<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法少女η】狂ヶ咲夢味
切り札なんてとっくに使っている。
実力も、才能も、経験も、何もかもが足りていない。
足りない足りない。
最初から欠けていたのだ。
「そう、驚いた顔をするな。妾からすれば貴様ら魔法少女を熟知しているのは当然のこと」
かなわない。
「【魔法少女η】。物質を複製する固有能力を持つ魔法少女であるな。大方、妾に傷を付けた鋏も、妾の攻撃を防いだ衣装もその力のおかげだろう」
適わない。
「何故知っているのかだと? そうであろうそうであろう。貴様の考えは手に取るように分かる」
叶わない。
「魔法少女の因縁の敵? そうであったならば。ああ、貴様には随分と都合の良い予想であったであろう。だが、それは違う。貴様ら魔法少女の敵は過去も未来も同属と、ドラゲイルのみ」
敵わない。
「それよりも、妾達には王から貰った力があってだな。漏らすなと言われておるのじゃが、これから死ぬ貴様が知っておいても特段問題は無いだろう」
能力は適わない。
勝利が叶わない。
あの敵には、敵わない。
「妾は【魔法☆少女】である」
きっと、私は共にここまで戦ってきた誰よりも弱い。
ステータスとしても。
精神力も。
ステータスを模倣すれば、武器を手にすれば。
一端の戦士……魔法少女に成りきったつもりでいられたのだろうか。
否。
私は魔法少女ではない。
私は偽物だ。
偽の魔法少女。
偽の家族を演じる偽物。
偽物。
最強にも迫れない偽物。
最弱にも至れない偽物。
「初代【魔法☆少女】であるメルティ・ボラムの肉体の一部を取り込んでおる。故に妾には初代が得た回復スキルがそのまま使える。最強の肉体に最強の技術、そこに加わった最強の回復能力。どうじゃ? 恐ろしいか?」
だけど、それが私の強さだった。
本物に迫る偽の力。
似せる力。
ドッペルゲンガーは本物足りえない。
だけど、本物を殺す力は持っている。
そういう逸話を持っている。
「メルティは天竜王とやらを従えたという話もある。その竜がどれほどの力かは知らぬが、まあ、妾の方が強いであろう」
何故ドッペルゲンガーがメイデンだったのか。
考えたことは幾度もある。
ただのガードナーで無かった理由。
私がこの世界を偽物ではなく、本物と捉えていたから――だけではない。
現実世界を偽物と断定し、あの家族を偽物と断定し、この世界を本物と断定し、ドッペルちゃんを唯一の家族と信じたかったから。
それだけは本物と信じたかった。
ドッペルちゃんを想う気持ちだけは。
でも、きっと……。
それも偽物なのだろう。
偽物だらけ。
偽物で構築された私。
この勝ちたいと思う気持ちも。
これ以上仲間を失いたくないという感情も。
きっと偽――
「夢味ちゃん!」
「……ドッペルちゃん」
頬に当てられた冷たい感触。
冷え切った己が分身の手はそのまま彼女の今の状態を示しているかのようだ。
「もう立ち上がらないで……死んじゃうよ」
……私は立ち上がっていた。
気づかないうちに、無様にも、意志とは真逆の動きをしていた。
「おお、おお、魔法少女! 立ち上がるとは良し! だが、貴様の底はもう見た。逃げるのであれば追わぬ。だが、妾の前に立つのであれば、最強の前に立つのであれば、その自殺行為を助けてやろう」
自殺……。
決してそんなことしたいわけではない。
嫌だ。
死ぬのは嫌だ。
誰かに殺されるのも。
自分で死ぬのも。
「逃げて……夢味ちゃん」
あの子が死ぬのも。
「ドッペルちゃん……?」
共に戦うのは良い。
共に死ぬのも良い。
だけど。
あの背中を見るのだけは嫌だ。
死に行く背を、見送るのだけは。
「私が時間を稼ぐから! 夢味ちゃんは逃げて!」
「……!?」
やめてという言葉が出なかった。
ありがとうという言葉を何とか飲み込んだ。
欠けた大鋏を手に、ドッペルちゃんはスコーピオンの前に立つ。
エンブリオである彼女に死の概念は無い。
だが、死の痛みはある。
「駄目、だよ……ドッペルちゃんが死んじゃう」
「大丈夫」
ドッペルちゃんは微笑む。
私を安心させるように。
私には出来ない笑い方をする。
「夢味ちゃんを助けることが私の役割。夢味ちゃんを守ることが――」
――違う!
――そんなこと私は望んでいない!
――私は、私は1人になりたくなくて。
――ドッペルちゃんと一緒にいたくて。
――ただ、それだけを……
「――私の使命だから」
未だ笑うスコーピオンに向かってドッペルちゃんは走り出そうとし――
「死ぬなら一緒、だよ」
――動きを止めた。
「――え」
「……ふむ?」
スコーピオンが何かしたわけではない。
何が起きたのか興味深そうにドッペルちゃんを見ている。
だから、何か起こったのは、ドッペルちゃん自身だ。
「恐怖で臆したか? どちらにせよ妾は言葉を繰り返すのみ。疾く死ね」
スコーピオンの持つ大鋏が宙を薙ぐ。
空気を切り裂き、その先にあるドッペルちゃんを切り刻もうと凶悪な刃を見せる。
それを止めたのは――
「……今度こそ私が」
――私だった。
■【パス・スコーピオン】
心は折ったと思っていた。
力の差を見せた。
能力も、技術も。
更には、人の幼子が魔法少女であることを知れば自身がその最上位である【魔法☆少女】の力を持っていることも伝えた。
なのに折れない。
否、折れたはずなのに立ち上がった。
最強の刃を身に受けても。
最強の矛で貫かれても。
最強でないはずなのに立ち上がる。
最強でないはずなのに挑み続ける。
それは何故か。
「妾の強さを理解しておらぬのか……?」
最強の証明。
それこそがスコーピオンの目的。
ヘラクレス並みの力や防具も。
マンティス並みの切断力も。
引けを取らないが、しかしそれ以上にはならない。
負けないだろうが勝てる要素ではない。
それは果たして最強なのか。
最も強いとは、何なのか。
分からないから証明し続ける。
勝ち続ける。
「……ッ」
心は鍛えても強くならない。
ステータスでいう精神系状態異常に耐性をもつENDを鍛え上げたところで、心だけは変わらない。
最初から強い者は強い。
最初から弱い者は弱い。
心とはそういうものだった。
「つまらぬ。つまらぬぞ! 何故弱いくせに歯向かうのだ」
同じ顔をした2人の幼子。
その片割れを大鋏で始末しようとした。
その時であった。
俯いていた片割れが再び立ち向かって来た。
またもスコーピオンの攻撃を受け止めた。
不快。
先程までは敵の強さを喜んでいたものだが、弱いくせに、勝ち目のないくせに行っているものと思えば、不快以外の感情は浮かばない。
「弱くたって良かったんだ」
「……?」
「ただ、一緒にいられれば、それだけで良かった」
「ふん。向上心を失った生き物は衰退するのみ。それこそ自殺と同義だ」
理解できないことがあった。
未だ幼子たちが死なない理由。それはまあ理解できる。
スコーピオンの黒紋付の防御力を模倣したのであれば、簡単には死なないだろう。
立ち上がったことも挑み続けることも、まあ良い。
そのあたりは心が強かったと、認めざるを得ない。
だが、幼子は笑っていた。
張り付けたように。
場にそぐわない笑みを。
目に涙を浮かべながら笑っていた。
「……私達は、私は1人だった。家族も、友達も、仲間も。いらないって、必要ないって、決めつけて諦めていた」
「ああ、そうであろう。強さに群れは必要ない」
「違う。違うんだよ。1人じゃなかった。2人じゃなかった。私を認めてくれる人が、私と仲良くしてくれる子がいた」
何が言いたいのか分からない。
死する寸前の世迷言か。
「だが、貴様は今、1人だ。友も仲間もいない。その片割れも、死ぬ寸前であろう」
ただ思い浮かんだ言の葉を並べただけだろう。
だが、返さずにはいられなかった。
何故ならば、幼子は否定したからだ。
強さを、個であることを求めてきたスコーピオンのこれまでを。
今も尚、最強の前で立ち続ける幼子が否定してしまったのだ。
「うん……死んじゃうかもしれないね。でも、それは私か、ドッペルちゃんのどっちかじゃない。死ぬときは一緒だ。勝つときも一緒だ」
「勝つわけが無かろう? 策も力も無い貴様らに」
大鋏を振るう。
それを危なげに幼子は欠けた鋏で受け止める。
何度も何度も、受け止める。
突けば躱し、振るえば受け止め、挟めば衣装で耐えきる。
「(……おかしい)」
防御力任せで生き延びているのは黒紋付の力故だ。
だが、何故受け止められるのだ。
何故躱せるのだ。
ステータスは雲泥の差であったはず。
スコーピオンの速さの前に手も足も出ないまま首を撥ね落とされているはずであったのに……。
「(速くなって……?)」
「それでも、私達は戦わなきゃいけないんだ。ここまで私達を前に進ませてくれた皆の為に」
AGIどころか、STRも上昇している。
受け止め、徐々に押し返すようになってきていた。
「だから、負けそうになっても。死にそうになっても。諦めてないってことを皆に証明するために――」
その急上昇した力に戸惑い、手が止まってしまったスコーピオンの喉元に幼子の鋏が迫る。
「――私は何時だって笑うんだ」