<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法☆少女】の儀より数日後
祝勝会ではなく残念会、でもなく、反省会ともいえない、愚痴会のような。
そんな、後ろ向きな会がとある酒場にて行われていた。
その場に集ったのは5人の少女。
どこにでもいる、だけど一風変わった少女。
そんな少女を夢見た敗者達が傷を舐め合うかのように、互いの悪いところを言わず、その場にいない者の欠点を罵り合っている。
「っつーかよぉ、何であのメンヘラ女が勝ち残っちまったんだよ。どうせならドラゲイルが台無しにしてくれた方がまだマシだったぜ」
傍らに釘バットを携える【魔法少女ζ】ミミラル・ルートはそう吐き捨てるように毒づく。
周囲の魔法少女達はこいつめちゃくちゃ性格悪くなったなと思いながらも彼女の言葉を肯定する。
「ふむ……私としてはあの男のこともだな。聞いた話によればあの爆発男もクャントルスカが招いたらしいが」
【魔法少女π】ムートン・ラムは口を開いたついでとばかりに皿上の羊肉を口に運ぶ。
優雅な仕草で、しかし肉を味わう表情はどこか獰猛な……言い換えれば野性の肉食動物のようであった。
「む?」
「……メェ!?」
テーブルの上の紙ナプキンが無いことに気づいたムートンは傍らにいた羊から羊毛をむしり取るとそれで口を拭く。
羊は悲壮な声をあげるが何故か彼女から離れることは無い。
今、ムートンの胃に送られた肉がかつてのツガイであったとしても決して彼女への好意は消えない。
「失礼」
「……いや、別に構いやしねえけどよ」
ミミラルは表情を引きつらせ、ムートンの言葉を反芻した後に
「って、そうだよ! 爆発男だ! 何であの儀式に男が潜り込んでやがるんだ!」
「そ、それは今ムートンが言ったよ。ヒヒ……これも全てクャントルスカのせい」
この会の幹事を務める【魔法少女δ】P助は卑屈そうに笑う。
ちなみにこの場の飲食代は全て彼女もちだ。
でなければ皆集まらなかった。
「みんなみんなクャントルスカのせい。【魔法☆少女】にもう挑めなくなったのも、ドラゲイルが討伐されて特典武具が盗られたのも、私が死んだのも、クャントルスカが悪い」
「……最後のってクャントルスカ関係あるのか?」
「あるぞ。何故なら私を殺した女もクャントルスカが呼び寄せたのだからな。だろう?」
P助の言葉に残りの魔法少女2名が頷く。
彼女達は儀式にてP助に雇われ、そのまま現在も護衛についていた。
色々とエンブリオ関係で揉め事を起こしているP助の用心棒ともいえる。
「チッ……やっぱりクャントルスカが中心ってことか。まあ、そうだよな。ロストジョブだった【魔法☆少女】を見つけてきたのもアイツらしいし。そうなると順当って捉えることも出来るだろうけどよ、納得はしねえぜ」
ライバルであった他の魔法少女ならまだしも、ぽっと出の男に瀕死にまで追い詰められたのがよほど堪えたらしい。
しかしミミラルを殺したのは爆発男……クリアントでなく同じ魔法少女である夢味なのだが、問題は理屈では解決できないようだ。
彼女たちはひとしきりクャントルスカ一味を罵倒し、話題を切り替える。
「そういやよ、クャントルスカもだけど、アイツもムカつくよな。なんだっけ? 魔法少女の中で一番美しいだとか自称してる奴」
「プシュケー・アーチのことか」
「そうそう。プシュケー。実際よ、偉そうなこと言ってたわりに何も成してなくね? 美しさがあったところで【魔法☆少女】も特典武具も逃してるじゃん」
ミミラルはヒートアップしながらプシュケーを貶す言葉を吐き続ける。
誰もそれを止めない。
いや、止める材料など無い。
実際にプシュケーは偉業を成していない。
スウェーコンという特典武具は持っているが、魔法少女の特典武具所持者は数名居り、それが特別というわけではない。
加えてプシュケーを語るのであれば同時にクャントルスカを語らざるを得なくなり、プシュケーの失敗はイコールでクャントルスカの成功に繋がるのだから。
「強いって噂もどれだけ本当なのかね。スウェーコンとかいう特典武具にしても偶然手に入れたんじゃねえの?」
「然り。P助すら手に入れられたのだから、それほど大したことでは無いのだろう。要は、UBMに出会える運を持ち得るかどうなのか、なのだから」
「ヒヒ……私を巻き込むな。支払い別にするぞ?」
「おいおい。もう今更そんな掌返すなよ」
P助に雇われた魔法少女達はミミラルに処女神ヘスティアを見出した奴出て来いよ全然違うじぇねえかと思いながらも口には出さず、先ほどの彼女の言葉には否を唱える。
「あの……でも私見たことあるんですよ。プシュケーさんの戦いを」
【魔法少女ι】である彼女は偵察と盗聴を得意とするエンブリオを持つ。
故に事前に強敵と成り得そうな魔法少女達の動向は隈なくチェックしていた。
結果、P助にどう足掻いても勝てないことを悟り敗北宣言をしたのだが。
「へえ? でもエンブリオの数頼りの強さだろ。【魔法少女β】で武器強化をして数で殴る。良く出来た戦法だけどよ、プシュケー自身はそんなに強くないってことの表しだぜ」
ミミラルは直接プシュケーの戦闘を見たことが無い。
それはP助やムートンも同様。
ワルキューレというレギオンのエンブリオの存在を知っているが故に、守られた戦いをすると考えてしまう。
P助というエンブリオのタイプこそ違うが似たようなことをする実例がいるから尚更だ。
「ち、違います」
だがこの時、【魔法少女ι】の少女は強く否定する。
自身でも不思議であった。
何故これほどまでに肩を持つのか。
どこか、プシュケーに惹かれていたからなのかもしれない。
外見だけでなく中身が美しいと、そう思わせる彼女に。
「プシュケーさんがエンブリオの力を使うのって相手も複数人とか、卑怯な手を使ってくる相手だけらしいんです。だって私、この眼で見ましたから!」
【魔法少女ι】の右目が蒼く染まる。
それこそが彼女の覗き見の力を持つエンブリオの本体。
本質がストーカーである彼女らしいモチーフのエンブリオであるがそれは別の話。
「UBMを相手にしてたった一人で戦っていたんです」
「ふうん?」
「まあ、それなら凄い話かもしれないが」
「ヒヒ……戦うだけなら誰でも出来る。誰でも、な」
だが、誰もが話半分にしか受け取らない。
今は他者を貶す会。
褒めるなどナンセンスだ。
「だがプシュケーについてなら私も一つ聞いたことがある」
先程毛を毟った羊をいつの間にか丸焼きにしたムートンはそれを切り分ける。
だが誰かに分けることはしない。
全て彼女が喰らい尽くしていく。
「どうやらこの世界に降り立った時と今では見た目が違うらしい。如何なるアイテム、スキルを使ったか定かでは無いが、全く違うと」
「全く……」
「羊と山羊くらい違うらしい」
「ほぼ一緒じゃねーか!」
「全然違うぞ? 角の有無も食性も味も何もかも」
常人にとっては大差無いがそこは羊に一家言あるムートン。
無視できない違いのようだ。
「最初は田舎から出てきた小娘の如きであったようだ」
「今は金キラピカピカだけどな」
趣味の悪い成金みたいだなとミミラルは哂う。
「まあ、ゲームの世界で自分を変えたいというのは誰しもあるとは思うが」
喉が渇けば羊の血をグラスに注ぐムートンを見て、周囲はお前もそうだよな?と不安に思う。
現実でこれをやられたら正直に言ってお近づきになりたくない。
「プシュケーはプシュケーで美しくなりたいと思っているのだろうな」
かつて誠実さが仇となると知ったミミラル然り。
かつて羊に対して拭えぬ増悪を抱いたムートン然り。
かつて他者に傷を作ることが自身を傷付けると悟ったP助然り。
プシュケーにも何かしら感じ取ることがあったのだろう。
「そういえば……プシュケーさんがそのUBMを倒した後なんですけど、小さく呟いていたんです」
ふと思い出したように【魔法少女ι】は溢す。
「たしか……『醜いアヒルの子』にはならない、させないって」
敗者達の夜は長い。
目的も見失い、迷った彼女達は吐露し続ける。
プシュケーやクャントルスカの話題などその一角に過ぎない。
次々に他の魔法少女や、有名な〈マスター〉の話となり、悪口を言っていく。
そして案外すぐに忘れてしまうのだ。
何を話したかも、誰が話したかも。
ただ一人、【魔法少女ι】を除いては。
だからお前ら勝てねえんだよな連中