<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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223 王の戦い 5

■洞窟最奥 王の間

 

『思い出した……我は……僕は……』

 

 記憶が剥がれていく。

 張り付けられた魂が剥げていく。

 

 シュヴァーゲルという蟻の王は既にこの世に存在していなかった。

 自身はシュヴァーゲルでありながらシュヴァーゲルで無い。

 しかし、元の【アント・リーダー】であった頃の個体も自我という面では死を迎えている。

 では、一体誰なのだろう。

 自身が何者か分からず危惧しているこの人格は誰なのだ。

 

『あ……あ……』

「あら? 壊れてしまいましたか」

 

 安価の玩具が壊れてしまった程度にルーチェは仕方ないと苦笑する。

 無理もない。

 不要であった8割以上のシュヴァーゲルの記憶を削ぎ、ルーチェに都合の良い駒として運用するには、劣化が前提であったのだから。

 

 それに、この局面にまで至れば壊れてしまっても問題は無い。

 

「さて、シュヴァーゲル様。約束のお時間です。貴方様に課した願い、叶えて頂きましょうか」

『い……やだ。失いたくない……この記憶は、身体は僕だけの……』

 

 シュヴァーゲルであったソレは必死に生に縋りつく。

 王というにはあまりにもみっともない姿だ。

 

『そう……だ! 願いというのなら……僕はまだリリーに会っていない……。シュヴァーゲルの願いではあったが……しかしそれが叶わぬのであればこの力はまだ僕の……』

 

 《神託報酬》は相互の願いを互いに叶えるものであるが、順番は如何なる願いであっても【神子】が先だ。

 つまりは、ルーチェが願いを手に入れるにはシュヴァーゲルにリリーを会わせなければ、会話させなければならない。

 シュヴァーゲルが死に、その記憶やスキルが【アント・リーダー】に引き継がれた今、彼とリリーの会話でも可能なのだろう。

 だが、そもそもリリーは故人のままであるし、【アント・リーダー】自身はリリーへの思い入れは無いため会話に応じなければ願いは成就しないとなるだろう。

 

 フィリップやクャントルスカの攻撃により死に体であるが、ルーチェとしてもこのまま【アント・リーダー】に死なれては困るはず。

 何かしらの回復手段を用い、ひとまずの現状回帰を狙う……と【アント・リーダー】は浅い考えを巡らせていた。

 

「それでしたら既に叶えております。知らなかったでしょう? 《神託報酬》によるこちらの願いは保留にしたままであったことを」

『……え?』

「私が蜜を食べても多少のレベルが上がるだけですから。シュヴァーゲル様にお食べになってもらい、格を上げた状態になってもらわないと困りますので」

 

 【アント・リーダー】の肉体が光り出す。

 それは死ぬ寸前の肉体の崩壊によるものではない。

 最後の付与を使うためのものであった。

 

『うそ……だ。僕はリリーなんて知らない。話したことも……』

「【軌道洋裁 クリッピング】。女王蟻の肉体に施した超級職の名は【飼育王】。では、誰の肉体を用いたのでしょう」

『それは……お前が、リバーのを使ったと! 言ったんじゃないか!』

「ああ、それは嘘です」

 

 あっさりとルーチェは嘘を認めた。

 

「というか暗に仄めかしただけで、私はそんなこと言ってないのですけどね。【神子】は神に嘘を付けませんし、《真偽判定》に類似したスキルで見破られないとも限りませんから」

『なら……』

「ええ、ですから。クリッピングにはリリーの肉体を使いましたよ。少しばかり性格も移しておきましたが……その様子では勿論お気づきになりませんでしたね」

 

 【アント・リーダー】はリリーに対して何の思い入れも無い。

 だが、彼の中に残された僅かなシュヴァーゲルが動揺している。

 嘘だ、と信じられない感情が喚いている。

 

『あ……ならもうリリーは……』

「クリッピングに使い切ってしまいましたから。肉体も精神もこの世には無いでしょうね」

『嘘……嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘ッ――』

 

 このまま死にたくないという【アント・リーダー】。

 リリーと会話出来る可能性を見逃したシュヴァーゲル。

 2つの人格が1つの肉体の中で混じり合い、そして……

 

「では頂きましょうか。貴方様の力の全てを」

 

 ルーチェの願いであった、『シュヴァーゲルのステータス及びスキルの完全譲渡』を行うための最後の付与が発動される。

 

『――』

 

 声にならない悲鳴をあげたのは【アント・リーダー】とシュヴァーゲル、どちらだったのか。

 それも分からぬまま、蟻の王は消滅していった。

 

「……ふふ。漸く。漸く手に入れることが出来ました」

 

 シュヴァーゲルが完全に死んだことで【神子】としての繋がりの力は途絶えた。

 本来であれば、ステータスは大幅に減少しているはずだ。

 だが……シュヴァーゲルの力の全てが彼女に付与されている。

 その上、

 

【<UBM>【鋭弾蟻匆 シュヴァーゲル】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【ルーチェ・A(アドミネイト)・アルター】がMVPに選出されました】

【【ルーチェ・A(アドミネイト)・アルター】にMVP特典・・・】

 

 ルーチェがシュヴァーゲルの討伐者として最も貢献したと認められてしまった。

 長い年月においてシュヴァーゲルの力の一部を付与――削いでいたこと、そして最後の止めを刺したのが決定打であったのだろう。

 

 だが、アナウンスが半ばで止まる。

 しばらくのノイズの後、

 

【・・・特典武具生成におけるリソース不足を確認】

 

 このようなアナウンスが響いた。

 

 そう、シュヴァーゲルのリソースを用いて作られる特典武具であるが、そのリソースは根こそぎルーチェへと渡っていたのだ。

 記憶や感情といった、リソースにならないものだけが付与の対象外となったが、それが特典武具生成には役立たない。

 

【・・・リソースの供給を確認】

【【ルーチェ・A(アドミネイト)・アルター】にMVP特典【神造付与 シュヴァーゲル】を贈与します】

 

 だが、UBM討伐者に対して特典武具を与えるのは世界の理。

 そのようなシステムへと作り上げられてしまっている。

 

 世界は足りないリソースを補充する。

 付近の山やティアン、モンスターから僅かずつリソースを集め、シュヴァーゲルという特典武具を新たに生成する。

 それは皮肉にも、生前のシュヴァーゲルが決して行わなかった、与えた力の回収にも似ていたかもしれない。

 

 【神造付与 シュヴァーゲル】と命名された拳銃。

 それをうっとりとルーチェは眺めていた。

 

「ああ……素晴らしいです。神の成れの果て。それが私の手に収まるとは」

 

 付与と弾丸の発射。

 生前のシュヴァーゲルが行っていた、神スケールのソレを拳銃に押し縮めたもの。

 だが、その力は決して劣っているわけではなく、むしろ圧縮されたことで濃度は密となっている。

 

「……やっと出られた!」

「随分と固い壁だったけど、これで突破だ!」

 

 と、【壁王】による土壁を破壊し、ルーチェへと辿り着いた2人の〈超級〉。

 しかし……その到着は遅いものであった。

 

「シュヴァーゲルが……」

「ボスが倒れて一件落着、とはいかない様子だね。君の手にあるソレ……物騒だけど名前を聞いてもいいかな?」

「はい。勿論ですとも。シュヴァーゲル……【神造付与 シュヴァーゲル】です」

 

 駆けだすクャントルスカと地面へと吸い込まれるように潜るフィリップ。

 だが、それよりも前にルーチェの手元より発射された弾丸が着弾する。

 

「……ッ!」

「なっ――」

 

 エンブリオの進化と《愛の行進》によりステータスが上昇していたクャントルスカですら瀕死に近いダメージ。

 フィリップに至ってはその一撃でHPがゼロとなっていた。

 

「ふふ。随分と手に馴染む。なるほど……斯様な付与ですか」

 

 狙いを定めたわけではない。

 ただ、弾丸に込められた属性と概念の付与がもたらした結果であった。

 

 6種の属性と6種の概念による36通りの弾丸を発射する能力。

 それがシュヴァーゲルという拳銃である。

 

 その概念の1つが、必中属性。

 発射と同時に対象に命中するという概念。

 対象がシュヴァーゲルの有効射程距離にいるならば、逃げることは出来ない。

 

「良いですね特典武具。これからはこちらをコレクションすることに致しましょうか」

 

 特典武具のコレクションなどという大言を吐くが、それを妄想などと馬鹿にすることは出来ない。

 それが可能なだけの力を彼女は手に入れていた。

 

「ステータス、武器はこれで良しとしましょう。ジョブも超級職が幾つか残っていますし、後は何を得ましょうか」

 

 2発、3発とクャントルスカへと弾丸を撃ち込む。

 弾丸そのものも威力が非常に高く、クャントルスカの超高速回復スキルを以てしても回復が追いつかない。

 

「……もう、だ――」

 

 クャントルスカのHPが1桁となり、何が起きても死に近づこうとした瞬間であった。

 

「お前に足りないものか。後は死だろうな」

「圧倒的に、美が足りていませんわ!」

 

 突如地中から蟻が這い出てルーチェへと牙を剥く。

 それをシュヴァーゲルで迎撃したのも束の間、続いて地中から槍が伸び、彼女の肩を刺し貫いた。

 

「……不意打ちは決まらなかったか」

「上々ですわ。流石はクャントルスカの仲間。私に置いてかれぬよう、その調子で死線を潜り抜き続けなさい」

 

 幾ら殺しても彼は立ち上がる。

 殺しきるまで彼に本当の死は訪れない。

 

 幾ら倒しても彼女は立ち続ける。

 無様に倒れることは美しくないから。

 

 スワンプマンとワルキューレ。

 彼らがルーチェの前に再度立ちふさがる。

 

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