<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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213話 鋭弾蟻匆 6

■洞窟最奥 王の間

 

 フィリップがシュヴァーゲルの猛攻を凌ぐ最中。

 クャントルスカもまた、防戦一方の戦いを繰り広げていた。

 

「ほら、また当たってしまいましたよ?」

 

 挑発ともとれるルーチェの指摘に従わざるを得ない。

 守りをルーチェの攻撃に合わせられている。

 それは《眼王》による動体視力強化だけではない。

 何か他の能力も合わさってのことなのだろう。

 

「――ッ!」

 

 一見、非力そうな細い体から繰り出される一撃一撃が重い。

 クャントルスカでなければ致命打に……否、クャントルスカだから致命打であっても即座に回復出来る致死ダメージ量が与えられる。

 

「次は胸元を狙いましょうか」

 

 その言葉に反して動けば、恐らくクャントルスカはそのまま胸部を貫かれるか強い殴打で心臓を止められるだろう。

 たとえ防御が間に合ったとしても両腕が使い物にならなくなるだろう一撃。

 

「……!」

 

 間一髪間に合ったが、やはり両腕が重度の【骨折】により動かなくなる。

 

「ふふ。少し休憩を挟みましょうか?」

 

 ルーチェが動きを止める。

 彼女は戦いを楽しんでいた。

 なにせ、ほぼ初となる戦闘経験なのだ。

 戦いの高揚感、それも死なないと分かった戦いほど滾るものはないだろう。

 これほど圧倒出来るのであれば、ビギナーズラックで嬉しという感情以前に遊び心というものが芽生えてくる。

 

 奥義などという無粋は使えなくした。

 ゲーム感覚で戦闘を楽しむルーチェにとってあれはチートのようなものだ。

 急に動きが良くなるなどと、許されることでは無い。

 だから、封じさせてもらった。

 

「大丈夫。もう動けるよ」

 

 僅か数秒、それだけの時間さえ与えられればクャントルスカは再び動き出せる。

 MP回復ポーションを飲み干し、スキルで急速に削られたHPや状態異常を回復させていく。

 

「あらまあ。頑丈ですね」

 

 だが、それはルーチェを更に楽しませるだけだ。

 長く使える玩具。

 多少は荒く扱っても壊れない玩具。

 そのようにしか見えないのだから。

 

「自身がどこまで頑丈か試したことはあって?」

 

 そこからは逃げることを許さない殴打の連続であった。

 たとえ防御出来たとしても、足が地面にめり込み、動けなくなっていく。

 

「(……重い! けど、不自然だ)」

 

 最初の攻防からルーチェのSTR自体はそこまで高くないと感じていた。

 速度はほぼ同格。

 神話級のステータスを有しているとはいえ、シュヴァーゲルは付与を前提とした万能タイプ。

神話級UBMの中では特別高い方ではない。

 それでもステータスは平均して2~3万はある。

 決して戦闘系超級職に後れをとるものではない……が、それでも一線を画すという程でも無い。

 

 ルーチェの戦いには遊びがある。

 つまりは余裕があり、そこに隙は生まれる。

 僅かに生まれた間隙を狙い、クャントルスカは反撃の蹴りを繰り出す。

 

 だが……それはふわりと浮かび上がるように跳び上がると躱された。

 

「……!」

 

 たとえ動体視力を上げていようとも。

 たとえ思考速度を上げていようとも。

 身体の体勢が回避の困難な状況であった。

 

 それでも、ルーチェは躱した。

 

 それこそはルーチェが自身の肉体に取り入れた超級職の一つ、【重王(キングオブグラビティ)】の能力である。

 固有スキルの名は《過重税》。

 自身、もしくは触れた対象の重量を操るスキルである。

 このスキルにより攻撃時の自身の肉体の重量を増し、回避時は風圧で吹き飛ばされる程に軽くなることでどのような体勢でも移動を可能とする。

 

「そっか……体重を操っているんだ……!」

 

 ルーチェが離れた瞬間、クャントルスカは身体が軽くなるような感覚を覚えた。

 実際に重くされていたのだ。

 触れてから1秒間のみクャントルスカの体重を10倍にし、回避を不可能とさせていた。

 木偶の棒のように、案山子のように、ただ攻撃を当てるための的にされていた。

 だが、高ステータスの前では体重が10倍程度になろうと、動けはする。

 ほんの少しだけ動きづらくなるからこそ、戦闘の最中で気付きづらかったのだ。

 

 体重操作の力を持つ。

 それも近距離の相手に対して。

 それだけ理解してもクャントルスカは近づかざるを得ない。

 徒手空拳の戦い方しか出来ない彼女に離れた位置から攻撃することは不可能だ。

 

「(避けたってことは……身体が重くなっている私の威力も上がっているはず。だったら相打ち覚悟で仕掛ける……? ううん、フィリップちゃんを助けるにはルーチェさんを倒しきらないといけない)」

 

 謎の敵対者よりも明確に神話級UBMという強大な敵を相手に凌いでいる仲間を助けに向かわなければならない。

 相打ちやら一か八かで勝つのではなく、もっと明確な一撃になり得そうなものが――

 

「しっかりなさいな。貴女がくじけてどうなさいますの」

 

 その声はある種の懐かしさすらあった。

 威風堂々と、まるで正しさを極めたかのように己の道を信じて歩く。

 魔法少女らしい、ではなく魔法少女の中の魔法少女。

 

「プシュケー……ちゃん」

「情けない顔はすぐさまやめることですわ。魔法少女は笑顔、なのでしょう?」

 

 手本を見せるかのように魔法少女は――プシュケーは微笑む。

 普段であれば美しい笑みを見せる彼女だが、今ばかりはクャントルスカのために可愛らしく笑んでいた。

 

「状況はそちらの……フィリップさんから聞きましたわ。そしてクャントルスカ、貴女の顔を見て確信致しました。そう……貴女、そうですのね」

 

 惜しむかのような、悔しむかのような表情を少しばかり見せると、プシュケーは背を向けた。

 その視線の先にはルーチェがいる。

 

「私のことは構わなくていいのですよ? 存分に話し、別れを惜しんでください」

「ありがたい申し出ですけれど必要ありませんわ。それに、まだまだ一緒に居る時間は長いですもの。別れの言葉など後でいくらでも」

 

 槍を構え半身に構える。

 クャントルスカも隣に立とうとし、それをプシュケーは手で制した。

 

「そちらも必要ありませんわ。ここは私達で抑えておきますので――」

 

 プシュケーの視線がある方向に移る。

 そこには巨大な蟻を相手に奮闘するプシュケーのエンブリオ達。

 そして、ノーチラスに手を当て目を閉じるフィリップの姿があった。

 

「――貴女も決着を付けなさい」

「……決着」

 

 ルーチェとの戦い、という意味では無いだろう。

 

 分かっている。

 分かっていた。

 

 このままではいけないと。

 なあなあで、おざなりで、済ましてはいけないのだと。

 

「――うん。ごめんね、プシュケーちゃん」

「要りませんわ。謝辞など無用。感謝も不要。……その位置にいられないのが本当に残念よ」

 

 クャントルスカは安全圏まで退避すると視界を閉じる。

 世界と断絶し、己だけの世界へと入り込む。

 

 これは彼女だけの、彼女達だけの問題。

 故に他者が入り込む余地など無い。

 

「そう……早く隣に立ちたいところですわね」

 

 ルーチェに放った言葉とは裏腹にプシュケーは己の役割が時間稼ぎにしかならないと理解している。

 力不足もいいところだ。

 技量や知恵、経験則でひっくり返せる領域を超えている。

 

「同じ顔が複数……分身でしょうか。【忍者】系統のスキルにそのようなものがあったと記憶していますけど」

「そんなちゃちなものではありませんわ。彼女たちは私の分身なのですから」

「……? ですから、分身ですよね」

 

 プシュケーの言葉に首をひねるルーチェを見て、走り出す。

 

「――ハッ!」

「っとと……とはいえ、シュヴァーゲル様に力を割いているようでは私の相手が務まるとは思えませんけど」

 

 【眼王】の力があるルーチェの前ではいくら速く動けようと無意味だ。

 クャントルスカとの戦いという経験を積んだ彼女は先ほどまでの肉体が追いついていなかった時とは違う。

 プシュケーの全力の突きも完全に避け――きれない。

 

「ッ!?」

 

 完全に見切ったはずの矛先がルーチェの左肩に沈む。

 

「……外しましたわ」

 

 心臓を狙っていたプシュケーは苦々しく吐き出すが、ルーチェからしてみれば、納得いかないものだ。

 

「その武器……狡いですね。なるほど、伸ばすことで攻撃のタイミングをずらしましたか」

「狡いとは言ってくれますわね。スウェーコンが重くなっている……十中八九貴女の仕業でしょうに」

 

 これは時間稼ぎ。

 だが、倒せずとも時間くらいは稼げる。

 故にプシュケーは覚悟を決める。

 

 友の為に。

 仲間の為に。

 美しく散ることもやぶさかではないと。

 

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