<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【硬拳士】チャング
「(ここまでは上出来だ……)」
【パス・スコーピオン】との邂逅から数分。
未だ犠牲者は出ておらず、見様によっては優勢に見える情勢にチャングは安堵する。
段取りは上々。
必殺スキルを発動しているおかげで先ほどのダメージも回復してきている。
「ガナル! そっちはどうだ」
「……応。ああ、痛ぇ! 奴からのダメージは凌げても二次的なダメージは食らっちまったぜ」
スコーピオンが投げた大木により倒れていた男が立ち上がる。
最低でも複数個所の【骨折】があったはずだが、それを感じさせない動きである。
「チッ……一か所だけ状態異常があるな。どんだけ強い衝撃だったんだよ」
いや、それでも傷痍系状態異常はあったようだ。
ともあれ命にかかわるものではない。
なにより、致命にかかわる大木からのダメージを受け止める存在がいたのだから。
「まだいけそうか?」
「ああ……ッ! あと数発は大丈夫だ」
ガナルと呼ばれたその男。
彼の肩には小さな鬼が乗っていた。
鬼が手に持つは更に小さな枕。
薄暗い森の中においてその枕は絶えず光を放っている。
その光とは所謂エフェクト。
先ほど発生したダメージエフェクトであった。
「策は思いついているか?」
「いや……奴は此れまでのネームド個体と比べても強い……。だが!」
「ああ。それでも、特別強いわけじゃない」
真正面から現れて甚大な被害をもたらしたヘラクレス。
闇討ちにより守りを固めたタンクすら殺害した正体不明。
他にも、糸の結界を張り巡らせていた個体など、恐ろしいネームド個体は此れまでも存在した。
それに比べれば。
まだ、対処は出来ている。
戦いにはなっている。
自分達を無理やりに鼓舞させながら、彼らは戦場に立つ。
「……予想以上に重い」
ガナルは内心でスコーピオンの膂力に冷や汗を垂らす。
純竜級でも余裕で受け止めることのできるはずであったが、恐らくはあと一撃。
それが限界であろうと予想していた。
「マクラガエシ。もう一発だけ頼むぜ」
ガナルの言葉に小鬼は頷く。
マクラガエシ。
そう呼ばれたのが彼のエンブリオである。
能力特性はダメージの停滞。
上限まではダメージを受けることなくマクラガエシの枕が受け止めてくれる。
「ほ、ほ……ほほほほほほほ! なんぞそれは! 面白き、面白き力ぞ!」
炎に包まれたままスコーピオンは声をあげた。
まるで熱を感じさせない。
「……畳みかけろ!」
チャングが炎ごとスコーピオンに拳をぶつける。
同時に、炎の勢いが増し、代わりにチャングの傷が癒えていく。
「《
血液置換型であるチャングのエンブリオ。
それは不死鳥の名を冠するフェニックス。
燃え滾る炎の熱により全身の新陳代謝を無理やり引き上げ、超常的な回復力を得る必殺スキルを持つ。
そして、自身の回復と同時に敵を燃やし尽くす能力も持ち合わせている。
「《我が拳、巌となりて》」
チャングの攻撃力が増す。
呼応するかのようにチャングの拳の炎も強くなる。
そこからは拳の連打。
兎に角触れさえすればいい。
それだけでスコーピオンを燃やすための熱量も強くなるのだから。
「面白い……が、もう見飽きた」
だが、拳はスコーピオンに止められる。
一度たりとも装甲を貫くことは出来ず、ただ炎で包み込むためだけに放たれた拳。
奥義を用いてもスコーピオンの防御力には届かなかった。
「(それでも……!)」
しかしチャングは奥義を解くことは無い。
否、解くことが出来ない理由があった。
「継続ダメージか。これなら妾に確かにダメージを負わせることが出来るであろうな。まあ、ほんに微々たるものじゃが」
ふと目に入ったスコーピオンのHPと削ることのできた総量。
それを見てチャングは我に返ってしまう。
「は……はは……」
1パーセントも満たしていただろうか。
膨大な熱量も、拳のダメージも、スコーピオンにとっては脅威では無かった。
スコーピオンが鋏を薙ぐ。
刃がチャングを切り裂こうとし、
「……ッ!」
ガナルのマクラガエシが受け止めた。
否、完全には受け止めきれていない。
枕は裂け、中身が飛び出てしまっている。
中の羽が宙を舞い――その全ての切っ先がスコーピオンへと向けられた。
「……返すぞ! 《
ダメージの反射。
付け加えるならば必中付きのダメージである。
如何なる防御も貫通し、ダメージを与える必殺スキル。
強大な敵であるほど、強力な攻撃を行うほど、その威力は増す。
自動追尾かつ防御貫通の属性を付与された枕の中身である羽毛がスコーピオンを捉える。
ダメージの総量は彼のプレイ至上最大。
だが、彼の目に映るスコーピオンのHPも史上最大であるため、倒し切れたかは分からない。
削りきってくれ。
そう願いながら、スコーピオンの大鋏の余波を受けたガナルは胴体を切断された際のダメージでログアウトした。
「……なるほどのぉ。最強の妾の攻撃とはこれほどまでか」
だが、倒せない。
炎も、ダメージ反射もスコーピオンを倒し切ることが出来ない。
「押しきれ! 削れてはいるぞ!」
しかしながらスコーピオンのHPは目に見えて減っている。
いくら装甲が厚かろうとも貫通攻撃の前では無意味であった。
「甘い! 貴様らにはもう攻撃手段はあるまい?」
「……いいえ! まだ、あるわ」
スコーピオンの額に短刀が刺さる。
「……?」
浅くだが突き刺さった短刀にスコーピオンは首を傾げる。
そして、それを放った主を見て納得した。
「ああ……もう忘れておった。居たのぉ、貴様が」
短刀の持ち主――カサンダリシを見て次に何が起こるかスコーピオンは察した。
「《
一万の短刀。
それら全てがスコーピオンに突き立つ。
「熱が駄目なら爆発はどうかしら」
斬る、もしくは刺さった衝撃で爆発を起こす武器。
これもまた彼女がガチャによって手に入れたものである。
使い捨てであるため使うタイミングを渋っていたが、使うしか無かった。
一万の短刀による爆発。
その爆風がスコーピオンだけでなく、周囲全ての人間を包み込んだ。
爆発属性を込める短刀と必殺スキルのコンボ。
その一撃……いや、万撃による人間側の被害は1人。
最も爆発の近くにいた、短刀の主であるカサンダリシである。
自爆覚悟の攻撃であったため、この状況は想定内。
むしろ、爆発を無効化され、攻撃手段を失ったまま生き延びてしまうよりは幾らもマシであった。
爆風が収まり、中心地が姿を現す。
決死の一撃。
元より削られていた怪物を倒すには十分であっただろう。
そう、生き延びたチャングはしばしの安堵をしてしまう。
「良い。良いぞ。心躍る戦場。心躍る敵手。しかし、残念ながら妾の心は冷めやすい」
だが、それでもスコーピオンを倒すには至らない。
無傷とまではいかないまでも、それでも悠然とその場に佇む姿は敵ながら見惚れてしまいそうになる程だ。
「……は? いや、おかしいだろ……なんで、さっきよりも傷が塞がっているんだ……!?」
見惚れ、しかし歴戦の〈マスター〉である彼らはすぐに違和感の正体に気づく。
治っていた。
決死の一撃どころか。
死を覚悟した攻防の末に与えた致命打に近い一撃が。
無傷に近いと錯覚してしまう程に、傷が癒えていたのだ。
「……これが奴の固有能力か?」
ただ強い。
それがスコーピオンの特性であるかと予測していたが大きく外れたのかとチャングは唸る。
既に攻撃が通るとか、防御が間に合うとかで乗り越えられる状況では無くなった。
再度同じ攻防を繰り返せないほどに消耗したチャングにとって、HPの回復という能力は戦闘意欲を著しく損なわせる。
「治癒系……素のステータスが高いなら尚更厄介だ」
自身の必殺スキルが同系統であるため、チャングは自分達だけで削りきれるかと危惧する。
自分達――背後に守られるだけの少女。
未だ戦闘には参加しない。
その意図は不明だが、少女1人の参戦で倒せるとは思えないほどの戦闘能力を見せつけられた。
「……俺が時間を稼ぐ。だから、さっさと逃げる支度を――」
「うん、そろそろだね」
「観察は終わりだよ」
少女を逃がす。
それだけでも、と再度拳を握りしめなおしたチャングの隣に少女が並ぶ。
「ありがとうおじさん」
「感謝だよ」
やがてチャングを追い抜き前に立つ2人の少女。
狂ヶ咲夢味とそのエンブリオであるドッペルゲンガー。
4つの瞳は獰猛に輝きを放っていた。