<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

22 / 443
18話 グラスコード

■【潜水士】クリアント

 

 『グラスコード』という名を聞いて、その場で最も先に走り出したのはフィリップであった。

 名前を知らない者は首を傾げたであろう。

 名前を知っている者は瞬きをしたであろう。

 強さを知らない者は無視したであろう。

 強さを知っている者は後ずさったであろう。

 

 唯一人だけ。

 無謀などではなく。

 倒すのは自分であると、フィリップは自然と駆けだしていた。

 

「あ、おい」

「フィリップさん、どこ行くんですかー」

 

 そしてクリアントとワンプもフィリップの背を追う。

 グラスコードという名前も知らない。

 だがその名を聞いたフィリップの顔色が変わったことだけは気づいていた。

 

「……ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 しかし悲しいことに全力疾走するフィリップとクリアントでは致命的なまでにAGIの差があった。

 すぐにフィリップは見えなくなってしまう。

 

「遅すぎますよ先輩」

「いや……俺転職したばかりなんだが……」

 

 【潜水士】はAGI補正が高いのだが、未だレベルは1である。サブジョブにある【呪術師】を加えても全体的なステータスはそれほど高くない。

 レベル1からのスタートであり、これからレベル上げと思っていただけに、このフィリップの行動は完全に予想外であった。

 

「……アンタも外に行くのか」

 

 と、彼なりに懸命に駆けるクリアントに並走しながら声をかける〈マスター〉がいた。

 

「見たところ……まだ転職したばかりか。まあこの深海に来たのだからそれなりに熟達したプレイヤーだとは思うが……グラスコードは止めておけ」

「そのグラスコードというのは何なんだ?」

 

 以前にも似たようなことを聞いた覚えがあるなと思いつつ、クリアントは尋ねる。

 

「そこからか……」

「……ああ」

「……UBMだ」

 

 返ってきた言葉に、『だろうな』とクリアントは内心頷く。

 タイミングとしても、フィリップが話していた目的のモンスターなのであろう。

 

「UBMか……俺も倒したことあるぞ」

「なんでちょっと自慢してるんですか」

 

 少しだけ得意げに自身の力を誇示してしまうのは、クリアントも強敵を倒したことを誇りたかったからなのであろう。

 ワンプに脇腹を手刀で叩かれてしまうが。

 

「ほう。やるようだな。ちなみに等級は?」

「等級……?」

「UBMの強さを表す尺度ですね。エンブリオでいう到達段階みたいなものでしょうか」

「そうだ。よく知っているなお嬢ちゃん」

「ワンプちゃんですー。これでもエンブリオですからね」

 

 ワンプは手の甲を見せる。

 そこには〈マスター〉であることを示す紋章は無い。

 

「……勝手に見せるなよ」

「ははっ。面白いエンブリオだな。かなり自由だ」

「先輩とは一心同体の別個体ですからねー。で、先輩。私たちが倒したマッドラップスは逸話級です」

 

 【愚毒道 マッドラップス】。

 その力は対人において恐ろしい力を持っていたが、逸話級。

 数あるUBMのうちの1体に過ぎない。

 この程度の力であれば、UBMとしては埋もれてしまうだろう。

 

「逸話級か……まあ倒しただけでも大したもんだ。知っているか? UBMってのは出会うことが難しいってのもあるんだぜ。強くて倒せない。出会えなくて倒せない。いくら俺達〈マスター〉が強くなろうとも、倒せない理由ってのがあるから奴らはまだまだいるのさ」

 

 マッドラップスの成り立ちを考えれば、クリアントと出会うことは必然的であったであろうが、それは変則的なパターンなのであろう。

 普通にデンドロをプレイしていれば、まずありえない出会い方だ。

 

「逸話級ってのはUBMの中でも強さとしては最も低い等級だ。まあ能力や相性によっては超級でも倒せないかもしれんがな。……対するグラスコード。こいつは古代伝説級という等級。逸話級に比べれば、2段階上の存在になる」

「ふむ……」

 

 とはいえ、ピンとは来ない。

 どちらにせよクリアントにとっては格上の存在に違いは無いのだからというのもあるが、まだグラスコードの力を見ていないのもあるのだろう。

 

「噂じゃ、神話級一歩手前とも言われているがな。各地で神様の真似事をしているUBMがいるらしい。こいつもそのうちの1体だ。かつては村や街を一夜で沈め、そして今は海底で邪神として一部から崇められている化け物。それが【千貶万花 グラスゴード】だ」

「千貶万花……」

「……グラスコード」

 

 なるほど、名前は強そうだとクリアントは思う。

 マッドラップスの二つ名と比べても、厄介そうに思える。

 

 だが、それだけだ。

 

「……速度は落ちないな」

 

 男はクリアントの足元を見る。

 

「奴は強い。良かったら俺と協力しないか?」

 

 グラスコードの強さを伝えても尚、それでもクリアントは立ち止まらない。

 それを信用したのか、男はクリアントに共闘を持ちかける。

 

「……悪いが先約がいてな」

 

 だが、クリアントはすでにフィリップとの約束がある。

 フィリップ抜きにして、別の人間と共闘は出来ない。

 

「情報を貰っておいて申し訳ないが。……互いに邪魔はしないということでどうだ」

「そうだな……だが、気が向いたらいつでも手を貸してくれ」

 

 男はいつの間にか両手に棘付きのグローブを装備していた。

 その棘からは太陽のような眩い光が滲み出ていた。

 

「まあ先に倒してしまったらすまないな。俺の拳は一撃必殺。何物をも貫く太陽の拳だ」

 

 神殿を抜ける。

 そこには人間大程のドラゴンがいた。

 モンスターのステータスを見る。

 そこには【グラスコード】と記されていた

 

「全力で行くぞ!」

 

 拳の光がいっそう強くなる。

 グラスコードは吼えるが、男は構わずグラスコードの腹部に拳を叩き込む。

 抵抗しようとするグラスコードであるが、拳を伝って太陽の熱が全身を包み燃やしていく。

 一瞬でグラスコードの全身が燃え尽き、男は勝ち誇るようにクリアントに向き直った。

 

「どうだ? 全てを燃やし尽くす太陽の拳。活躍の場面を与えられずに悪いな」

「いや、別に……」

 

 倒してしまった。

 あれだけフィリップが倒すと意気込んでいたUBMを。

 街一つ滅ぼした?

 邪神と恐れられた?

 

 太陽の光が弱点であったのならばなるほど邪神らしい。

 この男が上手く弱点を突いて本来の力を発揮させなかったのかもしれない。

 

 だが……もしも……グラスコードの本領がまだ他にあるとしたら……。

 こちらを向いている男は気が付かない。

 まだ神殿の中から外を見ているクリアントだけが見てしまった。

 

「……は?」

「そうだ。良い機会だからフレンド登録でもしておこうか。俺の名前はチ――」

 

 だが、男は名前を言うことが出来なかった。

 背後から男に食らいついた3匹のグラスコード。

 それらが一瞬にして男を喰らい尽くしてしまった。

 

「……おいおい」

 

 逸話級と比べても強さがどの程度違うのか実感が湧かない?

 それはそうだろう。

 このような景色は、見なければ分からない。

 

 神殿を埋め尽くさんとばかりに現れた100を超えるドラゴンの群れ。

 それら全てに【グラスコード】という名前が見える。

 

「【千貶万花 グラスゴード】……古代伝説級か」

 

 古代から現代まで生き延びた伝説のモンスター。

 かつて神と崇められたモンスター。

 

「それがまさか群体だったとはな」

 

 マッドラップスを瞬間装着する。

 同時にクリアントのHPが減少していく。

 だが構わない。

 どのみちクリアントは死ぬ。

 

「先輩、どうします?」

「そうだな……とりあえず死んでおこう」

 

 男を喰らった3体のグラスコードの目がクリアントへと向く。

 変更したばかりの【潜水士】。未だレベルは1のままだ。

 出来る限りのバフをかけてみるが、それを全く意に介さず、グラスコードはクリアントの体に牙を突き立てた。

 

「……一撃か」

 

 自身の脆弱性と、グラスコードの攻撃性を見てクリアントは呟く。

 そして、その場でクリアントは肉体を残したまま――新たな肉体へと生まれ変わる。

 

「さて、反撃開始といこう」

 

 クリアントへと攻撃したことでマッドラップスの毒でもがき苦しむグラスコードを尻目にクリアントはまたも呟いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。