<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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190話 贋作は目に映える 1

■とある少女の現実について

 

「……ふう」

 

 後悔や苦悩、安堵とも違う。

 ただの疲労による息を漏らし少女は背を伸ばす。

 彼女は小さな身でありながら管理者だ。

 集団を纏め上げ、規律を正し、隊列からはみ出ないように目を凝らしていなければならない。

 

 何故そうしなければならないのか。

 答えは単純だ。

 乱れるから。

 目を離せばすぐさま隊列は崩れる。

 集団は散らばり、少女の手の届かないところで誰かに、そして少女に迷惑をかけるだろう。

 少女は自身の性格の悪さを理解している。

 誰かになら別に迷惑をかけてもいい。

 だが、自分にだけは。

 管理者である自分にだけは何も迷惑をかけてくれるなと常々思っている。

 

 まだ幼いからとか、年長者だからとか、そのような理屈や理由は不要だ。

 他者に迷惑をかけてはいけない。

 仲良く集団で行動しなければならない。

 これだけの規律を乱さず、仲の良い家族を演じさえすればいい。

 

 それが8人兄妹の4番目に生まれた少女の信念であり、兄妹達に押し付けるべき教訓だ。

 

「夢。掃除終わったからな……」

「今日のおやつ、ちゃんと均等に分けたからね」

「玩具はちゃんと片付けたぞ」

「夢ねえの携帯端末、電池切れそうだったから充電器につないでおいたよ」

 

 兄妹の会話にしては緊張を孕んだ声であった。

 少しでも機嫌を損ねないように。

 少しでも不備が無いように。

 まるで王と下僕のように、兄妹であるはずなのに明確な上下関係がそこには存在していた――ただし年功序列ではなく。

 

「うん。ありがとう。それじゃあおやつのお皿並べようか」

「あ、ああ」

 

 8人が並べば狭くなるような座卓の前に腰掛け、8等分にされたカステラの皿に手を合わせる。

 

「「「いただきます」」」

 

 行儀がよく、大人の理想とするような兄妹の図である。

 ただし、8人のうち7人は決してカステラに手を伸ばさない。

 決められた1人がカステラを口にした時、ようやく食べてよいのだ。

 

「美味しい」

「だ、だろ! 母さんがお客さんに出すような特別なやつだって言ってたぜ。今日は特別に食べていいんだって」

「兄さんがテストで良い点を取ったご褒美って言っていたわよ」

 

 機嫌を伺うように長兄は少女におやつが豪華である経緯を説明し、長女が補足する。

 

「そう。頑張っているんだね」

「も、勿論だ。勉強して良い大学に入って父さんと母さんを安心させないといけないからな」

 

 それが長男の役割というように、彼は言い切る。

 

「その調子で頑張って」

 

 それに対して少女は、労いの言葉を一つだけかけ、そして食べ終わったおやつの皿をシンクに置いた。

 

「私が洗っておくから。夢はゲームに戻るんでしょ?」

「うん。後は任せてもいい?」

「ええ、当然よ。家事をこなせるようになって玉の輿を狙うんだもの」

 

 長女もまた、『良い男を見つける』ことこそが長女の役割であると言い切る。

 

 それに対して少女は何も言わないまま自室へと戻る。

 7人の視線が自身をどう捉えているか、理解したまま。

 

 その感情こそは恐怖。

 まだ幼い少女に対して年上の兄姉も、無垢であるはずの弟妹も兄妹に向けるはずのない視線を送っていた。

 

 決して機嫌を損ねるな。

 それが彼らの鉄則だ。

 損ねれば、損ねた者が死ぬ。

 そう予感し、死ぬよりはマシであると少女の意に従っている。

 

 それを知っている少女は、

 

「……はぁ」

 

 今度こそ、少しばかりの気疲れからくる溜息を漏らすのであった。

 

 

 

 

 何事もタイミングだ。

 悪ければ回避できない不幸が襲い掛かるし、良ければ幸運が舞い降りる。

 

 少女の場合は後を考えれば不幸であったかもしれないが、その時は幸運であると感じていた。

 

 手の付けられない7人の兄妹達。

 ゲーム機を壊され、絶望に浸った翌日。

 

 少女と買い物に出かけていた長兄が交通事故にあった。

 長兄も運転手もどちらも確認不足からきたもので、発進したばかりの車との接触であったため怪我自体は大したことなかった。

 同日に勝手に兄妹のお菓子を食べた長女が食中毒にあい入院した。

 同日に怪獣の玩具を踏んだ次男の足が裂け、針を縫う程の怪我をした。

 同日に三女が高熱で倒れた。

 同日に三男が父の飲もうとしたコーヒーをひっくり返し右腕に深い火傷を負った。

 同日に四女が木に引っかかった風船を取ろうとし、落下して骨折した。

 同日に四男が母の友人から預かった大型犬に噛まれた。

 

 いずれも命に関わるほどでは無かった。

 だが、今も傷跡の残る負傷を負ってしまった者もいる。

 それ以上に心に傷が残った。

 

 少女だけが無傷だ。

 まるで彼女が仕組んだように。

 だが、状況的にも能力的にも少女にそれが可能となるものはない。

 実際に、父母は次女だけは何事も無くて良かったと安堵していたくらいだ。

 

 少女に呪われたと、命を脅かされたと感じたのは当事者達くらいであり、それに対して少女は何も言わなかった。

 否定も肯定も。

 作ったような笑みを浮かべながら『死ななくて良かったね』と7人に言っただけだ。

 

 それ以降、誰も少女には逆らわなくなった。

 まるで『次は無い』と宣告されたかのように、少女に従う7人の兄妹。

 全てはタイミングだ。

 起こるべくして起こったわけではなく、事故も病気もただタイミングが悪く起こっただけ。

 

 それでも信じられないだろう。

 だって、少女が弁解しないから。

 だって、少女がこれ以降兄妹達を家族に決して向けない目をしたのだから。

 だって、少女が心から楽しそうな表情をしなくなったのだから。

 

 仲の良い兄妹を演じる。

 それだけが生きる道だとでもいうかのように。

 

 

 

 

■【魔法少女η】狂ヶ咲夢味について

 

 彼女の最も異質な面において語るべきは、エンブリオの性質とは裏腹に、彼女が己のエンブリオを世界の誰よりも好きであるという点である。

 家族よりも。 

 友人よりも。

 仲間よりも。

 恩人よりも。

 敵よりも。

 誰よりも、自分と同程度に夢味はドッペルゲンガーを好ましく思っている。

 

 TYPE:メイデンのエンブリオを持つマスターであれば特段珍しくもない。

 彼らはデンドロの世界をもう一つの世界と捉えており、それがメイデン体として表れている。

 関係性は多々あれど、エンブリオに対しては好印象を持ち、中には友人を超えた関係性を持つ者もいることであろう。

 それが悪いこととは言えない。

 むしろ、それだけこの世界について現実味を感じていることの証拠なのだから。

 だが、夢味に関しては違う。

 彼女はこの世界を唯一の世界と捉えた。

 現実の世界を捨て、このデンドロの世界こそが自分の本当の世界であると。

 そして、己がエンブリオであるドッペルゲンガーをもう一人の自分であると。

 

 デンドロの世界を唯一と捉えるまでは良い。

 現実の自分を否定する者が決していないとは言い切れない。

 むしろ、こちらの世界の方が過ごしやすいと感じる者は少なくない。

 

 だが、ドッペルゲンガーというエンブリオを持つのだとしたら。

 『出会えば死ぬ』という存在がモチーフであるエンブリオを持ちながら、そのエンブリオに好意的であるのであるのだとすれば。

 それは究極の自己否定だ。

 自分を殺せる存在を手元に置き、好意的に接し、もう一人の自分だと受け入れる。

 常人の心では無い。

 狂人であれば尚更否定する。

 

 故に夢味は常人でも狂人でも無い。

 

 自身に対し肯定と否定、2つの相反する感情を持ち合わせた、矛盾した少女である。

 そして、それを一般にこう表す。

 『二重人格者(ドッペルゲンガー)』である、と。

 

 

 

 

「……行くよ、ドッペルちゃん」

「うん。一緒に行こう、夢味ちゃん」

 

 『夢味(自身)』を否定し、『ドッペルゲンガー(自身)』を肯定する少女は歩き出す。

 これまでに出会った中でも最強の敵を前にし。

 過去を乗り越え、未来を踏み捨て、現在に留まるために。

 隣に立つ少女と共に在るために。

 

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