<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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消話 神と巫女 3

■昔の話

 

「……揃ったか?」

 

 時刻は深夜。

 それにも関わらず、住人達は誰1人として寝付く者はおらず、意気を高めていた。

 兵士は領主邸の前に整列し、領主の言葉を待っていた。

 

「……巫女がまだ」

 

 困惑した表情で兵士長が答える。

 なぜこの場に巫女がいないのか。

 時刻と場所は伝えてある。

 巫女に何かがあったのだろうか……と、不安げな顔に誰もがなる。

 

「街から出てはいないのだな」

「はい。そのような報告はありません」

 

 ならば道に迷ったか。

 普段であれば広い領地が自慢と豪語する領主であるが、今はそれが裏目となっている。

 領主はしばし悩んだ後、

 

「あの2人はどうしている。【眼王】は言うまでもないだろうが、【裸王】は来ているのか!?」

 

 巫女はグラスコードの鎮静のために必要な人材。

 だが、超級職2人はグラスコード討伐の為に必要な人材。

 つまりは、後者がいなければこの戦いは成立しないのだ。

 

「あの2人さえいれば……まだ何とかなるはずだ」

 

 そう、自分に言い聞かせるように兵士長に確認する。

 そう難しい戦況ではないと思っていたが、戦いが近づくにつれてやはり戦力が心細く感じてしまう。

 1つの街に超級職が2人。

 その時点で過剰戦力とも思えるが、相手を思えば決してそうとは言い切れない。

 

「というか、グラスコードとはUBMではないのか」

 

 今更ながらにそう疑問が浮かび上がってしまう。

 【グラスコード】とはモンスターというよりも個体種の名前である。

 

「……どうでしょう」

 

 しかし、その詳細が分かる者がいない。

 海辺の街であるが、海上の街ではない。

 グラスコードは遥か彼方の海にいたモンスターであるのだ。

 

「がっはっは! 領主殿、別にUBMであろうとも倒してしまえば良いのです」

「ええ。街の守護というのならば私たちの出番です」

 

 2人の男が前に出る。

 何枚も重ね着をした厚着の男。

 それとは真反対のような細身の男である。

 

「UBMなら吾輩も、このステルバも倒したことがありますぞ。ならばこう考えましょう。新たに特典武具を持つ者が現れるのだと」

「その場合は私かドルジ、貴方のどちらかになりますでしょうか。いえ、新たな英雄の誕生であっても歓迎すべきですが。この街を護るのならば、強き者は多い程良い」

 

 彼らこそが2人の超級職。

 【裸王】ドルジ・バッハー

 【眼王】ステルバ・ステルス

 この街の、領主の切り札である。

 

「来て……くれたのか」

 

 あまりの安堵に領主は膝をつきそうになり、それをドルジが支える。

 

「おっと危ない。領主殿、まだ安眠には早いですぞ。なにせ、これから祝勝会が始まるのですからな! はっはっは!」

 

 ドルジの豪快な笑いに周囲の空気も弛緩していく。

 緊張感は、勝利の雰囲気へと。

 領主を始めとした兵士たちにあった不安を残らず吹き飛ばす。

 

「そ、そうだな! しかし【裸王】……いやドルジよ。お前はまた大きくなったものだな」

 

 前回よりも着膨れしたドルジの姿に領主はそう零す。

 そして、それはドルジにとって何よりの誉め言葉であった。

 

「でしょう! でしょう! 全てが吾輩の自信作でして。ニットから下着に至るまで全てが吾輩の作品。御覧になりますか?」

 

 と、その場で脱ごうとするドルジを領主は慌てて止める。

 

「い、いや大丈夫だ。お前の服に関しては俺も承知している。それに、脱ぐのならば今ではないだろう?」

 

 厚着性にして露出狂のドルジに向かってそう諭す。

 

「ふむ。そうでしたな! では吾輩は戦いまで更なる厚着の探求をしてまいります」

 

 と、アイテムボックスから取り出した洋服を並べ始める。

 ああでもない、こうでもないと呟き始めたドルジから目を逸らして、領主は【眼王】ステルバの肩を強く何度も叩く。

 

「待ちかねていたぞ! お前ならばきっとグラスコードも倒してくれるだろう」

「期待に応えましょう。この美しき街並みを護るためならば。ええ、私は文字通り身を粉にしてでもグラスコードとやらを討伐してみせましょう」

 

 【眼王】ステルバ・ステルス

 彼は現領主が生まれた頃にはすでに【眼王】となっていたと言われている。

 見た目は30代程の男であるのだが、その中身は誰も知ってはいない。

 だが、この街を愛していることだけは街の誰もが知っている。

 家族を愛するように、友人を愛するように、隣人を愛するように、恋人を愛するように。

 街を害そうとする者は彼の手で消される。

 

「それで、グラスコードは……」

「ええ。今のところ浮上はしていないようです。少なくとも、未だ海中にはいる模様」

 

 【眼王】のスキルの1つである《遮るものなし(ルッキングノットブロッキング)》は、直線状において視力という概念を無くすスキルである。

 つまりは、人や建造物など、視界を遮るものが無ければ水平線の先まで彼方を見ることが出来る。

 海上においてはモンスターや船が通っているが、それも街からはかなり遠く離れたことでのこと。

 街から海への警戒においては、海上という概念では【眼王】がいれば一々望遠鏡を覗く必要はない。

 

「それに、海中には2つ、飛ばしておきましたので」

 

 だが、遠くを見るだけならばそれは結局望遠鏡止まり。

 望遠鏡を覗く必要は無いが、双眼鏡があれば事足りるスキルであることに違いはない。

 だからこそ、【眼王】は2つ目のスキル《飛ばし慧眼(フライアイ)》を使う。

 言うなれば第三の目。いや、第三第四の目というべきであろうか。

 偵察用の目を飛ばすスキルである。

 無論、視界は共有されているが、この目にダメージ判定は行われず、ただそこにあるだけだ。

 海中に目を潜らせても塩水で眼球にダメージが入ることは無い。

 

「射程範囲内にはいないようですね。まだ、深く潜っているのでしょうか」

「ふむ……予想が外れたか?」

 

 村とは違い、戦力の予想される街である。

 そう判断できるほどの知能を持つモンスターであることは厄介であることに違いないのだが。

 あるいは、ただ腹がいっぱいになったか。

 

「おびき寄せますか?」

「……それもやる価値はあるか」

 

 いつグラスコードの侵略が始まるか怯えるよりも、こちらで態勢が整っているうちに戦いを始めてしまった方が良い。

 短期決戦は領主としても望むところであった。

 

「ドルジ。貴方もそれでいいですか?」

「……んあ?」

 

 見ればドルジは小さなセーターを太い二の腕に絡ませていた。

 

「……何をやっているのですか」

「いやなに、ここにもまだ衣服を通せる場所がありそうだったのでしてな! しかしこれは意味が無かったようだ!」

「それはそうでしょう。貴方の力は――」

 

 呆れながらステルバがそう言いかけた時であった。

 海中の目に反応があった。

 巨大な影の反応だ。

 

「どうやらおびき寄せる必要は無いみたいですね」

「……来たか」

 

 領主の言葉に、何度目か、兵士たち全てに緊張が走る。

 

「1,2,3……計8つ……情報通りのようですね。八つ首の竜のお出ましです」

「グラスコードめ。吾輩が食らってやる」

 

 ステルバが両手にそれぞれ短剣を持ち、ドルジが手にナックルダスターを嵌める。

 兵士たちも剣を構える。

 

「待て、待て。ここで剣を抜いてどうする。ここから海まではまだ遠い。まずは【眼王】と【裸王】で敵戦力の確認。お前達は用意してある船を使い、グラスコードを削るのだ」

 

 2人の超級職により冷静さを取り戻した領主は兵士たちを諫める。

 思わず剣を取っていた兵士長も領主の言葉に我を返す。

 

「見せてやろう。我々は海と共に生きる街の民であり戦士だ。地上においても海上においても敵無し。つまりは、今夜こそがグラスコードの命日である!」

 

 領主の掲げた拳に兵士たちも鼓舞される。

 

「ああ。美しい光景だ……これこそ我が故郷に相応しい」

「……ステルバよ。その性癖はどうかと思いますぞ」

 

 横やりを刺された兵士たちは誰もが『お前が言うな』と思いながら海岸へと向かった。

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