<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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222 王の戦い 4

■【神子】について

 

 【神子】というジョブは現在、衰退の一途をたどっている。

 現存しているティアンは少なく、〈マスター〉では就職条件を満たすことがほぼ不可能であるため、ロストジョブに近いといってもいいだろう。

 モンスターを神として崇めなければならない性質上、彼女たちは生身でモンスターの前に立たなければならない。

その上、ステータス上昇値が皆無である【神子】ではモンスターに受け入れられなければ即死亡に繋がってしまうためだ。

 

 その中で【神子】としてモンスター達と契りを結べた者達は天性の素質があったのだろう。

モンスターと心を通わす、あるいはモンスターの心を読む力が。

 あるいは、熟達した【神子】であればスキルで従わせることも可能かもしれない。

 実際、グラスコードを神として崇めていたミオギはそれに近かった。

 

 

 

 

 さて、【神子】のスキルは多岐にわたる。

 その理由は、いずれも神であるモンスターを満足させるためである。

 神を成長させるスキル、神の為の神殿を創造するスキル、神と力を共有するスキル――。

 

 そのうちの一つに《神託報酬》というスキルがあった。

 これは、いわば契約のスキルである。

 神の要求を【神子】が叶える。

 代わりに、【神子】の願いを神が叶えるというスキルである。

 

 本来であれば必要としないスキルだ。

 何故ならば、神が何かを要求する時、【神子】は断れる立場に無いから。

 贄を寄越せと言えば用意せねばならない。

 その身を差し出せと言えば差し出さねばならない。

 

 【神子】の立場は弱い。

 神の力を分け与えられているとはいえ、それは一部に過ぎないから。

 神と対峙すれば負けるのは【神子】である。

 

 そして《神託報酬》にはそれ以上に神側にデメリットがある。

 このスキルの強制力が強すぎるのだ。

 要求に対する願いは絶対に叶えなければならない。

 その強制力は【契約書】の最上位レベル。

 破れば、神に死が訪れる。

 

 【神子】如きの願いを、そのようなリスクあるスキルで叶えることなど出来ない。

 もしも協力的な関係であったとしても、スキル無しで叶えてやれば良い。

 それほどに良好な関係であるのならば。

 

 

 

 

■【神子】ルーチェと【鋭弾蟻匆 シュヴァーゲル】について

 

 ルーチェとシュヴァーゲルはこの《神託報酬》を使用した関係にある。

 シュヴァーゲルからすれば、要求はほぼ実現不可能に近いものであったし、もし叶うのであれば死んでもいいとさえ思っていた。

 ルーチェの願いはその死んでもいいに等しいものではあったが、シュヴァ―ゲルに叶えられる願いであったため、死ぬ前に叶うだろう。

 

 その要求こそは『リリーとの再会』。

 故人と会いたいという願いは、しかし【冥王】クラスで無ければ叶えるのは困難なものだ。

 シュヴァーゲルとしても半ば諦めの契約であった。

 

『どのような形でも良い……今一度、会話さえ出来れば良いのだ……』

 

 この言葉を受け、

 

「我が全力を以て叶えてみせましょう。その暁には……いえ、私が望むタイミングで――」

 

 ルーチェは快諾したのであった。

 

 何故自信があるのか分からない。

 シュヴァーゲルには理解不能だ。

 ルーチェという人間が如何にして叶えるのか。

 何故可能であると答えたのか。

 

 分からないまま、信用し、信頼し、力を蓄え、力を授け続けた。

 

 その結果……シュヴァーゲルは死に瀕していた。

 

 

 

 

■洞窟最奥 王の間

 

 記憶が走馬灯のように点滅していく。

 リバーとの会話。

 リリーとの日常。

 ルーチェとの契約。

 

 そのいずれもが明白では無く、モノクロであった。

 色彩は一切無く、その上で霞がかっている。

 

『何故だ……』

 

 まるで他人のような記憶。

 だが、それは確かに自身の記憶。

 遠い過去の記録を目にするように、他人事のような感覚を覚えつつも、疑うことは出来ない。

 

『我は……死ぬのか……』

 

 不思議と、死ぬことに恐怖は無かった。

 一度体験したかのように、その感覚を不思議と知っていた。

 

 それでも良いと、思った。

 

 リリーに会うことはきっとこれから先も不可能なのだろう。

 叶わぬ夢を見た。

 決して願ってはいけない夢を見てしまったのだ。

 

 それが今覚めた。

 否、熱が冷めてしまったのだろう。

 体の熱と共に、頭も、心も冷めていく。

 

『惜しい。そう思えるのはその対象に熱を入れていた証です。必要無かったと強がり、切り捨てるよりは断然良い』

 

 この言葉はいつかリバーが言っていたものだ。

 だが、冷めてしまった今のシュヴァーゲルが思い出したところで、ただの単語の羅列以上の意味はもたない。

 

『良いことも悪いことも分け合うことで、共有することで集団は纏まるんだ。リバー様は自分だけが必要悪と割り切っていたけど、だけど私はそうは思わない。善も悪も皆で考えて、皆で責任を負いたい』

 

 大人になったリリーの言葉。

 そこにはまだ幼さがあるが、確かにリーダーの資質が見えていた。

 後は、彼女を支えてくれる、現実的な人間がいれば良いと思った。

 

 分け合う……もしかするとシュヴァーゲルのスキルの根源はこのリリーの言葉であったのかもしれない。

 彼女は常々言っていた。

 蜜を分け合おう、と。

 

 ああ、なんてことだとシュヴァーゲルは少しだけ後悔する。

 全て1人で食べてしまった。

 誰とも分け合わず、強くなれるという【神子】の言葉を信じて、全て腹に収めてしまった。

 

『シュヴァーゲル様は実に人間らしいお考えの持ち主なのですね。流石は人に育てられたモンスター。人に作り上げられたUBM。人に寄り添って来た神だけはあります』

 

 この言葉はルーチェのもの。

 

 いつだっただろう。

 初めて会った時では無い。

 その時はまだシュヴァーゲルは小さな蟻であった。

 

 では……

 

『(待て。待て待て待て。我は今何を思い出した。我は今、誰の記憶を辿った……!?)』

 

 人に寄り添った神だと?

 そんなはずはない。

 シュヴァーゲルの配下である【パラポーラ】も【ディノポーラ】も人への殺意の塊だ。

 そんなものを従えるシュヴァーゲルがかつて人に寄り添っていた?

 人に育てられた?

 

 どこをどう間違えたら、今の惨状を生み出せるようになる。

 人の温かさを知った神が人を殺すようになる。

 自身がモンスターだからと、そう心の中で納得していたか。

 馬鹿な、人と共に生きるモンスターなど幾らでもいる。

 

 おかしい。

 何かが、決定的に間違っている。

 

 記憶が他人事のよう?

 実感が沸かない?

 

 何故そうなるのか。

 何故そう感じてしまうのか。

 

『我は――』

「お思い出しになられましたか」

 

 シュヴァーゲルの足元に1人の女が立っている。

 長年共に居た、今では誰よりも信の置ける……はずであった【神子】。

 

 他の人間はルーチェの作り出した壁に阻まれ、しばらくはこちらを追ってこられないようだ。

 普段であれば頼もしい彼女が、今だけは神を超越した化け物に見えて仕方ない。

 

『【神子】よ! 我は誰なのだ! この記憶は一体……』

 

 シュヴァーゲルの焦燥とは逆に、ルーチェは嗤っていた。

 口内は闇のように暗く、シュヴァーゲルすら気圧され、不気味に思う程の笑み。

 

「我が王! 不安なのですね。申し訳ありません。その心中、お察しします。ご自分がご自分で無いなどという不安。ええ、その通りですので」

『……は?』

 

 シュヴァーゲルの疑念に対して、ルーチェの答えは是。

 この時ばかりは否定して欲しいと、そう思えてしまう。

 

 だが、続けられた次の言葉はあっさりとシュヴァーゲルの自己を崩落させるに十分なものであった。

 

『ならば我は……』

「ふふ。そう案じられずとも。王がシュヴァーゲルの記憶と力を付与された存在とて、私はぞんざいに扱ったことは無いでしょう?」

 

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