<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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218 《単衣》と《袷》

■とある蟻の話

 

 古い記憶の中でも名を憶えているのは3人。

 それを少ないと取るか、多いと取るかは彼の本質を知るかどうかであろう。

 

 【飼育王】リバー、次代【飼育王】リリー、そして【神子】ルーチェだ。

 リバーは自身が最も弱小であった頃の育成に大きく関わっており、彼がいなければ恐らくここまで強くならなかったことは自覚していた。

 リリーは自身を見出してくれた存在。そして、理性と感情を教えてくれた存在だ。彼女がいなければ、他者に対して何も思わないまま死に向かっていただろう。

 

 であれば、最後に残った一人。現在も関わりのある人間であるルーチェ。

 彼女は自身に如何様に関わったか。

 UBMでもボスモンスターでも無い、ただの【メモリアル・アント】であった頃からの知己であることは記憶している。

 だが、それ以外が欠如していた。

 彼女の過去も、人間性も。

 何故自身がUBMに至ったか、何故彼女と共に在るのか、何故【神子】を必要としたか。

 その全てが何かで塗りつぶされたかのように欠落していた。

 

 悠久の時を生きた故の魂の磨り減り、あるいは単純な老化による記憶力低下。

 可能性はいくらでも考えられるが、しかしそれを追求しようとする気すら起こらない。

 記憶は欠落していていいのだと、欠けたままでいいのだと僅かに残されている記憶が訴えている。

 ならば、このまま生きるだけ。

 リバーが死に、リリーを喪い、今生きるはルーチェのみ。

 だが、彼は1つだけ。この長き生においてただ1つだけを叶えるためだけに生きる。

 それはルーチェとの誓い。

 

 彼女の示すままに強くなれば、強くすれば必ずリリーと再会出来るという誓いである。

 

 神話級に至った今の彼ですら、蘇生は不可能。

 【神子】のスキルによって人間の域を出たルーチェにすら出来ないことである。

 だが、彼女が言ったのだ。

 【神子】が示したのだ。

 

 ならば叶うのだろう。

 疑う余地は無い。

 己はただ信じて進めば良い。

 神とて時には信じて縋りたくなる。

 己の力でどうしようも無い時には。

 

 神話級UBM【鋭弾蟻匆 シュヴァーゲル】は作られたUBM。

 原型こそあれど、磨き上げたのは1人の【神子】。

 それはさながら親に付き従う子のように。

 抗う考えなど最初から持ち合わせていない。

 

 

 

 

■洞窟最奥 王の間

 

 爆発の中でシュヴァーゲルは待つ。

 これまでの戦いの中でも受けたことの無い程のダメージが襲う。

 致命の水準域に差し迫る傷。

 だが、それでも彼は待たなければならない。

 内側から襲う熱も、外殻を破壊する爆発も。

 抗う術が無かろうと、それを操る人間を殺す術が無かろうと。

 ただ待機せざるを得ないのだ。

 

「我が王……ッ!」

 

 爆風により狭まる視界の隅に【神子】の姿が映る。

 彼女のステータスであればこの爆発も突破は可能だろう。

 その道中でダメージを負おうと、多種多様な超級職による回復手段も幾らかはあるだろう。

 シュヴァーゲルは思う。

 人間の中でもルーチェは異質だ。

 異質だからこそ、ここまで生き延びてきた。

 

『(異質……だが、その異質さの性質が分からぬ)』

 

 違うことは分かるのだ。

 たが、違いが分からない。

 それもまた、欠けた記憶の中にあったのだろう。

 取り戻すのは何時になるのか。

 神話級の先にあるのか、それとも……

 

『良い……【神子】よ……今はまだ必要無し』

 

 弾薬庫を開放する。

 同時に、《愛の行進》によるディノポーラ達の生命力が失われていく。

 だが、シュヴァーゲルは構わずに弾丸達に付与を施す。

 

 1発だけ、ルーチェを先の場所にまで押し戻すために撃ち込む。

 その意図を察したのか、抵抗することなくルーチェはクャントルスカが閉じ込められた壁の前にまで戻された。

 

『対象……【ディノポーラ】。スキル……《ラスト・アタック》及び《自爆》』

 

 数百の弾丸が撃ち出される。

 それらは発射と同時に寿命を言い渡された。

 着弾と同時に死ね、と。

 

 地面が爆発した。

 そう、錯覚するほどに威力も範囲も別格であった。

 

 その爆発の源は弾丸。

 新たに付与されたスキル2つにより威力を底上げされた自爆する弾丸による結果であった。

 

『漲る……ああ、漲るぞ……そうか、これが、か。これが本来の力……神に等しい力というわけか……』

 

 シュヴァーゲルは待っていた。

 蜜を食らった瞬間から。

 徐々に力が増していくのは感覚として理解していた。

 だが、『徐々に』の終着点はどこにあるのだろう。

 自身はどこまで高みに臨めるのだろう。

 

 その答えがこの瞬間に出た。

 

 《神単衣》。

 これが、《上単衣》が強化されたスキルの名である。

 属性やジョブスキルを2つまで対象に付与出来るスキル。

 たとえジョブ同士の組み合わせが悪かろうとも無理やりにこじつけて付け合わせてしまう。

 HPが0になった瞬間に対象に与えるダメージが2倍になる、【決死隊】の《ラスト・アタック》。

 HPを0にすることで膨大な与ダメを可能とする、【魔法少女ω】の《自爆》。

 この使い勝手の悪い、最悪な2つのスキルを使い捨ての駒に付与することでシュヴァーゲルの弾丸はノーチラスの爆撃に引けを取らぬどころか、上回る威力を得ていた。

 

『……これでも生き延びるか』

 

 しかしながらフィリップの姿はまだ地上にある。

 傷一つ無くそこに立つ。

 その威力に驚くものの、自身の命に対しての危機感は持たない様子であった。

 

『……理解した』

 

 シュヴァーゲルは知力が高い。

 故に多少観察すれば敵のスキルも凡そ推測出来る。

 

 この爆風においても衣服に塵一つ無い。

 否、爆風の中で衣服が全く揺らめかない。

 

『幻影の類か』

 

 そこにいるがそこに居ない。

 敵の艦か何かが投影機の役割も果たしているのだろう。

 

 故に地上を一掃したところで意味は無い。

 やるならば、地下だ。

 

『銃弾発射――【ピアース・ディノポーラ】』

 

 再びの付与。

 だが、その付与は文字通り領域が違う。

 

 スキルの名は《神袷(かみあわせ)》。

 これもまた付与に関するスキルだ。

 だが、その内容は属性でもスキルでも特性でも無い。

 

『尽きるまで貫き通せ』

「……ッ!?」

 

 地上に立つフィリップの右腕が弾ける。

 血しぶきが上がるが、地上は1滴も汚れることは無い。

 幻影の元……フィリップ本体が傷ついたのだろう。

 

「……防御は間に合ったはずだけど」

『無駄である。我が弾丸は命尽きる瞬間まで貫くという概念を崩さぬ。地下深く、煮えたぎる世界の内側にでも到達せぬ限りはその歩みを止められぬと思え』

 

 これが蜜を完全に取り込んだ末に得た新たなスキルの力。

 概念の付与である。

 『燃えている』という概念を与えれば水をかけても消えない。

 逆に『凍っている』という概念であれば炎で溶けない。

 『貫く』という概念を与えれば、同様の概念による防御手段でも持たない限りは防ぐことなど出来なくなる。

 

 無論、これもまた欠点はいくつかある。

 まず、付与出来る概念に防御系が無いということ。

 『死なない』や『壊れない』という付与は出来ない。

 駒を使い捨てる前提で運用するスキルであるためか、守ることは出来ないのだ。

 しかし、防御は《神単衣》が十分に役割を果たせるので問題は無い。

 そして、使い捨てであることを前提としたためか、ディノポーラの寿命は更に短くなる。

 概念を施されたディノポーラ達の寿命は持って10秒。

 それ以上は生き延びられない。

 対象の生命力やステータス、スキルによっては左右されるだろうが、大きくは変わらないだろう。

 

『次弾装填』

 

 先程撃ち込んだ箇所に再度銃弾をばら撒く。

 それだけでこの人間は死ぬだろう。

 冷却の属性を付与したディノポーラが絶えず銃身を冷やすため、シュヴァーゲルにコックオフは無い。……尤も、この弾丸に火薬は無いのだが。

 それでも銃身に熱が籠もれば弾丸の寿命は更に短くなる。

 着弾までは生き延びさせなければならないため、発射まで弾丸が生存できる環境は必要だ。

 

『発射』

 

 その弾丸は確かにフィリップをノーチラスごと貫くはずであった。

 如何なる強固な盾も、装甲も、何もかもが意味を成さない『貫く』概念を持った弾丸。

 

 だが、それを覆す者は確かに存在する。

 

 ふらりと洞窟内に1人の人間が迷い込んだ。

 そう思わせる程にその人間は弱い。

 神話の戦いに似つかわしくない脆弱なステータス。

 死んでも立ち上がれるだけのエンブリオと、限りなく後ろ向きな超級職。

 その2つを携えて男はようやく到着した。

 

「……痛いな」

 

 頭部への着弾。

 本来であればそのまま貫通し、更に下へと潜っていただろうディノポーラは訳も分からぬまま地上に放り出され、弾丸以外の役割を命じられていなかったために指令待ちのまま寿命を迎える。

 

 男がフィリップを狙う弾丸の軌道上に立っていたのはただの偶然だ。

 だが、いくつもの偶然が重なって彼は戦いに勝利してきた。

 実力が伴わずとも、命を天秤にかけて、命が天秤からずり落ちながらも勝利を重ねてきた。

 

 その男が神話級の攻撃を受け、よりにもよって頭部という最大の急所に受け、『痛い』と感想を述べた。

 述べるだけの余裕があった。

 

『……何者だ』

 

 概念による攻撃。

 防ぎようなど無い。

 もしも防げるとすれば【無疵王】や【傲慢魔王】などの概念防御を持つスキルだけ。

 

「【自殺王】クリアント。……まあ覚えなくていいだろ。それよりも蜜とやらは何処にあるんだ?」

 

 山中を散々歩きまわされたことによる疲労か、やや気だるげに男は答えた。

 




勝ったな
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