<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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193話 贋作は目に映える 4

■【パス・スコーピオン】

 

 それは数刻前のこと。

 侵入者が来たと知っても尚、のんびりと山中を歩き回るスコーピオンの耳に聞き馴染みのある声が届いた。

 

「……皆殺しとのご命令だ」

 

 声は聞こえど姿はない。

 だが、そこにいることは、彼の能力をよく知っているスコーピオンには容易に察することが出来る。

 

「生け捕りは無くて良いのかの? 噂じゃと、子供もおるようだが」

「……要らん。奴らの見かけに惑わされるな……幼子とて〈マスター〉であることに変わりはない。小さくとも、王に届きうる牙を持っている可能性があるかもしれん」

「ふうん……?」

 

 最初、彼女にはモチベーションというものがまるで無かった。

 ヘラクレス並の装甲も、マンティス並の大鋏も、自動追撃する尾も。

 彼女に搭載されている固有能力以前の機能だけで他のネームド個体と渡り合うことが出来る。

 その自負が、彼女は他の個体と一線を画し、そして孤立する理由となっていた。

 対等にいられる者がいない。

 戦いになる者がいない。

 皆殺しという簡単なミッションであるならば、わざわざやる気を出すことすら面倒だ。

 淡々と、落ち葉を掻き集めるが如く雑務として終えた方が気分としても良い。

 

「面倒じゃのぉ……」

「俺が監視役として同行を任されている。任務から逃げればどうなるか分かっているな?」

「チッ……本気で逃げ隠れられた貴様を追うのはもっと面倒じゃ」

 

 偵察及び暗殺に特化した同僚の能力を思い出し、スコーピオンは舌打つ。

 さぼることも出来ず、さてどうやってモチベーションを上げようかと考える。

 

「……む。始まっているな」

 

 山にいながら、まるで山を見上げるかのような巨体が出現する。

 スコーピオンはその姿に少しばかり心躍らせる。

 あれならば少しは楽しめるかもしれない。

 見たところ、巨体に見合ったステータスも持ち合わせていそうだし、簡単には倒れないだろう、と。

 

「……む?」

 

 と、スコーピオンは巨人の衣装を見て気づいた。

 どこかで見たような……否、見覚えと既視感のある衣装だ。

 

「のぉ、スティック」

「どうした……それは笑っているのか?」

 

 既視感の正体が分かったスコーピオンの顔には笑みが張り付いていた。

 彼女だけに許された人間の姿。

 彼女だけに許された人間の表情。

 

 その意味を、理由を思い出しながら、彼女のモチベーションはかつてない程燃え上がる。

 

「ああ……滾っておるぞ。あの巨人は今誰と戦っておるのだ?」

「ヘラクレスだな」

「そうか……」

「……横やりは無しだ。そういう規則だということを忘れてはいないだろうな」

「ああ、そうじゃった。ならば、奴らの同類はおるのかの?」

「同類……? 〈マスター〉ならばまだ――」

「いや、そうではない」

 

 同僚の言葉を遮りながら、スコーピオンは1歩踏み出す。

 逸る気持ちを抑えられない。

 早く会いたい。

 早く戦いたい。

 早く知りたい。

 

「あ奴ら……魔法少女はまだこの山の中におるのかと、妾は問うておるのじゃが」

 

 その問いに対する返答を聞くや否やスコーピオンは走り出す。

 その速度さえ『最強』の一端。

 

 やれやれ、とスティックは呆れ半分、もう侵入者は終わりだという勝利の確信半分を思いながら彼女を追いかけた。

 

 

 

 

■【魔法少女η】狂ヶ咲夢味

 

 邂逅と同時に〈マスター〉が1人減らされた。

 エンブリオと合わせれば前衛系超級職にも引けを取ることのない戦闘力であったチャング。

 だが、スコーピオンの死角からの一撃により頚髄を貫かれ死亡。

 更にもう1人の〈マスター〉も負傷し、すぐに戦線復帰は難しいだろう。

 残るはバウムと呼ばれる切り札の1人と、夢味、そして弓を構えた女性〈マスター〉であった。

 

「……ッ!」

 

 彼女の名はカサンダリシ。

 奪還隊の中でも珍しく、純粋な善意で動いてはいない人間だ。

 全ては金のため。

 難易度の高い依頼であれば、報酬も高いだろうという理由で参加した〈マスター〉である。

 

「……まさか私がここまで残ってしまうとはね」

 

 チラリ、と背後を見る。

 バウムは聞いた限りでは直接的な戦闘力は無い。

 切り札である必殺スキルを切らせれば話は別だが、それは今ではない。

 ここで使わせれば眼前の敵を撃退出来るかもしれないが、蜜の奪還や、神話級UBMを倒す可能性が大きく下がる。

 それでは依頼失敗だ。

 報酬も減額どころか無くなってしまう。

 

「正念場ってところかしら……?」

 

 だが、ここまで接近を許してしまった今、彼女の分はかなり悪い。

 そも弓使いである彼女は前衛がいる前提での戦闘スタイルを持っている。

 カサンダリシ自身が前に立ち、背後の者を守ることなど出来ない。

 

 矢を引きながら考える。

 いつでも放つことはできるが、恐らくは一発勝負になるだろう。

 外れたら次射は無い。

 

「……姉さんに倣って弓を使ってみたけれど、使いづらいし。本当に嫌になるわね」

 

 それもこれも彼女自身の金遣いの荒さが招いたことであるが。

 ガチャに全財産をつぎ込むんじゃなかったと、今更ながらに後悔しながら、それでもガチャから出た最もレアな武器を握る手に力を込める。

 

「(動かない……今がチャンスってことかしら)」

 

 理由は不明だが、敵はこちらの様子を伺っているようにも見える。

 あるいは、恐れているのだろうか。

 

「行きなさい……《星々を映す鏡(カレイドスコープ)》」

 

 音もなく放たれた矢は直線状に進み、銀の鏃をスコーピオンに突き立てる。

 放つ矢全てを聖属性に変える高レアな弓であり、アンデッドでは無いにしろ、秘めた熱量がスコーピオンを体内から焼いていく。

 同時に、一万の矢がスコーピオンに突き刺さった。

 

「……ッ!」

 

 全身を余すことなく聖なる光が包み込む。

 純竜級モンスターであっても致命傷に届きうる一撃だ。

 

 全方位収束型の攻撃を可能とする必殺スキル。

 それが《星々を映す鏡(カレイドスコープ)》である。

 対象の対面積に依存するが、人型サイズ以上であれば最大数である一万の同時攻撃を可能とするためそれほど条件を満たすのは難しくはない。

 むしろ、攻撃を当てなければならないというもう一つの条件の方が困難な場合が多い。

 ダメージも拡散された数だけ分散してしまうが、追加効果を持つ攻撃であればその限りではなく、こうした熱量は全く下がることなく攻撃に乗せることが出来る。

 

「良し……命中。続いて……ッ!?」

 

 続いて第二射の準備に取り掛かろうとしたカサンダリシだが、その手が止まる。

 動き出したのだ。

 全身を矢で包まれているはずのスコーピオン。

 聖属性の熱で全身に火傷を負ったはずだが、それを感じさせない足取りで。

 

「驚いた。ああ、驚いたぞ……まさかこの妾に聖属性とは、の」

 

 歩くたびに矢は落ち、消えていく。

 その全てが抜け落ち、オリジナルの1本だけが地面に残る。

 それを見ると、鏃が欠けていた。

 

「そんな……通じないなんて……」

 

 スコーピオンは何もしていない。

 ただ、その装甲を貫くほどの貫通力も威力も無かっただけだ。

 故に触れた肌から微々たる熱量のみを伝え、銀の矢は役割を終えたのだ。

 

「ほ、ほ。奇術としては上出来であった。求めていたものとは違ったが、まあ良い。妾の気分は良い。だから、死ね」

 

 一瞬でスコーピオンはカサンダリシと距離を詰め、両手に持つ大鋏を開く。

 

「右が良いかのぉ? それとも左が良いか? どちらも性能は同じじゃ。……ああ、左右から少しずつ刻むという手もあったか」

 

 手を伸ばせば触れることのできる距離まで近づかられるとカサンダリシに出来ることは少ない。

 腰元の短刀に手を伸ばす余裕もない。

 彼女の首元、その左右から大鋏をそれぞれ宛がい、スコーピオンは笑う。

 

「貴様が死んだら次は後ろの奴らじゃ。ちゃんと手本を見せるんじゃぞ? 何もできず死ぬという絶望の手本をな」

 

 スコーピオンの表情は醜悪で、そして美しかった。

 鋏が閉じられ、カサンダリシの首が胴から分かたれようとした時、

 

「そこまで、だ」

 

 スコーピオンの全身を炎が包み込んだ。

 

「なっ――」

 

 そして、スコーピオンの横面を拳が貫く。

 太陽のように、炎が包み込んだ拳が。

 

「言っただろう。俺の拳は太陽。決して消えることのないものだ」

 

 【硬拳士】チャング。

 彼の炎は未だ消えず。

 かつて古代伝説級UBMの眷属に伏した時とは違う。




ここにきてモブに焦点を当て始めるやつ
いいから夢味ちゃんはよ
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