<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■洞窟最奥 王の間
『……』
ルーチェの下へ走るクリアントへ新たな弾丸を発射しようとすれば、砲撃に止められる。
砲撃を相手にしようとすれば、何をするか分からないクリアントを逃がすことになる。
優先すべきがどちらであるか、その答えが出ぬままシュヴァーゲルの思考は止まっていた。
「――たぁっ!」
その顔面を重い一撃が襲う。
重い……物理的に重量のある一撃である。
その主である少女は空を舞いながらシュヴァーゲルに連打を浴びせる。
『これは――』
拳を受ける度にシュヴァーゲルの肉体が重くなっていく。
その現象には心当たりがあった。
ルーチェが自らに付与していた超級職である【重王】のスキル。
『先ほどまで【神子】と戦っていた人間か……』
即座にスキルが模倣、あるいは奪われたと察したシュヴァーゲルは、
『銃弾発射――【プロープ・ディノポーラ】』
弾丸を自身の真下に撃ち込む。
何十と撃ち込み、それらはまるで溶け込むかのように1つの物体へと組み合わさっていく。
『(これでしばらくは持つ)』
ディノポーラを支柱代わりにし、シュヴァ―ゲルは倒れることなく弾丸を発射し続ける。
高ステータスのため重量による肉体の崩壊は無くとも、倒れてしまえば狙いが定まらなくなる。
いずれは支柱であるディノポーラのほうが耐えきれずに瓦解するだろうが、その前に他の対処法を模索すれば良い。
たとえば、
『銃弾発射――【メテオ・ディノポーラ】』
この重量負荷の原因を排除してしまえば良いだけのこと。
「また! だけどそれも――」
少女――クャントルスカは弾丸を受け止め、そのまま《愛の行進》で弾丸のリソースを奪おうとする。
だが、それよりも先に弾丸であるディノポーラは命を絶たれていた。
「――ッ!?」
命を吸うのであれば、命の無い弾丸を使えば良いだけのこと。
魂の無くなった抜け殻であるが、シュヴァ―ゲルの付与によって隕石と化し、形が残っている。
「……受け止めきれな、い」
弾丸は一発限りではない。
即座に次なる弾丸を撃ち込む。
たとえ一発目を弾いたところで二発目、三発目がクャントルスカの命を完全に奪い去る。
「だから、この弾丸は任せてもいいかな。フィリップちゃん」
「ああ!」
『……!』
弾丸が弾け飛ぶ。
それはシュヴァ―ゲルの意図したものではない。
フィリップから援護により全ての隕石が撃ち落とされていく。
隕石が無くなればその砲撃の矛先はシュヴァーゲルへと戻り、HPの減少が加速していった。
やはり、艦とその砲撃が厄介だ、とシュヴァーゲルは改めて思う。
自身と似たような攻撃であるからこそ、相殺されやすい。
『だが、足りぬ』
それでも尚、シュヴァ―ゲルは軍配が自身にあると確信していた。
砲撃は強固な外殻で完全にでは無いが防いでいる。
外殻そのものも強化したディノポーラが役割を担っているため補充も容易だ。
クャントルスカの重量操作も脅威であるが、支柱を作ってしまえばその限りでなく、じわじわと削られるHPもすぐに死ぬようなものではない。
故に、長期戦こそ敗色濃厚となってしまうだろうが、短期決戦であればシュヴァーゲルに軍配が上がる。
出し惜しみはせずにこの洞窟内を埋め尽くす勢いで弾丸を発射すれば――
「愛ってね。貰うだけじゃないんだ」
『……?』
と、クャントルスカの左手の紋章が光る。
それはエンブリオの力の源であり、《愛の行進》が発動している証。
「時にはあげる。愛は誰かにあげることだって出来る」
『あげる……渡す、だと……』
何を言っているのか。
その意味を理解するまでに時間がかかった。
そして、それを理解した時には遅かった。
「貴方のその力も愛があるのかな。うん、きっとあるよね。だからそれを私が証明してあげる」
《愛の行進》。
スキルを奪うには一定以上のリソースの吸収と、スキルの理解が必要になる。
シュヴァーゲルのスキルが対象に付与をするものであると既に知っている。
どこまでを可能とするか定かでないが、強化の範疇であることさえ分かっていれば、それだけで良い。
全てでなくとも、理解した範囲だけでも奪うことが出来れば、それでクャントルスカは味方に愛を分け与えることが出来る。
「フィリップちゃん、私からの愛を受け取って」
「少し怖いけどね。でも、確かに受け取った」
ノーチラスに強化が施される。
これまでの戦いでシュヴァーゲルは彼我の力量差を見せるために散々付与の力を使って来た。
そのため、付与スキルはこの程度は出来るだろうというあたりは付けられる。
本来であれば操縦士系統や船員系統のジョブでしか行えない乗物へのバフ。
それも、シュヴァ―ゲルの力であれば行える。
「これで……どうだ!」
外殻と成っていたディノポーラが焼かれ、シュヴァ―ゲルの生身の肉体が砲撃に晒される。
各段に威力が増した砲弾一発一発がシュヴァーゲルに『死』を明確にイメージさせるには十分すぎるものであった。
『銃弾発射――』
それでも起死回生の弾丸を発射しようとシュヴァーゲルは抗う。
……既に、戦闘はシュヴァ―ゲルにとってどう切り抜けるかというものへと変わっていた。
勝つ負けるでは無く、生き延びるためのものへと。
何か生きるために必要な弾丸は無いか。
どのような概念が相応しいか。
考える間も無く、
「いっぱいいっぱい貴方のことを知ったよ。いっぱいいっぱい好きになった」
怪物はシュヴァーゲルに対して愛を囁く。
それは紛れもなく死の宣告。
モー・ショボーの告白こそ、必殺スキル発動の証だ。
「《
魂が吸われていく。
何の比喩でも無い。
自身の大切な何かが。
決して失ってはいけない何かが。
今、獰猛な愛の化身に奪われようとしていた。
いくら回復の弾丸を自身に撃ち込もうと意味は為さない。
失われたのは体力では無く魂。
自身を神話と謳うならば、そこいらの弾丸如きで補充することなど出来やしない。
『あ、ああああああああぁぁぁぁぁぁァァァァァ』
消えていく。
魂が。
記憶が。
疎らであった、モノクロであった、まるで他者の記憶のような、古い過去の記憶が。
拍車をかけるように失われていく。
『やめ……やめてくれ! それだけは、それだけは我から奪わないで――』
さながら赤子のように喚き、しかし奪取は勢いを止めず。
愛に歯止めは無い。
アクセルをかけることはあろうが、止まることなど出来ない。
『【神子】よ……我が【神子】よ……どうにか、どうにか我に道を』
一縷の望みをかけルーチェを探す。
彼女であれば何か道を指し示してくれるに違いない。
この状況を打破してくれるに違いない。
だが、見つからない。
『あ……』
そういえば、と思い出す。
彼女の下へはクリアントが向かっていたことを。
弱者1人の介入でここまで変わるとは。
否、最初からこの2人の人間の強さがシュヴァーゲルを上回っていたのかもしれない。
「神話の蟻の王よ。君の道はここまでだ。そこからは私達人間が引き継ごう」
「好きになれて良かったよ。たくさん愛してたくさん食べて、美味しかった」
神話が崩れていく。
長きを生きた蟻の王もここまで。
もうシュヴァーゲルが生きる術は無い。
シュヴァーゲル自身にも、ルーチェにも出来ることでは無い。
それをシュヴァーゲルは理解してしまった。
望むなら、再びこの眼でリリーを一目で良いから見たかった。
そんな、神にしては些細な願いを抱きながら。
最後に一つだけ付与を施し、【鋭弾蟻匆 シュヴァーゲル】のHPはゼロとなった。
自身に出来ないから、託す他無かった。
神らしさの欠片も無く、ただの小さく非力な蟻のように。