<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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203話 挿み込まれたもの

■洞窟最奥 王の間

 

【<UBM>――が討伐されま――】

【MVPを選出します】

【【バウム喰変】がMVPに選出――】

【【バウム喰変】にMVP特典【鋳造生産 ――】を贈与します】

 

 パズズの風――【パラポーラ】及びそれに連なる形態種族に対しての猛毒ガスが空間を満たす。

 主であるバウムには無害であるがその直前に負った致死量のダメージに抗うことは出来ず、彼は意識が消える直前であった。

 だが、それでもその耳にUBMの討伐と特典武具取得のアナウンスが流れるのを捉える。

 死亡によるデスペナルティが迫る中、彼の思考を覆っていたのは満足感でも充実感でも達成感でも無く、疑惑と戸惑いであった。

 

「(鋳造生産……?)」

 

 バウム自身も初めて手にするためにその疑惑が違和感以上であることは無い。

 

 ただ、もう少し仰々しいものになると思っていたのだ。

 

 特典武具の銘。

 まるで生産に特化したような名である。

 全てを聞く前に彼はこの世界から消え失せたが、その疑惑に対する疑念だけは残っていた。

 

「(蟻を造る……それだけ……か?)」

 

 神話級UBM。

 その力がそれだけに留まるだろうか。

 名だけがそうなのか、それとも……

 

 否、未だその力を誰も見ていないのだ。

 脅威であったのは【パラポーラ】とネームド個体。

 配下が強い指揮官タイプであるのなら、特典武具の名も納得だが、果たして飲み込んで良いのだろうか。

 

 【鋭弾蟻匆 シュヴァーゲル】。

 鋭弾蟻匆に意味など無かったのか。

 その力は配下生成だったのか。

 

 疑念が残るままHPがゼロとなったバウムの意識は完全に途絶える。

 彼がデンドロから消えた後、猛毒ガスの中で2つの影が立ち続けるのであった。

 

 

 

 

 

 蜜の奪還隊においても。

 街の住人においても。

 彼らはモンスターを等しくそのままモンスターであるという認識を持っている。

 ティアンは仕方ない。生まれてからモンスターに囲まれていたのだからそのことに疑問を持つことは無い。

 〈マスター〉も仕方ない。現実の世界にモンスターはいないため、似通った動物をモデルとしているモンスターに出会ったところで、全くの別物であると捉え、デンドロの世界の生物はイコールでモンスターと思考を放棄している者が多い。

 そう、思考の放棄だ。

 現実に斯様な巨大蟻は存在しないし、現実に過剰なまでに人間を害する蟻は存在しないし、現実に女王アリ以上に権限を持つ蟻は存在しない。

 

 そう、女王の存在だ。

 蟻社会における上位存在とは、女王。

 王……つまりオスは女王アリに卵を産ませるための種馬に過ぎない。

 本来は王などという役割は存在しないのだ。

 現実に【鋭弾蟻匆 シュヴァーゲル】は存在しない。

 シュヴァーゲルのような蟻の王は存在しない。

 

 それに気づけなかったからこそ、バウムを始めとした奪還隊は違えた。

 【パラポーラ】とその上位存在1匹という脅威を倒すだけの成果に留まってしまった。

 

「お……う……」

 

 シュヴァーゲルに向けられた瞳。

 それに込められたのはどのような感情なのか。

 恋焦がれた相手への恋慕か。

 それとも同情か。

 

 ルーチェには分からない。

 シュヴァーゲル以外の蟻達は等しく蟻であり、たとえUBMまで昇華しようと、使い捨ての駒だ。

 

 故に、かつて女王アリであり、【飼育王】の力を与え【パラポーラ】の量産と強化、運用をこれまで身を粉にして行ってきた駒に対しても耐久値の限界が来たかという感想以外は浮かばなかった。

 

 逸話級UBM【軌道洋裁 クリッピング】。

 その力の本質は大量生産。

 同一規格、同一品質の配下――【パラポーラ】という蟻を無限に等しい数を生み出すことが出来る力である。

 ただし、本来の【パラポーラ】はかつてクリッピングが【メモリアル・アント】であった時のステータスとほぼ同値。

 ステータスがオール10以下という低モンスターだ。

 ……彼女に【飼育王】の力が与えられるまでは。

 

 《育成遊戯》と《獣牧場》、そして最終奥義である《産地直葬》。

 このコンボにより劇的なステータス強化を図っていた。

 前2つだけであれば緩やかな強化であったが、最終奥義は寿命と引き換えの超強化である。

 勿論、指揮系統に相応しく、引き換えにする寿命は配下のもの。

 【パラポーラ】の本来の寿命は数年であるが、それを限りなく縮めることで数百倍の育成ボーナスを得ていた。

 我が子同然の配下達が強さと引き換えに数日で死ぬのをどのような感情で見てきたか。

 計り知れぬ葛藤があったのかもしれない。

 既に諦めの境地にあったのかもしれない。

 どのみち抗えない。

 

 最終奥義を乱用した結果、稀に寿命が何故か延びながらもステータスが強くなる者が生まれた。

 彼らは何時しか固有の力を得てネームド個体などと呼ばれるようになった。

 

 クリッピングは恐ろしかった。

 既に自身の力を遥かに超えた子達。

 我が子でありながら、自身でなく王を敬い、こちらに一切の感情を向けない。

 手元を離れたからこそ、きっと自分に牙を剥くことにも躊躇いは無いのだろう。

 尤も、クリッピングの力が有用であったためそのようなことは無かったが。

 

「ご苦労です。女王アリさん」

『……今は眠れ』

 

 その王の言葉がどれだけ嬉しかったか。

 その言葉をどれだけ早く欲しかったか。

 言えない。

 言うことなど出来ない。

 それをしたが最後、既に定まった死期が早まるだけだから。

 

 クリッピングは思い出す。

 

 何時からだったか。

 自身が統率していた群れに突如紛れ込んだ巨大な蟻とティアン。

 逸れものであったならばまだ良かった。

 だが、意図的に混ざった不純物は次第に正常な場所を侵す。

 何時しか不純物こそが正常だとばかりに、我がもの顔で居座っていた。

 

 群れを乗っ取られたと理解したのは、己がただ配下を生み出すだけしか価値が無いと、ティアンにはっきりと言われた時であった。

 

 奪われたものを奪い返したい。

 そんな考えは無かった。

 だが、居場所だけは。

 せめて己が座る場所だけは欲しかった。

 担がれた神輿の上であったとしても。

 

 だから、クリッピングにはシュヴァーゲルが輝く存在と……決して映らない。

 自身と同じくティアンの女に操られている。

 とても可哀そうだと感じた。

 それ以外にも、それ以上にも、それ以下にも思い浮かぶことは無い。

 彼女の知性が余り高くないというのもあるが、深い憐憫を向ける程親しい間柄というわけでもない。

 彼女にとってはシュヴァーゲルという蟻の王もまた等しく彼女の国を奪い取った侵略者に等しいのだから。

 哀しき王と。

 そう映るのみなのだ。

 

「……ご武運を」

 

 ともあれ、自身の上位存在にも近い者から与えられた労いの言葉が嬉しくないわけでもなく。

 そこに自身の痕跡を残せたと、王の眼に自身が映っていたのだと理解出来たから。

 クリッピングの心中は僅かばかり満たされ、そして毒ガスの中で眠るのであった。

 

「ふふ。まだ役割は残っていましたが、仕方ありません。兵士の補給は十分にありますし、弾として使えるのはそれ以上です。でしょう?」

『ああ――我が弾倉に眠る弾薬は一万を超えている。女王亡き今、限りあるものとなったが。しかし蜜を食らう中で実感する。次なる力が弾薬を生成するものであると』

「まあ。それは素晴らしい」

 

 王と王に仕える神子は忠臣の死を悼まない。

 駒が壊れたなら他を使えばいい。

 使えないなら代替案を練ればいい。

 代わりが見つかったなら喜ばしい。

 故にクリッピングの死を悼む理由がない。

 

『……』

 

 だが、クリッピングの死に対して何も思わずとも、【飼育王】を与えられた者の死に対しては何かしら思うところがあったのだろう。

 シュヴァーゲルは暫し虚空を見つめ、口を閉ざす。

 ルーチェはそれに対して何も意見はせず、微笑むのみ。

 

『……ルーチェよ。我が道を示す神子よ。我はこれから何処へ進めば良い』

「王の御心のままに……では納得されないのでしょうね。ええ、では少しばかり助言を」

 

 ルーチェは考え込むような仕草の後に、

 

「まずは御食事を済ませた後に山に侵入した賊を全て殺しましょう。王の御力があれば容易き事です。その後にこそ、王の願いは叶うのです」

『そうか……それは彼女に、彼女たちに会えるということか』

「はい。この神子の示す道の上を歩けば。ですが油断されませんよう。先ほどの賊然り。何かしら我らの力への対処法は持っているようですから」

『ああ――』

 




つまりは、【パラポーラ】とシュヴァーゲルには何のつながりもないわけで。
パズズの風は微塵も効きませんでした
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