<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■洞窟最奥 王の間
予め示し合わせていたわけではないが、フィリップがシュヴァーゲルと相対しているとき、クャントルスカはルーチェと向き合っていた。
互いに互いの能力を知っていたが故に、その対戦相手が最も相応しいと感じ取っていたのだろう。
ノーチラスという巨大潜水艦がエンブリオであるフィリップは同様に巨体の蟻であるシュヴァーゲルが戦いやすく、会話の成り立つルーチェ相手はクャントルスカが相性が良いという判断であった。
尤も、シュヴァーゲルを倒すのにフィリップ1人で可能かどうかも不明であり、ルーチェを倒すのにもクャントルスカ1人で可能かどうかすら、分からないままだ。
とはいえ、分からないことがあろうとも。
フィリップは確信していた。
かつて古代伝説級UBM相手でも好きと断言したクャントルスカであれば。
人間かすら分からないルーチェという女であっても必殺スキルを発動出来ると。
「モーちゃん。行くよ!」
「ええ。いつでも準備は出来ているわ」
フィリップが光線銃を取り出すとほぼ同時に、クャントルスカもまた新たな力をルーチェにぶつけていた。
とはいえ、UBMを倒し特典武具を手に入れているわけではない。
メインジョブも【魔法☆少女】のままであり、度重なる戦闘で経験を重ねレベルが上がり、ステータス値も近接戦闘系超級職として相応しいものとなっている。
それでも、彼女のスキル欄や装備欄に新たな名が加わったわけではない。
ただ、これまで使いこなせていなかったスキルを。
ぎこちないながらも戦闘で使い始めただけだ。
「ミュージックスタート!」
「……?」
ルーチェは戦闘態勢をみせながらも攻撃をせずに立ち止まるクャントルスカに首を傾げるだけだ。
何をしてくるのか、興味深そうに見ているようにも感じ取れる。
「見上げた空に~」
「――ッ!?」
その瞬間、ルーチェの身体は後方へと吹き飛ばされた。
衝撃は強く、ルーチェの激突した壁は崩れる。
「何、が……」
顔をあげると、先ほどまでルーチェの立っていた場所にはクャントルスカが右足を振り上げた態勢でいた。
「……随分と速いようですね。いえ、速くなったようですね」
記録にあったクャントルスカはここまでの速度だっただろうかとルーチェはヘラクレスからの報告を辿る。
だが、膂力はヘラクレス以下、速度は辛うじてクャントルスカが上回っていたとあったはず。
恐らくだがステータスに偏りの無い万能タイプ。
【魔法☆少女】の前職にもよるが、それでも今のような、AGI特化型では無かったはずだ。
「……いえ、違いますね」
次いで、己のダメージ量を確認し、彼女が決してAGIに特化しているわけではないことを察した。
【神子】の力でシュヴァーゲルとリンクしているルーチェはENDも神話級に達している。
彼女にダメージを通すのであればステータスが戦闘系超級職の中でもSTRに少なからず偏った編成で無くてはならない。
ならば、STRとAGIに特化したステータスなのだろうか。
否、【魔法☆少女】は儀式中に就いていた魔法少女に応じたステータス編成とスキルが発現する。
そのため、クャントルスカは【魔法少女α】の強化版ともいえる【魔法☆少女】であるといってもいいだろう。
「輝く星の命を~」
追撃が迫る。
「……《視力強化》」
ルーチェはすぐさま己に移植していた【眼王】の基本スキルである動体視力を強化するスキルを発動し、クャントルスカの攻撃を見切ろうとする。
「……速い!」
だが、それでも完全に避けきることは出来ず、クャントルスカの拳は身体を掠める。
受け止めようとするも連打の中に手刀が時折混ぜられ、その脅威度から避ける選択肢しか与えられない。
「(手刀は本物の刀よりも貫通力に長けていそうですね……)」
配下を通して妖刀集めをしていたルーチェは、そのコレクションに目の前の手刀は引けを取らないと感心する。
「一体どのようにしてその力を身に着けたのですか? それだけの膂力と速度があればヘラクレスを倒すことも出来たでしょうに」
【パラポーラ】からクャントルスカはヘラクレスに逃走を余儀なくされたと聞いている。
だが、今の力があれば果たして負けたのはどちらだったのだろうか。
「無駄にせずに~」
クャントルスカのハイキックを伏せながらルーチェは地面に散らばった壁の破片を手に取りクャントルスカの顔面へと投げる。
「……! さよならの……ケホッ」
咄嗟に腕で破片を振り払うも、脆くなった土くれはその衝撃で砕け、クャントルスカの眼前で撒き散らす。
口内に入ったためにせき込み、クャントルスカの歌は中断される。
「うえ……口に入っちゃった……。気を取り直して! 言葉を胸に~」
だが、歌い直しながらクャントルスカは地面に手を突き、カポエイラのような蹴り技を繰り出す。
「……歌がトリガーではありませんでしたか」
『ミュージックスタート』という最初の発言。
そしてルーチェの言葉に返答はせずに歌い続けていることから、歌うことこそがステータスアップの鍵だと見越したが、どうやら外れのようだ。
腕を動かし回転しながら蹴り技を連打するクャントルスカに対し、ルーチェは両腕で防ぎながら思考を巡らせる。
「(スキルを視る時間はありませんね……。仕方ないですが、別の力を使いますか)」
クャントルスカの攻撃を見切るために【眼王】の動体視力強化を使っていたが、これ以上は劣勢に押し切られるだけと判断したルーチェは別の超級職の力に切り替える。
「一撃くらいは許容しましょう」
切り替えたジョブは【呪術王】。
無論、後衛魔法職であるため、防御力は心もとなく、当たり所によってはルーチェの体力を吹き飛ばされる可能性もある。
だが、クャントルスカの強化の鍵が彼女の歌で無いのならば。
ルーチェの読み通りであるのならば、この【呪術王】が適任であった。
「《シャドウ・スタンプ》」
本来はデバフの発生率、時間延長の効果を持つ奥義である《カース・ゾーン・エンタングル》を発動してからの方が望ましかったが、今は発動速度が速ければそれで良かった。
【眼王】から切り替える直前でクャントルスカの筋肉と呼吸から次の動く先を読んだルーチェはクャントルスカの影を踏む。
「……ッ!?」
【呪術王】のレベルなど微塵も上げていないため、スキルレベルも低いルーチェのデバフなど一瞬しか効果は無い。
だが、その一瞬で良い。
動きが一瞬だけ止まったクャントルスカは《シャドウ・スタンプ》が解除されると同時にルーチェに拳を向けるが、その威力は先ほどまでに及ぶものでは無かった。
「やはり……歌では無くリズムでしたか」
止めるべきはクャントルスカの声ではなく足……否、全身。
その予想が的中したことにルーチェは笑む。
「……まだまだテーマソングは終わらないよ。サビの部分も楽しんでね」
受け止められた拳をルーチェの掌から外すと後退し、クャントルスカは僅かばかりの強がりを見せるのであった。
■【自殺王】クリアント
「ヤバイヤバイヤバイですよぉ! めちゃくちゃ囲まれてるじゃないですか!?」
「何でこんなに寄ってきているんだろうな……」
大量の【パラポーラ】に囲まれたクリアントは【出涸らし】を構える。
「次から次に来てますし、先輩何かしたんですか?」
今のクリアントでは【パラポーラ】の攻撃は即死に繋がるため、必死に避けつつ妖刀で刻んでいく。
それでも数えきれない群れに囲まれているため徐々に追い詰められていく。
「……四方を囲まれたか」
バウムに根絶やしにされ、フィリップに爆撃され、山に残った【パラポーラ】はほんの一握りだ。
その全てが今、この場に集っていた。
クリアント目掛け、最後の命令を果たそうとしていたのだ。
「……今気づきましたけど、先輩の身体光ってません?」
「そんなはずは……おお、何か付いているな」
腕に付着していた光る何か。
それは軽く払うことで取り除かれた。
「……粉か」
それこそはバタフライの鱗粉。
鼬の最後っ屁とばかりに、死と同時に自動的に発動されたその効果はある種のフェロモンのようなものであった。
【パラポーラ】をはじめとした同種族を集める鱗粉。
だが、その効果は完全には発動していない。
クリアントが無意味に【褥】を振るったことで一時的に鱗粉が取り払われたからである。
だが、周囲一帯に捲かれた粉は次の肉体創造後ですらも空気中に混じっており、僅かにクリアントに付着することとなった。
もしも全身に付着したままであったならば、シュヴァーゲルやルーチェにも感知されていただろうが、悪運の強いことに【パラポーラ】にのみ効果が留まっていた。
ともあれ、山中の残りの【パラポーラ】全てである。
個人生存型のクリアントが1匹ずつならともかく、全てを同時に相手取るのであれば生存は厳しい。
「それじゃ、《
厳しいからあっさりと最終奥義を使用した。
……数分後、その場に生存する生物はクリアントのみとなる。
命を捨て、命を得た【自殺王】。
鱗粉も完全に燃え尽き、クリアントは再びどこかへと歩き出した。