<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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192話 贋作は目に映える 3

■【魔法少女η】狂ヶ咲夢味

 

 何事にも最低条件というものがある。

 

 人生における衣食住。

 恋愛における性格や年齢、その他諸々。

 就職における環境や給料、その他諸々。

 食事における栄養価や味、その他諸々。

 戦闘においても、試験においても、通信機器にも、読み物にも、紙幣にも……全ての事象において、必要とする最低の条件。

 これだけは達成しなければ、その後の末路は転落していくというものだ。

 それは自動車にエンジンやハンドルが搭載されているとか、就職にエントリーシートが必要だとか、予め決められており、公認の事実であることが多い。

 

 だが、比較的未確定である事象。

 常に戦況が変わる、戦闘時においてはその最低条件はどこまで見積もればいいのだろうか。

 まず、戦闘員が残っていること。

 これはどうしたって外せない。

 味方陣営が残っていなければ、相手は倒せない。

 隕石でも降ってきてくれればなどと呑気なことを構えているのであれば、その者は戦闘から外すべきだろう。

 

 戦闘員が残っていても彼我の戦力が絶望的な場合もある。

 では第二条件を付けたすのであればどうするか。

 それは、相手に通じ得る戦力の確保だろう。

 当たれば勝てる……可能性のある者がいる。

 勝てる見込みのある戦闘員がいる。

 これが戦闘を勝利に運ぶための最低条件である。

 

 否、これが満たされていないのであれば、それはただの一方的な殺戮だ。

 レベル0の人間が装備も無しにボスモンスターに挑むが如く。

 成り立たない戦力差のある戦いを戦闘と呼ぶことなど出来ない。

 

 さて、此度のクエスト。

 神話級UBM【鋭弾蟻匆 シュヴァーゲル】から蜜を奪還するために満たすべき最低条件とは何なのだろう。

 

 最高戦力であるプシュケーやクャントルスカをシュヴァーゲルまで辿り着かせることだろうか。

 否、それはまごうことなく最高条件だ。

 それでも勝てる可能性は決して高くないが。

 切り札の1人である狂ヶ咲夢味のスキルでシュヴァーゲル同士を戦わせることだろうか。

 否、それもまた最高条件、あるいは最良条件だ。

 ジャイアントキリングの力を持つメイデンの〈マスター〉を敵のボスに当てさせる。

 間違ってはいないどころか、正しい選択だろう。

 だからこそ、それは最低条件どころではない話となる。

 

 ならば、最低条件とは。

 これだけは満たさなければならないものとは何なのだろう。

 プシュケーやクャントルスカ、あるいは夢味を戦わせることが難しかったとしても、それ以上に満たさなければならない条件。

 

「……」

 

 姿なき暗殺者の攻撃の手が届かなくなった今も身を震わせる〈マスター〉の1人。

 白いガスマスクと防護服を着た、一行の中でも際立った存在感のある男。

 山中であるため拭いきれない違和感……否、山中であるからこそ、ある状況を想定すれば最もふさわしい衣装である。

 

 彼こそが最低条件。

 上級、下級その全てがカンストしておらず総合レベル300台、エンブリオも第四形態という、クリアントを除けば奪還隊においては最弱。

 実力も、覚悟も無い一般〈マスター〉である。

 

「怖いのー?」

「寒気がするの?」

 

 夢味とドッペルは見た目だけは可愛らしい。

 2人の少女に話しかけられ多少は緊張と恐怖が緩和したのだろうか。

 手の震えが止まったのを自覚した彼は

 

「……そうだ、な。怖いさ。まさかこんなことに巻き込まれるなんて思っても無かった」

 

 男の名はバウム喰変。

 TYPE:カリキュレーターのエンブリオを持つ世界派の〈マスター〉である。

 

「せっかくさ、楽しい祭りに参加できると思っていたのに。ま、まさかこんな虫共と戦わなくちゃいけないだなんて……」

 

 彼もまた純粋に『甘味祭』を楽しみに街を訪れた観光客の1人であった。

 既に共に訪れた友人は死亡してしまっているが、彼だけは生き延びていた。

 その時、ワルキューレの1人に助けられ、また彼の能力を知ったプシュケーに勧誘もとい引きずられる形で奪還隊に組み込まれた。

 

「よわむしー」

「よわよわだー」

「弱い……か。ああ、俺は弱いんだ。ステータスも1000やそこらしかないものばかり。メンタルだって、たぶん一番気が乗らないんだろうな」

「あはは。怖い。怖いんだって! ねえ、ドッペルちゃん。

「うん。夢味ちゃん。面白いね」

「それは――」

「――私達だって同じなのにね」

 

 少女達の言葉にバウムは……いや、他の男たちも息を呑む。

 不気味な、ある意味で奥の知れない彼女達には一種の頼もしさがあった。

 簡単には負けないだろう、バウムと並ぶ切り札であるため、彼女達は最も余裕を持っているのだろう、と。

 

 だが、それは違う。

 

 夢味とドッペル。

 彼女たちは敗北を知っている。

 彼女たちは――夢味は失う怖さを何度も味わっている。

 リアルでも。

 この世界でも。

 自身を、半身を失うという恐怖を味わい、そしてそれでも尚戦いに赴いた。

 

「君達は何故……その歳で恐怖を知りながら……」

 

 バウムはガスマスク越しに少女達を見る。

 メイデンの〈マスター〉。

 つまりは、世界派であろう人間だ。

 ここをもう一つの世界と捉えているのだとしたら。

 戦いを楽しむならまだしも、恐怖を抱きながら戦えるのは、年齢にそぐわぬ精神性の持ち主であろう。

 

「だって、もっと怖いものがあるから」

「戦うことでしか守れないから」

「ドッペルちゃんが死んじゃうのは怖いよ」

「夢味ちゃんが死んじゃうのは怖いよ」

「だからね、戦うんだ」

「大事なものを守るために戦う」

「それが魔法少女でしょ?」

「魔法少女らしいでしょ?」

 

 少女達の眼は正気であった。

 いや、別に先ほどまで狂気に染まっていたわけではないが。

 だが、今だけは気味の悪さが鳴りを潜めていたのだ。

 

 少女らしくない、しかし『格好良さ』が2人にはあった。

 

「そうか……そうだよな」

「当たり前のことだったな。すっかり忘れていたぜ」

 

 魔法少女、という言葉にこそピンとこなかったが、大事なものを守るためには戦うしかない。

 そのためには恐怖を乗り越えるという少女達の決意に、大人たちもまた勇気が奮い立つ。

 

「やってやろうぜ! どうせ俺達は決死隊だ。なら、喉元まで食らいついてやろう」

「おお! 残りのネームド個体がなんぼのもんじゃい!」

「よわよわだったのに……」

「みんな元気になったね」

 

 あっという間に活気づいた大人たちに、今度は夢味とドッペルが目を見張る。

 言葉一つで単純なまでに一喜一憂する光景に、大人でありながら、ゲームを楽しむ子供のように映ったのだろう。

 

「そうだ! いくらでも来い! ネームド個体なんか俺の太陽の拳で一撃だ」

「おいおいチャング、そりゃフラグって奴――」

 

 と、〈マスター〉の1人の口から出た言葉を窘めようとした者に超速度で飛んできた大木がぶつかった。

 

「――ッ!?」

 

 大木と衝突した〈マスター〉は何とか一命は取り留めたようだが、事態が呑み込めないことと、衝突時に受けたダメージと【骨折】などの状態異常により動けない。

 

「なっ……敵だ! 備えろ!」

 

 チャングと呼ばれた男が警戒を始める。

 同時に彼の両の拳に炎が宿る。

 

「かつて古代伝説級UBMにあと一歩まで迫った俺の拳……生半可に近づけば火傷じゃ済まないぞ」

「そうかえ。なら、これで終いじゃ」

 

 チャングの死角外、頸部の後方より衝撃が走る。

 深く、鋭く走る痛みはその一撃が致命傷を与えていることを確かに伝える。

 

「え……」

 

 何が起きたか分からないままチャングは倒れる。

 触れたものを太陽と同等の熱で包み込むと言われる拳は全く役に立たず地に伏す。

 

 そして、ソレは現れた。

 

 チャングを一刺しで殺した棘の付いた尾。

 ヘラクレスに引けを取らない分厚い装甲。

 マンティスの鎌と同等の切れ味を持つ鋏。

 

 そして何より、明らかにサソリを模したモンスターでありながら、ソレは人型であった。

 

「【パス・スコーピオン】。妾の名じゃ。まあ、覚えずとも良いがの……どうせすぐに死ぬのじゃから、な」

 

 尾は後頭部から生える長い髪であった。

 甲殻は着物であった。

 鋏はそのまま、両手に持った武器であった。

 

 それこそがシュヴァーゲルが最高傑作。

 自他共に認める『最強』。

 故に人型。

 モンスターの力を持ち、人間の技を持ち、人間の姿を取る。

 

 闇夜の黒紋付。

 衣装と裏腹に、女は笑む。

 未亡人よりも、哂い新婦よりも嗤い。

 そして、己の作り上げたものを見て呵う。

 『死者の前に立つ』に相応しい、死の量産者。

 

「安心せぇ。妾が最後じゃ。ここを潜り抜けたら王の下へ行ける。行けたら、じゃがな」

 

 これまでのどのネームド個体よりもモンスターらしくない見た目。

 だが、ソレが放つ圧は、どの個体よりも悍ましいものであった。

 

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