは間違いなく崖の下を指している。
加えて、これまでに何度も死を体験したクリアントだから分かる。
直感的にクリスタルは下にあるのだと、確信にも近い感覚があった。
「ん? 何か書いてあるな」
クリスタルの場所までノーヒントで辿り着かなければならないのかと危惧していたが、存外に親切設計であったらしく、すぐに金属製の立て看板が見つかった。
錆が一切なく、経年劣化を感じさせない看板にはこう書かれていた。
「『落ちろ』……?」
「落ちろって、この下にですかね」
崖の下への移動手段なんて数が知れている。
最も手っ取り早いのが落下なのだろうが、それにしてもその落下速度はある程度選びたいところだ。
まず、パラシュートのようなものがあれば一番なのだが、生憎とその準備は無い。
飛行を可能とするエンブリオやジョブ、特典武具も心当たりがなく、フォールの所有していた移動手段もクリアントは持ち得ない。
次に、ロープなどで身体と近くの木を結び、いわばハーネスのような安全帯を簡易的に作り出そうとも思ったが、崖の下がどの程度深いのか予想も付かない。
もしもこの下にモンスターでも待ち構えていれば、ハーネスは逆に身動きを抑制してしまうだろう。
故に、
「慎重に下るしかないようだな」
右手にマッドラップスの細剣、左手に妖刀【出涸らし】を構える。
「先輩。一応聞いておきますけど、何をする気ですか?」
「テレビで見たことがあるんだ。一定以上の力があれば岩肌に武器とかを突き刺して上り下りする姿を」
「よし、今回は諦めましょう。そしてフィリップさんに相談したうえで準備を整えてからぁぁぁぁぁぁ――!?」
ルール体となりワンプと肉体を共有しているとはいえ、その主導権はあくまでクリアントにある。
そのため、ワンプに後退の意志があろうとも、肉体は先に進まざるを得ない。
安全装置など一切なく、両手の武器を崖肌に引っ掛けて崖の下に向かおうとする。
「先輩!? いくら【自殺王】になろうとしているからって、それは本当に自殺行為ですって!」
「まあ、任せろ。リアルの身体と違って今はステータスもそこそこあるんだ。俺の肉体くらいは支えて――」
度胸は技術を存分に発揮させる。
いくら腕が良かろうと、緊張すれば腕を鈍らせるだろう。
逆に、自信満々であれば、少しばかり技術が足らなくても勢いで乗り越えられることもある。
だけどまあ――
「――あ」
今回クリアントに求められた技術は高水位であったし、少しばかり度胸があろうと埋めようのないくらいにクリアントの技術は低かった。
「せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃ――」
「……結局こっちのが早かったな」
崖下に下るという第一の関門すら満足突破出来ず、どころか一歩目でくじけたクリアントは崖に一か所だけ傷を残して暗闇に落下していった。
その様子を見ていた者がいれば、やはり自殺行為に映ったことであろう。
■【魔法☆少女】クャントルスカ
「……ここは」
まず最初に感じたのは浮遊感。
地面のどこにも肉体は付いておらず、背中に柔らかな感触が抱き着いていることだけが分かる。
その感覚に覚えがあり、次いでクャントルスカは自身がどういった状況であるか察した。
「また、気絶しちゃっていたかぁ」
「ええ。相当ダメージを負ったようね。気絶と覚醒を繰り返していたわ。回復アイテムは私が勝手に使っておいたけど、それでもかなり効いたみたい」
聞こえてきたのは翼の生えたメイデン体のエンブリオであるモーの声。
主を気遣ってか、優しく慰めるような言葉をかける。
「……うん。強かった」
【パス・ヘラクレス】はクャントルスカがこれまで戦った人間、モンスターを問わず強者の部類の上位に入る。
複数人で戦ったドラゲイルは除くとしても、単独で戦った相手としては最上位に強いだろう。
そのような敵を放っておくわけにはいかず、そして自身と因縁のようなものを作ってしまっていたが故に最前線で戦おうとしたが、それは1人の魔法少女により止められた。
「キシリーちゃん、強くなっていたね」
「そうね。貴女と戦った時よりもずっと。ステータスだけじゃない。心も強くなっているわ。だから、エンブリオも進化を遂げた」
ヘラクレスをキシリーに任せ、他の仲間と合流するためにその場を後にしたクャントルスカが最後に見たのは巨大な姿のキシリーであった。
クャントルスカすら見たことのない、あれが彼女の本来の力なのだろう。
邂逅時は巨人であることを嫌悪していたが、自ら振るっていることから、自身を受け入れ、力を万全に使っているのだろう。
それに、エンブリオが進化し、より少女らしい大きさにもなることが出来ている。
エンブリオの進化。そのトリガーとなった要因が何であったか、推測するまでもない。
巨大なキシリーこそがその証だ。
「……モーちゃん」
「分かっているわ。ごめんなさいね。あまり貴女の力になれなくて」
謝罪の意味。
それこそがクャントルスカがヘラクレスに苦戦した理由であり、他の準〈超級〉達に比べてもクャントルスカが必殺スキル無しでは戦いにならない原因だ。
「そんなことないよ。モーちゃんのスキルは便利だし、それに何より私はモーちゃんのこと大好きだもん。私が強くなれないのは……きっと私の問題」
それこそがクャントルスカの抱える問題。
彼女の戦闘力はほとんど【魔法☆少女】による回復力とステータス任せによるものだ。
エンブリオは必殺スキルが止めとなることもあるが、それ以外の中身を解析したり、中身に攻撃を移すスキルを戦闘中に使うことは少ない。
要はエンブリオと戦闘スタイルが噛み合いづらいのだ。
いや、エンブリオが完全な戦闘向きとは言い難いといった方が正解か。
『愛した相手を殺す』。そのようなモチーフで形作られたエンブリオであるが、その実持っているスキルが本当に愛するために存在するものばかり。
個人生存型であり個人戦闘型であるが、同型を相手にしたときに爆発的な威力を出すことも出来ず、敗北する可能性も高くなる。
突破力も突出した力も無い。
それが今のクャントルスカである。
「モーちゃんの力だけじゃない。【魔法☆少女】の奥義だってずっと前に習得出来たはずなのに、まだ戦闘中に使えていない」
「それは……その余裕が無かっただけ。クャントルスカが悪いわけじゃないわ」
第六形態のエンブリオ。
加えて超級職。
どちらも生産向きとかの理由があればまだマシだが、残念ながら戦闘向きといえる両者であるからこそ、言い訳の余地がない。
「……モーちゃん。もう少しだけ私を運んでくれる?」
「いいわよ。少しだけと言わずに。あの大きな蟻のところまで」
だから、使いこなさなければならない。
奥義も、エンブリオの本来の力も。
クャントルスカは目を閉じる。
もう少しだけこの居心地の良い状況に甘んじよう。
愛する者を愛するということがどういうことか。
魔法少女とは何か。何故自分が憧れるようになったのか。
思い出し、想わなければならない。
そうしなければ弱いままだ。