<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【神子】について
【神子】というジョブは現在、衰退の一途をたどっている。
現存しているティアンは少なく、〈マスター〉では就職条件を満たすことがほぼ不可能であるため、ロストジョブに近いといってもいいだろう。
モンスターを神として崇めなければならない性質上、彼女たちは生身でモンスターの前に立たなければならない。
その上、ステータス上昇値が皆無である【神子】ではモンスターに受け入れられなければ即死亡に繋がってしまうためだ。
その中で【神子】としてモンスター達と契りを結べた者達は天性の素質があったのだろう。
モンスターと心を通わす、あるいはモンスターの心を読む力が。
あるいは、熟達した【神子】であればスキルで従わせることも可能かもしれない。
実際、グラスコードを神として崇めていたミオギはそれに近かった。
さて、【神子】のスキルは多岐にわたる。
その理由は、いずれも神であるモンスターを満足させるためである。
神を成長させるスキル、神の為の神殿を創造するスキル、神と力を共有するスキル――。
そのうちの一つに《神託報酬》というスキルがあった。
これは、いわば契約のスキルである。
神の要求を【神子】が叶える。
代わりに、【神子】の願いを神が叶えるというスキルである。
本来であれば必要としないスキルだ。
何故ならば、神が何かを要求する時、【神子】は断れる立場に無いから。
贄を寄越せと言えば用意せねばならない。
その身を差し出せと言えば差し出さねばならない。
【神子】の立場は弱い。
神の力を分け与えられているとはいえ、それは一部に過ぎないから。
神と対峙すれば負けるのは【神子】である。
そして《神託報酬》にはそれ以上に神側にデメリットがある。
このスキルの強制力が強すぎるのだ。
要求に対する願いは絶対に叶えなければならない。
その強制力は【契約書】の最上位レベル。
破れば、神に死が訪れる。
【神子】如きの願いを、そのようなリスクあるスキルで叶えることなど出来ない。
もしも協力的な関係であったとしても、スキル無しで叶えてやれば良い。
それほどに良好な関係であるのならば。
■【神子】ルーチェと【鋭弾蟻匆 シュヴァーゲル】について
ルーチェとシュヴァーゲルはこの《神託報酬》を使用した関係にある。
シュヴァーゲルからすれば、要求はほぼ実現不可能に近いものであったし、もし叶うのであれば死んでもいいとさえ思っていた。
ルーチェの願いはその死んでもいいに等しいものではあったが、シュヴァ―ゲルに叶えられる願いであったため、死ぬ前に叶うだろう。
その要求こそは『リリーとの再会』。
故人と会いたいという願いは、しかし【冥王】クラスで無ければ叶えるのは困難なものだ。
シュヴァーゲルとしても半ば諦めの契約であった。
『どのような形でも良い……今一度、会話さえ出来れば良いのだ……』
この言葉を受け、
「我が全力を以て叶えてみせましょう。その暁には……いえ、私が望むタイミングで――」
ルーチェは快諾したのであった。
何故自信があるのか分からない。
シュヴァーゲルには理解不能だ。
ルーチェという人間が如何にして叶えるのか。
何故可能であると答えたのか。
分からないまま、信用し、信頼し、力を蓄え、力を授け続けた。
その結果……シュヴァーゲルは死に瀕していた。
■洞窟最奥 王の間
記憶が走馬灯のように点滅していく。
リバーとの会話。
リリーとの日常。
ルーチェとの契約。
そのいずれもが明白では無く、モノクロであった。
色彩は一切無く、その上で霞がかっている。
『何故だ……』
まるで他人のような記憶。
だが、それは確かに自身の記憶。
遠い過去の記録を目にするように、他人事のような感覚を覚えつつも、疑うことは出来ない。
『我は……死ぬのか……』
不思議と、死ぬことに恐怖は無かった。
一度体験したかのように、その感覚を不思議と知っていた。
それでも良いと、思った。
リリーに会うことはきっとこれから先も不可能なのだろう。
叶わぬ夢を見た。
決して願ってはいけない夢を見てしまったのだ。
それが今覚めた。
否、熱が冷めてしまったのだろう。
体の熱と共に、頭も、心も冷めていく。
『惜しい。そう思えるのはその対象に熱を入れていた証です。必要無かったと強がり、切り捨てるよりは断然良い』
この言葉はいつかリバーが言っていたものだ。
だが、冷めてしまった今のシュヴァーゲルが思い出したところで、ただの単語の羅列以上の意味はもたない。
『良いことも悪いことも分け合うことで、共有することで集団は纏まるんだ。リバー様は自分だけが必要悪と割り切っていたけど、だけど私はそうは思わない。善も悪も皆で考えて、皆で責任を負いたい』
大人になったリリーの言葉。
そこにはまだ幼さがあるが、確かにリーダーの資質が見えていた。
後は、彼女を支えてくれる、現実的な人間がいれば良いと思った。
分け合う……もしかするとシュヴァーゲルのスキルの根源はこのリリーの言葉であったのかもしれない。
彼女は常々言っていた。
蜜を分け合おう、と。
ああ、なんてことだとシュヴァーゲルは少しだけ後悔する。
全て1人で食べてしまった。
誰とも分け合わず、強くなれるという【神子】の言葉を信じて、全て腹に収めてしまった。
『シュヴァーゲル様は実に人間らしいお考えの持ち主なのですね。流石は人に育てられたモンスター。人に作り上げられたUBM。人に寄り添って来た神だけはあります』
この言葉はルーチェのもの。
いつだっただろう。
初めて会った時では無い。
その時はまだシュヴァーゲルは小さな蟻であった。
では……
『(待て。待て待て待て。我は今何を思い出した。我は今、誰の記憶を辿った……!?)』
人に寄り添った神だと?
そんなはずはない。
シュヴァーゲルの配下である【パラポーラ】も【ディノポーラ】も人への殺意の塊だ。
そんなものを従えるシュヴァーゲルがかつて人に寄り添っていた?
人に育てられた?
どこをどう間違えたら、今の惨状を生み出せるようになる。
人の温かさを知った神が人を殺すようになる。
自身がモンスターだからと、そう心の中で納得していたか。
馬鹿な、人と共に生きるモンスターなど幾らでもいる。
おかしい。
何かが、決定的に間違っている。
記憶が他人事のよう?
実感が沸かない?
何故そうなるのか。
何故そう感じてしまうのか。
『我は――』
「お思い出しになられましたか」
シュヴァーゲルの足元に1人の女が立っている。
長年共に居た、今では誰よりも信の置ける……はずであった【神子】。
他の人間はルーチェの作り出した壁に阻まれ、しばらくはこちらを追ってこられないようだ。
普段であれば頼もしい彼女が、今だけは神を超越した化け物に見えて仕方ない。
『【神子】よ! 我は誰なのだ! この記憶は一体……』
シュヴァーゲルの焦燥とは逆に、ルーチェは嗤っていた。
口内は闇のように暗く、シュヴァーゲルすら気圧され、不気味に思う程の笑み。
「我が王! 不安なのですね。申し訳ありません。その心中、お察しします。ご自分がご自分で無いなどという不安。ええ、その通りですので」
『……は?』
シュヴァーゲルの疑念に対して、ルーチェの答えは是。
この時ばかりは否定して欲しいと、そう思えてしまう。
だが、続けられた次の言葉はあっさりとシュヴァーゲルの自己を崩落させるに十分なものであった。
『ならば我は……』
「ふふ。そう案じられずとも。王がシュヴァーゲルの記憶と力を付与された存在とて、私はぞんざいに扱ったことは無いでしょう?」