<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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閑話 強くてニューゲーム

■死にかけの蟻の話

 

『我が肉体は朽ちようとしている。長き年月を耐え得る頑強さは得られなかったというわけか』

 

 それは今から数百年前。

 リバーが死に、リリーが死に、その記録も懐かしくなった頃。

 一部の者が彼らの愚行を貶し、偉業を称えていたのも久しくなっていた。

 

『【神子】、と言ったな。ああ、お前の顔は記憶にある。……彼女が、リリーが生きていた時代に見た。懐かしくも、しかし印象には残らぬ顔であるが』

「我らが王におかれましては、相も変わらず人間にお優しい限りで。その姿勢、安心も致します」

 

 ルーチェの皮肉にも王――シュヴァ―ゲルに怒りの様子は無い。

 彼は人間の善性を知っている。

 人間の生が如何に短く、如何に尊く、如何に脆いかを理解していた。

 

 斯様な善悪をも区別出来ないような、無邪気に邪気を撒き散らすような、得体の知れない人間であったとしても、ひとまずは話を聞く姿勢を見せていた。

 

『して、何用だ。……否、貴様は人間か? その寿命、長命種でも無ければ成り立たぬはずだが……』

「ええ、まあ。少しばかり自分の肉体の改造と、魔力で老化を偽っていますので。それでも限界は近いですが」

『ふむ……器用なことをするものだ。それで? 我の前に顔を出した理由は何だ。まさか昔話に花を咲かせに来たわけでもあるまい。貴様との歓談を楽しむほど、貴様と深く関わった覚えは無い』

 

 深い森の中。

 巨大な老木の洞にシュヴァーゲルは巣を構えていた。

 巣を、とは言うが他に生物の気配は無い。

 時折人間が彼の下を訪れるが、それ以外は穏やかな時間だけが彼を満たしている。

 

「寿命と言うならば、貴方様の方がお近いのでしょう? 【得与極説 シュヴァーゲル】と呼ばれた……神と謳われた貴方様でも限界は訪れようとしている」

『……その通りだ』

 

 シュヴァーゲルは頷く。

 その動作と共に顔面の装甲が剥がれ落ちていった。

 

『我が肉体は以て数年。……このまま微塵も動かなければの話であるがな』

 

 他者に対して付与を可能とするシュヴァーゲルのスキル。

 この力の代償は、彼の力そのものであった。

 

 力を授ける代わりに、シュヴァーゲルの皮を、肉を、骨を、血を、少しずつ与えていく。

 その度にシュヴァーゲルは力を失い、弱体化していく。

 無論、回収は可能だ。

 彼がその気になれば、分け与えた数百万の生物から彼自身の力を回収出来たであろう。

 だが、それも手遅れである。

 分け与えられた対象が死に至った瞬間、そのリソースは地に帰る。

 シュヴァーゲルの力さえも道連れにしてしまうため、彼の力は永劫に弱体化したままとなるのだ。

 それでも、今生きている者達から回収を図れば、まだ生きていけただろう。

 回収時に少しばかりオマケに力を奪ってしまえば、お釣りも来るかもしれない。

 

 ……だが、シュヴァ―ゲルにその気はない。

 寿命が来るというのであればそれは世界の理だ。

 抗うつもりは毛頭無かった。

 

「なるほど。シュヴァーゲル様はこのまま死ぬおつもりなのですね」

『ああ……そうだ。既に我を知る人間も少ない。いや、貴様を除けばいないのかもしれぬな。最後に力を与えた赤子も今や戦士として戦場に立っている年頃。生きれば良し、死ねばそれまでだ』

 

 ある種の悟りすら持ってシュヴァーゲルは自然と同化していた。

 世界の理で死が訪れると受け入れているくせに、彼自身の力が理から反している。

 だが、それでも生きとし生けるもの全ての生死は自身の掌から余ると悟っていた。

 

「リリーに会えるとしてもですか?」

『……何?』

 

 だが、ルーチェの言葉はシュヴァ―ゲルの覚悟を削ぐに十分なものであった。

 

「【飼育王】リリー。貴方様の全て。貴方様の始まり。彼女に今一度会えるとしたら、会話が出来るとしたら、どうなさいます?」

 

 リリーに会える。

 何と甘美な言葉なのだろう。

 彼女の笑顔も、涙も、全てが記憶に残っている。

 だが、記憶だけでは物足りない。

 再び、会えるとしたら。

 もしまた話せるのだとしたら――

 

『その言葉の裏に貴様の益が隠れていることは見えている。望みは力か? 寿命か? それとも我ら人外には事知れない人間の新たな欲望を満たす何かか』

「ふふ。流石は蟻の王。地下深くまで隠した我が腹の底まで見透かしておいでで。ええ、お答え致します。その全てです」

『ふ――』

 

 力も寿命も、欲望を満たす何かも。

 恐らく叶えることは容易だろう。

 シュヴァーゲルの最後の力を以てすれば、最後の付与を使えば、きっと可能なはずだ。

 

『はははははは! 愉快! ああ、得体の知れぬ何かと思っていたが、なるほど。貴様も人間であったのだな』

 

 シュヴァーゲルは見透かす。

 ルーチェの企みは分からぬが、その人間性だけは底が知れた。

 

『我が願いはリリーとの会話だ! これを叶えることが出来た暁には貴様の願いも叶えてやろう』

「……ここに契りは至り。確かにお受けいたしました」

 

 シュヴァーゲルは立ち上がる。

 その全ての脚は震え、巨躯を支えるには細すぎた。

 

 だが、洞から這い出、陽光を眩しそうに眺めると、

 

『さて、何から始めよう。【神子】よ』

「はい。ではまず、お体を取り換えましょう」

『……ふむ?』

 

 ルーチェは懐から【ジュエル】を取り出す。

 それが何か、シュヴァ―ゲルは知らない。

 【飼育王】にジュエルは不要であり、それ以外の人間達とは付与する以外で関りが少なかったから。

 人間には友好的であっても、自身がモンスターであると自覚していた彼は不用意に人間を刺激しないと決めていた。

 それもまた、彼が長き時を生きた要因であったのかもしれない。

 

「こちらはモンスターを格納する箱にございます」

 

 【ジュエル】から出現したのは一匹の小さな蟻。

 ソレは、巨大な蟻を見ると委縮し、その場に伏してしまう。

 

『我が同属……では無いな』

「貴方様はかつて【メメント・アント】から派生した【メモリアル・アント】でしたね」

『ああ。最弱と言われた種族の一つであった』

「この蟻は【アント・リーダー】と呼ばれる個体です。統率力に秀でただけですが、若く、寿命はそれなりにあります」

『ふむ。それが先ほどの体を取り換えるという言葉と何の繋がりが?』

 

 いや、薄々と勘づいていた。

 確かに、シュヴァ―ゲルの力であればそれは可能だろう。

 最後の付与に相応しい……どころか付与を続けるだけのものとなる。

 

「この蟻に貴方様の全てを付与なさってください。引き継がせましょう、貴方様の願望ごと」

『我が全て、か』

 

 力も、スキルも、記憶も。

 この願いも全て。

 

 新たな肉体へと継承させる。

 

「無論、お手伝い致しますとも。全てに貴方様は我が神――この【神子】が崇める神となられているのですから」

 

 既に【神子】との繋がりは《神託報酬》と共に完了している。

 少しばかり力が漲るのは【神子】との繋がりが出来たからであろう。

 ルーチェもまた、ステータスやスキルの一部が向上していた。

 

『我は何をすれば良いのだ?』

「全てをこの蟻に注ぎ込んでください。私の方で傷ついた肉体を始めとした不要なものを古い肉体へと置いていけるよう選別します」

『……分かった』

 

 その言葉の真偽はシュヴァ―ゲルにも分かる。

 きっとルーチェは正しく選別するのだろう。

 シュヴァーゲルが願いを叶えるために必要なものだけを残し、要らないものは捨ててしまうだろう。

 

 それが少しだけ怖かった。

 

『【神子】よ。我は暫し眠る。その間は託したぞ』

「ええ。次に目覚めた時、貴方様は新たなシュヴァーゲルとして活動致します。少しばかり鍛え直す必要があるでしょうが、それも新たな道が示されたと思われれば」

 

 こうして【得与極説 シュヴァーゲル】は死んだ。

 そのリソースの全てと、一部の記憶だけを新たな肉体へと移し替えて。

 【鋭弾蟻匆 シュヴァーゲル】は誕生したのであった。

 

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