<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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191話 贋作は目に映える 2

■【神子】ルーチェ

 

「流石に突破されてきましたか」

 

 巨大な黒蟻の横に座る女――ルーチェは小さく笑む。

 苦笑とも、あるいは企みが上々である際に漏れ出た微笑ともいえるような、見る者によって受け取り方が変わる程度の小さな表情の変化。

 だが、彼女の本性を暴けるような者はこの場にいない。

 昏く、濃く、深い洞窟内においてシュヴァーゲルと彼から放たれた少数の【パラポーラ】と、側近であるただ1匹のネームド個体。

 これらが正しくルーチェを理解することも共感することも無い。

 盲目な愛も畏怖も無関心も。

 その全てがルーチェという姿を鏡のように反転して映しているに過ぎない。

 

『――』

「ええ、そうですね。数人は辿り着くかもしれません」

 

 洞窟内が震える。

 それはシュヴァーゲルの声だ。

 ルーチェを通じて配下の能力を強化してしまったが故に、いくら神話級UBMであろうと、今の彼は声を出す力さえ残されていない。

 彼の意図を汲み取れるのは【神子】であるルーチェのみ。

 

「それでは向かわせましょうか。最強(・・)を」

 

 その言葉に、洞窟内唯一のネームド個体の身体は震えた。

 

「だ、出すのですか……彼女を」

「腐らせておくのも勿体ないでしょう?」

「で、ですが……奴は確かに実力はあります。しかし、我らが王を前にしても最強と、そう言いのける不敬者でもあるのです。役に立つとは思えません」

「あら、おかしなことを言いますのね」

 

 くつくつと、ルーチェは笑う。

 先ほどとは違い、こちらは眼前の愚者を見て本心から出たものであった。

 

「王に不届き者が近づいているのに兵が前に出ないことが最たる不敬ではなくて? それとも、貴方が代わりに行って頂けるのでしょうか。女王アリさん?」

「……ッ!」

 

 その言葉にネームド個体は言い返すことが出来ず下を向く。

 自身の能力とルーチェの性能。

 彼我の実力差を考え、開きかけていた口を閉じる。

 

「わかり……ました。では、哨戒に出していた【パス・スティック】を共に。生真面目な奴であれば調整は取れましょう」

「ではその通りに」

『――』

「ご安心を、シュヴァーゲル。貴方様が討たれることはありません。何よりも、貴方様がいるのですから」

 

 

 

 

■【魔法少女η】狂ヶ咲夢味

 

 1人、2人と共に進んでいたはずの仲間が消えていく。

 本来であれば緊張を高め、あるいは恐怖を強める現象だ。

 あるいは、敵の出現と同時に、敵との戦闘時に倒れるのであれば心構えも違うのだろうが、現状は違う。

 文字通り、仲間が消えていくのだ。

 塵となり消えていく。

 死亡と同じことであるが、この場合の消えるというのは『突然に』という枕詞が付く。

 

「あっ……」

「え?」

「まっ――」

 

 断末魔の悲鳴すら与えられない。

 その余裕どころか、自分が死んだという事実が死ぬ寸前まで認識できていない。

 歴戦の猛者であるはずの上級〈マスター〉達がなすすべもなく消えていく。

 

 すぐさま不意打ちを受けていると察した他の〈マスター〉らが《殺気感知》や類似した感知系スキルを発動するが、それをすり抜けるように殺されていく。

 

「……厄介な」

「ひっ!?」

 

 白のガスマスクと防護服を着た男が悲鳴をあげる。

 彼の前に立っていた〈マスター〉が突如身体から血しぶきをあげたのだから仕方ない。

 

 その悲鳴と同時に、

 

「《アストロガードォォ》!! 《サウザンドシャッタァァー》!! 《宣伝効果》!」

 

 ならば、と1人の〈マスター〉が防御系スキルと自身にかけられたバフスキルを仲間全てに共有させるスキルで守りを固め始め、ようやく犠牲者が減る。

 全身を黄金の鎧と盾で固めた盾持ちである。

 彼のパーティメンバーであり、既に死亡した〈マスター〉が必殺スキルで作り出した黄金の盾。

 元がプレイヤーメイドの良品であるが、それが更に性能を底上げされているため、スキル込みで一時的に神話級にも匹敵する防御力に迫る。

 

「何だってんだ……」

「索敵を急げ! 隠れているってことは本体の戦闘力はそこまで高くはないはずだ!」

 

 盾持ちが索敵班を囲み、周囲を伺う。

 上級職の索敵スキルがすぐにその結果を――

 

「見つからない……!?」

「嘘だろ!? 熱探知にも引っかからねえぞ!」

 

 ――出すことは無かった。

 

「ッ! 正体は葉だ! どこからか分からねえが、木の葉を飛ばしてきやがるぞ!」

 

 しかし、盾に刺さりようやく止まった謎の攻撃の正体だけは明かされた。

 それは、葉であった。

 針葉樹に生える葉よりも長く鋭い葉。

 先端にかけて鋭くなっていき、深く盾に刺さっている。

 

 盾持ちが恐る恐る葉に手を伸ばす。

 触れると、何の抵抗も無く盾から抜け落ち、そして風に吹かれボロボロと崩れ落ちていった。

 

「これは……?」

 

 まるで風化したようだと、その〈マスター〉は感じた。

 道端に落ちているような、土壌の細菌に分解され、土の養分に帰っていくような感覚。

 それが崩れていった葉を見た時に覚えたものだ。

 

「……何はともあれ、見つけ出せ! どこかにはいるはずだ!」

「……! あっちからだ! 馬鹿め……盾に刺さった葉が細い形状だったのが運の尽きだな。……ぐあっ!?」

 

 ある者は敵の位置にあたりをつけ、攻撃を仕掛けようとするが、あらぬ方向からの葉の攻撃により大きなダメージを負わされてしまう。

 

「おい! まだ俺のスキルの範囲外に出るな! この中はとりあえず安全圏だ」

 

 盾持ちが防御系スキルを共有する数mのサークル内に全員が固まる。

 その中にいれば盾持ちと同程度の防御系バフの恩恵を受けられる。

 そして、正体不明からの攻撃はそこを貫通は出来ない――

 

「良し、落ち着いて観察するんだ。時間は残されていないがまだ――」

 

 ――こともなく、盾の隙間を縫い、盾持ちの腹部に深く葉が突き刺さる。

 

「――え」

 

 盾が無くとも純粋なタンクであった盾持ちはその絶大なダメージを見て、信じられないといった表情のまま消えていった。

 

 盾を貫通出来なかったわけではない。

 しなかっただけなのだと、その場にいた全員が思わされる。

 

 これは防ぐことのできない類の攻撃であると。

 

 下手をすればこの場で全滅させられてしまう。

 

「……おい、アンタ。確か未知数の奴がいたら相手出来るって言っていたよな!? 今だろ、とっとと相手をしてくれよ」

 

 小柄であることを利用し、他の〈マスター〉の陰に隠れていた2人の少女が声を掛けられる。

 

「私?」

「無理、無理。だって、見えないんだもん」

「見えない相手は正体不明」

「私達が得意なのは未知数なだけ」

 

【魔法少女η】狂ヶ咲夢味と彼女のエンブリオであるドッペルゲンガー。

彼女たちは笑顔で答えた。

尋ねた男が引いてしまう程に。

 

「それよりも?」

「気づいていないの?」

「な、なんだ……ッ!?」

 

 少女達の表情から何が起こっているのかは読めない。

 だが、索敵スキルを使用した男は、この場に近づく敵を感知した。

 

「いるよ、来てるよ」

「誰かな? 敵かな?」

 

 木の葉による攻撃は今も尚続いている。

 男が感じ取った敵の気配は攻撃とは別の方向からだ。

 つまりは……敵は少なくとも2体。

 それも恐らくはネームド個体であろう威圧感がある。

 

「くそっ……ただでさえ対処できていないってのに」

 

 盾で防げない。

 見えない敵からの遠距離攻撃への対処法が出来ないまま、更に新手。

 

 ……と、山中に金属音が響いた。

 

「……?」

「やってみると案外出来るもんスね」

 

 そこには短刀を構えた1人の魔法少女――イテカの姿があった。

 イテカの足元には2つに斬られた木の葉が落ちており、次第に崩れていく。

 

「……と、休ませてくれないスか」

 

 続けて2度、イテカは短刀を振るう。

 計4枚の木の葉が金属音と共に地面に舞い落ちた。

 

「見えているのか!?」

「おい、どうやったんだ。教えてくれ!」

 

 敵の能力のカラクリが分かったのか。

 あるいは、攻撃の攻略法があったのか。

 生き残った〈マスター〉がイテカに尋ねる。

 

「簡単スよ。敵は見えなくてもあの葉っぱは見えているんスから。こっちに当たる前に斬れば良いんス」

 

 返ってきたのは超絶技巧を必要とするものであった。

 つまりは見えてから斬ればいいと。

 

「で、出来るわけねえだろ!」

「ま、そうスよね。……というわけで、ここは私が引き受けるッス」

 

 この見えない敵に対してはイテカが戦う他無い。

 夢味も、他の〈マスター〉も見えない敵に対して攻撃する手段が無いのだから。

 

「それじゃ、とっとと行くッスよ。切り札であるその人だけでも護って欲しいッスね」

「ああ……そのつもりだ」

 

 男たちは頷き走り出す。

 今の敵にかなりの犠牲者を出してしまった。

 5名。

 これが夢味を含めた生き残った奪還隊の総数。

 尚、山中に逸れた若干名もいるが、合流は絶望的だろうと数には入れられていない。

 

「夢味さん。後は頼むッスよ」

「そうだね。頼めるといいね」

「後なんてのがあったらだけどね」

 

 何を考えているか分からない……が、夢味とドッペルゲンガーもその場に留まったところで死ぬと分かっているのだろう。

 素直に他の〈マスター〉達と共に走り出した。

 

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