<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■王の間に続く道
何かを始める時、遅すぎるということはないとは言うけれど。
しかしながらそれは自発的に行った時だけであり、指摘されては遅いというものだ。
何よりも、指摘された時点で始める予定など無かったと言えよう。
故に、始めなければならない。始める素振りを見せなければならない。
指摘される前に。
遅いと断定される前に。
尤も、開始が遅くとも行動が早いのであれば間に合うものであり、逆もまた然りで行動そのものが遅く間に合わないのであれば、結局遅かったのだと言わざるを得ないだろう。
「未開の地であれば良かったが……先を越されたか」
【パラポーラ】に混ざる人の足跡を見てフィリップは呟く。
この山に慣れていない、恐らくは〈マスター〉の1人であろう。
この先が既に未知でなく既知となってしまっているならば、【探検王】としてはモチベーションを著しく下げられる。
とはいえ、フィリップ・ノッツとしては未だ熱意は消えていない。
彼女は未知を探りに来たのと同時に、友人の助力になりに来たのだから。
「特典武具の数と移動速度からして……クャントルスカはすぐ近くか」
恐らくはモーに運ばれているのだろうとあたりを付けながら、次いでもう1人の友人の位置を探る。
「……複数所持者がこの山にはそれなりにいるね。1人は山を下りているようだけど……クャントルスカがまだ残っているからこちらはクリアントではない。とすると……もしや新たに取得したのかな」
フィリップと別れた後にまた幾つかの冒険があったのだろう。
その果てに得た新たな力。
是非とも再開の折には聞き出さなくてはとフィリップは燃える。
「だとすればクリアントはまだ遠い、か。先陣を切ってもいいが、先人が既にいたようだから警戒はされているようだから旨みは少ないだろう。状況も完全には把握できていない私が敵を敵と正しく判断できるかもわからない……となれば」
やはり合流が最適解か、と結論付ける。
「ふふ……神話級か。最初の冒険としては申し分ない。彼らにも私の新しい力を見せる良い機会だ」
クリアント達と共に居た時はクリアント以上に死ぬ印象を植え付けてしまったために、フィリップは少しばかり【探検王】に就き、新たな力を振るう機会を得たことを楽しみに待つのであった。
たとえそれがフラグと呼ばれるものであったとしても。
少しばかり洞窟の先に潜む神話級のボスに嫌がらせと足止めを兼ねた攻撃をしつつ待っていると、クャントルスカらしきレーダーに映ったポイントの足が遅くなっていることを感じ取った。
「……ふむ。潜ったか」
【パラポーラ】が掘り進めた道は幾つもある。
フィリップの眼前にあるもの以外にも幾つもだ。
「では私も行くとしようか」
ならば待つだけでは合流出来ない。
なにより、潜るのであればクャントルスカよりもフィリップの方が向いている。
「ノーチラス」
自らのエンブリオに乗り込むと、その巨大な艦体は沈んでいく。
地面など無いかのように、海に潜るかの如く、潜水艦は地の底を目指し沈んで行く。
「目標は我らが愛しき愛の化身クャントルスカ」
目標地点間もなく彼女はふと思う。
先にクリアントを迎えに行けば良かったと。
それもまた遅い考えであったのだが。
「……ッ! フィリップちゃん!」
「やあ久しぶりだね。……表情が優れないが疲れているのかい?」
この世界において、そして彼女がクャントルスカであることを踏まえれば肉体的でなく精神的に何かあったのだろう。
「だが、君の個人的事情を聞く余裕は無いみたいだ。話してくれるかな? 現状を」
クャントルスカの焦った表情から、何かあっただろうと察することはできる。
だが、焦っているからこそ談笑に耽る時間は無い。
それに、先ほどから行っている嫌がらせもとい時間稼ぎが意味をなさなくなってきた。
敵の想定以上の強さがフィリップをも焦燥に走らせる。
「――というわけなんだよ」
「なるほど……敵の勢力は想像以上だ」
推定でも逸話から伝説級の力を持つ配下が複数体。
加えてフィリップであれば簡単に屠れていたが、個人戦闘タイプであれば難義であろう【パラポーラ】が山の至る場所に存在している。
それらを排除しても待ち受けているのが神話級UBMであるならば、想像以上であろう。
「だが、決して厳しい戦いだったわけではないのだろう?」
「うん。みんな……戦ったよ。そして、きっと勝った」
言い切ってはいるが決してその目で見てはいないのだろう。
それだけ後ろを省みる余裕が無かったことを理解させられる。
「私の《殺気感知》や《危険察知》もこの先のUBM以外に反応は無い。恐らくはこの戦いで最後だろう」
「私も保証するわ。少し無理して山の中を透視したけれど、他に潜んでいる敵は見えないわね」
フィリップの言葉にモーも頷く。
2人の言葉に安堵したのかクャントルスカは表情を和らげ、
「じゃあ急がないとね。早く倒さないと……」
「(倒さないと? 愛さないとでは無くてか……)」
クャントルスカの言葉に違和感を抱きつつも、触れている時間は無い。
彼女をノーチラスに乗せると、より山を深く潜り出す。
「先に言っておく。私は【探検王】の力で一定時間は死ななくなっている。だから……私に構うことは無いよ」
必殺スキルを躊躇うなとフィリップはクャントルスカに促す。
元より彼女が使用に躊躇ったことなど無いが、今の彼女であればもしかすると一瞬でも躊躇うかもしれない。
そのための言葉だ。
「ありがとうフィリップちゃん。でも大丈夫。みんなのために私は戦える」
「(みんなのために戦う、か)」
到着したばかりのフィリップとは違い、その双肩に幾つの想いを背負ったのか。
半分担うことなど出来ない。
フィリップにその資格は無い。
「(疲れたら休む暇を作れるくらい私が頑張ればいいさ……)」
気づけば、時既に、なんてことにならないように。
決して好奇心などでは無く、気遣いからフィリップはクャントルスカを気に掛けることにした。
『間もなく到着。10、9、8――』
「初撃があるかもしれないから注意を。ノーチラスでは受けきれないかもしれない」
「その時は飛び降りるね」
既に敵はフィリップ達が迫りつつあることを察しているだろう。
蟻もまた地中のプロフェッショナル。
ノーチラスが地中を進む際に出す微細な震動に気づいていないと楽観視は出来ない。
「……フィリップちゃん」
「何だい?」
何か迷っている。
吹っ切れているように見えて、しかし未だどこか戸惑いがあるように、フィリップは感じた。
それが何に対してなのかは不明だ。
そういえば、とフィリップはクャントルスカについて未だ多くを知らないことに気づく。
現実もそうであるが、魔法少女に拘っていた理由も、エンブリオがモー・ショボーであるにも関わらず、ある程度の抑制が働いている点に関しても。
知らないことが多すぎた。
「(いつか聞いてみたいが……しかし惜しいと思ってしまう程に情が沸いてしまっているな)」
しかし、フィリップは直感的に尋ねてしまったが最後、このパーティの関係性に亀裂が入ってしまうだろうと感じている。
他者への関心が薄いクリアントにしても、他者への愛が深いクャントルスカにしても。
歪な信頼と欲望と利害で結びついたパーティは少しでも歪みを作り出してしまえば簡単に壊れてしまうのだ。
たとえ修復出来たとしても、それは以前とは形の違うものになるだろう。
「(待つしかないのだろうね)」
「強くなるって何だろうね」
「……強くあろうとすることさ」
『――1、0! 到着しました。そして、攻撃を受けています! 脱出準備を!』
「ッ!」
ノーチラスに搭載された緊急脱出装置がフィリップを艦外に押し出す。
クャントルスカは先の言葉通り既に外に飛び出しているようで、フィリップが外の景色を拝む頃には臨戦態勢へと入っていた。
「……」
敵は1匹と1人。
事前にあった情報通りの神話級UBMである巨大な蟻、そして見知らぬ女だ。
モンスターに襲われていないことに加え、異質な佇まいから人質や餌でなく、敵の1人であると考えた方が良いだろう。
「……君たちを倒せばこの戦いも終わりを迎えるのかい?」
《看破》には何も映らない。
敵の女は隣の神話級と同等の存在なのだろう。
「終わり? 何を勝手なことを」
女が口を開く。
その声は同性であるフィリップも聞き惚れる程美しく、清涼なものであった。
「王は奪われたものを取り戻しただけ。始めたのは貴方達でしょう?」
「ふむ……正論だ。君がそうやって笑っていなければ、君達に同情しかねないほどには」
「……あら?」
会話が成り立つ。
であれば、交渉の余地がある……などとは思わない。
むしろ、会話できる分、悍ましい。
言葉の端から程度こそ弱いものであるが【魅了】の状態異常が込められている。
フィリップやクャントルスカはレジストしているが、もしこれが街中であったとしたら、どれだけの数の人間が取り込まれていたかと思うと、悍ましい以上の感情が浮かばない。
「元より倒す以外の目的は無い。探求心ではなく使命感から君の前に立ちはだかろう」
「人を傷付ける悪者は魔法少女がやっつける。行くよ、モーちゃん!」
味方も敵も。
幾つもの犠牲を払って辿り着いた神話級との戦い。
最終決戦は密やかに始まったのであった。
■山の中腹
「……」
瞳が輝く。
瞼の開かれたその中の青い瞳は真っすぐ空を見据えていた。
「美しいですわね」
その言葉が空と、あるいはそれを見つめる者、どちらを指しているのかは発した本人にしか知り得ないことだ。
もしくは彼女のエンブリオ達ならば理解していたのかもしれないが、彼女達もただ黙って主を見つめていた。
「予定調和も、不意の奇跡も。小さければ誤差の内に過ぎませんわ」
彼女は己の手の中にある得物を強く握る。
まるで呼応するかの如く、ソレは震えていた。
「頃合いですわ」
ふと視線をエンブリオ達に戻すと、彼女は歩き出した。
行き先は決まっている。
彼女のライバルが、友人が戦う場所。
「きっと今頃苦戦しているはず。美しく参戦し、美しく助力致しましょう」
その言葉に返答は無い。
言葉一つを発するエネルギーさえ溜めるかのように。
乱れぬ足並みでエンブリオ達は主の後を追うのであった。