<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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197話 贋作は目に映える 8

■【パス・スコーピオン】

 

 何かがおかしい。

 既にその域は超えており、明らかに不可思議な現象が起きている。

 それは、敵対象の偽物を生み出す夢味とドッペルではなく、その対戦相手として君臨するスコーピオン。

 

 最強。

 それが何をして評しているのかは定かではない。

 

 単純な戦闘能力としても他のネームド個体と比べ遜色は無いが、しかし突出した戦力かと問われれば頷けるかは怪しい。

 確かに大鋏の切断力も、黒紋付の防御力も、刺突力に長けた尾髪も恐るべきものではあるが、他の個体にも似たようなものはあった。

 故に、他の〈マスター〉から伝聞、あるいはその目で見てきた夢味は単純なステータスだけであれば決して恐れることは無いと確信し、同時に真に恐るべき力は他にあるのだと推測する。

 

 その一つは純粋な技術。

 何よりも対応力に長けていた。

 

「(うーん……どうしようかな……)」

 

 初見であればまず与えられたはずの偽物による特攻ダメージ。

 それがスコーピオンには効かない。

 否、被弾を避けられている。

 

 確実に致命傷を負うであろうものは避け、小さい傷だけが積み重なっている……はずであった。

 

「超速回復……だと思うけど……」

「さっきの傷がもう消えているね」

 

 だが、いくらスコーピオンの技術技能が高くとも、これまでに少なからずのダメージは与えられていた。

 小さくとも偽物の与えた特攻ダメージ。

 小は中となり、中は大となり。

 致死量に届かずとも、見かけ上では致死量以下のダメージがいくつも与えていた。

 

 だが、スコーピオンに負傷無し。

 小さな傷も程ほどの傷も大きい傷も。

 綺麗さっぱりと無くなっている。

 それは見かけだけでなく、HPでも。

 

「スコーピオンってサソリだよね。そんな力あったかな」

 

 これまでのネームド個体は少なからずモチーフとなった虫の能力を得ていた。

 蜘蛛であれば糸、カマキリは……鎌のような腕だろうか。

 しかし、サソリに回復のイメージは無い。

 

 無いから、戸惑う。

 

 正体不明の能力に、攻め手を失う。

 

「どうしようか夢味ちゃん? 偽物さん達もボロボロになっちゃった」

「どうしようかドッペルちゃん? ボロボロになっても機能は生きているんだよね」

 

 手足をもがれようと、身体に穴が空こうと、偽物の特攻効果は消えない。

 当たりさえすれば、急所にさえ当たれば、スコーピオンを殺す一手となり得る。

 

「とりあえず……動きさえすればそれでいいのかな」

 

 偽スコーピオンが動く。

 欠けた大鋏を振るい、解れた黒紋付を纏い、千切れた尾髪を回す。

 

 どれもが今のスコーピオンには脅威足りえない。

 精彩を欠いた動きは優れた戦士であるスコーピオンの眼には止まっているように映る。

 

 そも、偽スコーピオンはあくまでステータスを写し取っただけの存在。

 スコーピオンの戦闘技術や思考までは模倣出来ていない。

 そのステータスすら度重なる負傷と多数の傷痍系状態異常により減衰している。

 

 偽物が2匹揃ったところで勝てる道理など無い――

 

「……ほう?」

 

 ――からこそ、夢味とドッペルは偽物頼りの戦いなど行わない。

 

 最初から2人と2匹の戦い。

 そのコンビネーションで最強に挑んでいる。

 

 偽物の手からはいつの間にか大鋏が消えていた。

 それにスコーピオンが気づいたのは手の届く範囲に偽物が接近した時。

 

 まず偽スコーピオン2匹の尾髪がそれぞれスコーピオンの胴を串刺しにしようと迫る。

 それをスコーピオンは手に持った大鋏で斬り落とし、次いで遅れて到着する偽物達も鋭い切っ先で断とうとする。

 

 既にスコーピオンに動きを捉えられていた偽スコーピオンは抗うことが出来ず、2匹揃って首と胴をそれぞれ切断され、消えていった。

 ……その背後から小さな影が飛び出した。

 

 偽スコーピオンから受け取った、刃の欠けた大鋏。

 だが、殺傷力はまだ十分ある。

 何よりそれが眼前で証明されていた。

 

 既に偽物達に攻撃を終えていたとはいえ、迎え撃つ態勢は出来ていなかった。

 消えゆく偽スコーピオンが主の渾身の一撃を助けるべく、スコーピオンの大鋏をしかと掴んでいたのだ。

 

 スコーピオンは迫る2つの凶刃を見ながら――

 

「矮小な体躯でやりおる」

 

 哂った。

 

「認めよう。力なぞ、速さなど、技術なぞ無くとも。貴様らの悪童たる知恵は妾の命を脅かすものであるとな」

 

 夢味もドッペルも、寸分違わず大鋏を黒紋付で覆われていない箇所――スコーピオンの喉元を狙っていた。

 歴戦で無くとも、戦闘経験で劣ろうとも、しかしその時ばかりは外れる要素が無かった。

 

 このままスコーピオンに手が残されていなければ、いくら超常的な回復力があろうとも、倒せていただろう。

 

 だからこそ、スコーピオンは哂う。

 愉しいと。

 

 この危機的状況を乗り越えた時にまた自身は最強へと高見を昇っていくのだ。

 

「だが、斃せぬ」

 

 回避できる態勢でなく、迎え撃つ大鋏も動かすことは出来ず、黒紋付は働かず。

 だが、まだ尾髪は生きている。

 

 たった1本であれど、まだ状況はいくらでも動かせる。

 

 迫る大鋏を無視し、ドッペルの足をスコーピオンの尾髪は絡めとる。

 鋏が喉に触れる。

 冷たい感触はそのまま己の命の熱を吸い取るようだ。

 

 髪がドッペルを掬い上げる。

 鋏が喉に食い込む。

 柔い肉を貫き、僅かに痛みが走る……が、それも今は無視だ。

 薄皮一枚程度であれば別に良い。

 その程度で最強は死なない。

 

 髪はドッペルを振り舞わす。

 鋏の1つがスコーピオンから離れた。

 だが、それでも1つは残っている。

 その1つだけでスコーピオンの命を消すには十分。

 喉肉を抉り、太い血管に辿り着こうと鋏は進む。

 

「……ッ!」

 

 振り回されたドッペル。

 彼女のステータスでは一切の抵抗が出来ず、それどころか低いAGI故に何が起こっているか理解出来ていない。

 

 そしてそれは彼女の主も同様であり、ドッペルが夢味に衝突し、共々吹き飛ばされても尚、勝利を確信したままであったのだろう。

 

「……く、くくくく」

 

 危なかったと。

 危うく死ぬところだったと。

 

 生きた実感を味わいながら、スコーピオンは喉元を抑える。

 否、動脈は傷付けられていた。

 

 夢味とドッペルの衝突は少しばかり遅く、故に鋏は間に合っていた。

 

 地面にぶちまけられたスコーピオンの体液。

 それは明らかに致死量。

 放っておけばどころか、放っておかずとも多量の出血で死ぬだろう。

 

「……《リジェクト》」

 

 淡い光がスコーピオンの肉体を包む。

 明らかに回復系スキルを使った兆候だ。

 

「……しぶといな」

 

 もう起き上がるなとスコーピオンはやや嫌気のさした顔で立ち上がった2人を見る。

 

「手は全て出し尽くしたのだろう? ならばさっさと去ね。スキルも知恵も無い、ただの弱小を叩き潰す趣味は妾には無い」

 

 だが、少女達は構える。

 柄しか残っていない大鋏。

 既に武器としての性能は失っている。

 だが、最後に残された希望とばかりにそれを構える。

 

 愉しい時間だった。

 此れより先はつまらぬ延長戦。

 もう倒れて良い。

 それで、見逃してやろうと。

 

 そんな感情を込めた視線で2人の魔法少女を睨む。

 

「貴様の仲間はそこの男を除いて全滅しておる。先ほど言っておったでは無いか、逃げる時間を稼ぐ、と。ならば逃げだしても誰も文句は言うまい? 貴様の強さは妾が証明した。だから、妾の気分が良いうちに逃げれば良かろう」

 

 そうか、とスコーピオンは会話をしながら理解する。

 希望があるから戦うのか。

 魔法少女とはそのような生命体であったと。

 思い出す。

 

「これで良いか?」

 

 唯一生き延びていた夢味以外の〈マスター〉、チャングを尾髪で一刺しにする。

 

 だが、彼のエンブリオにより必殺スキルはスコーピオン以上の回復力をみせる。

 代償として徐々に最大HPが減っていき、最後には灰となり死ぬのだが、それまでは決して倒れることは無い――

 

「死なない生物など存在せぬよ」

 

 ――が、しかしそれはあくまでスコーピオンの尾髪が単挿しによるダメージしか与えられない場合の話だ。

 

 髪の一つ一つが猛毒を注入する棘。

 

「がっ……あああああああああああああ!?」

 

 回復力を上回る猛毒のダメージ。

 HPが0と1の狭間で回復を繰り返し、やがてチャングは光となって消えた。

 

「悪いの。隠していたわけではない。ただ、使うたらすぐに決着が着く故、躊躇っただけじゃ」

 

 これこそがスコーピオンに与えられた固有能力。

 尾髪の猛毒という、本人曰く戦いをつまらなくする能力である。

 

「(……ふむ? 未だ心折れずか)」

 

 既にスコーピオンは夢味達への戦闘に関する興味は失せていた。

 だが、その心の強さは買っていた。

 このまま殺しても良いが、それではただ力で上回っただけだ。

 

 最強を自称するのであれば。

 あの心の強さは気に食わない。

 

 喉元に刃を突き立てられても尚ひるまずに戦った自身こそが心身共に最強であると。

 

 確信するため、スコーピオンは口を開く。

 

「【魔法少女η】」

 

 狂ヶ咲夢味という名の小さな〈マスター〉に与えられたジョブ――魔法少女の名を。

 

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