<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【神子】ルーチェ
最初に遊び心があった。
次に希少アイテムのコンプリートという目標が出来た。
次第に集まっていく、かつて超級職に就いていた者の肉体や妖刀。
神話級UBMを通じて上昇していく自身のステータスには心躍ったものだ。
だが、ふと思い返してみれば。
そこに夢が無かった。
他者の人生が書物の登場人物の如く、感情を読み取ることが出来ても移入が出来ないように。
自身の感情を紐解いたところで。
何故自分が生きているのか。
何処に向かって生きているのか。
ある日突然、分からなくなってしまった。
それでも構わないといえば構わなかった。
だって、夢が無くたって生きていける。
人生の舵取りが出来なくたって、心臓は動いているのだから。
せいぜい楽しむとしよう。
自分の人生なのだから飽きるまで遊ぶとしよう。
飽きたら……そうしたら死ぬのだろうか。
自分で自分の命を絶って。
自殺と呼ばれる行為をして。
そうやって、遊びを終わらせるのだろうか。
……。
……。
……まだ、やっていなかったことがある。
成し遂げていないことがあった。
誰にも、否、一部の上位存在にしか行えない、他者の蘇生。
シュヴァーゲルに対してはズルをして成し遂げたように見せかけてしまった偉業。
それだけはまだであった。
この人生で只一人だけ。
自分と同じように他者の人生を玩具のように、遊戯感覚で遊んでいた人間。
沸いたのは親近感だろうか。
まさか、自分に限って恋をしたなどとは有り得ないだろう。
そう、少しだけつまらなくなってしまっただけだ。
共感し合える、話が合う者ともう少しだけ会話をしたい。
あの時は、まさかこんなに希少な存在とは思わなかった。
嬉しかったと言おう。
【飼育王】の後継者に選ばれて本当は心の底から湧き上がっていたことを。
哀しかったと言おう。
その超級職だけはどうしても就けなかったと。
だって、人間を飼っている貴方だから好きになれたのだから、と。
肉体は今も尚残している。
後は魂さえ取り戻すことが出来れば。
肉体と魂、そして超級職。
これらが揃えば再び蘇る。
再び、会えるのだ。
■洞窟最奥 王の間
「……」
そうであった、とルーチェは思い出す。
こんな場所でこんなことをしている場合では無かった。
シュヴァーゲルの力は手に入れた。
この神話級武具でどうにかなるかは分からないが試す価値はある。
駄目だとしたら次の挑戦だ。
シュヴァーゲルの寿命さえ手に入れた自分であれば長い年月をかけることだって容易い。
だから早くこの爆発を――
「――!?」
自身の肉体が爆ぜていく感覚。
急激にHPが削られていき、シュヴァ―ゲルでの回復を試みるが、追いつかない。
連射をするが、それ以上にHPがゼロへと近づいていく。
「これ、は……」
「《死線は超えられず》」
クリアントは先ほど発動した【自殺王】奥義の名を再び発する。
その名は最終奥義である《死線は超えている》と名こそ近いが全くの別物。
死を与えるのが相手か自身か、その違いである。
ルーチェの肉体の爆発は止まらない。
幾度も幾度も幾度も幾度も……彼女が此れまでの生で味わった数と同等だけ与えられていく。
「生きている間に死の恐怖を感じたことはあるか? このスキルは死を思い出させる……最も多い瀕死体験を繰り返させるスキルだ」
人生において傷一つ無く過ごすことは不可能。
それはささくれでも、深爪でも、何でも傷だ。
要は、それが深いか浅いか。
死に瀕するか否か、だ。
《死線は超えられず》は最も瀕死に追い込まれたダメージ要因を再度与えるスキルである。
斬られた回数が多ければ斬撃ダメージ全てを。
潰された回数が多ければ圧迫ダメージ全てを。
燃やされた回数が多ければ燃焼ダメージ全てを。
回数とダメージ量。その算出において最も死に近くなるものを選ぶ。
必然、人生における回復量が多くなる者程、死に瀕した体験が多いと判定されるだろう。
《死線は超えられず》。長き時を生きた者程死に追い込むスキル。
死に近づき、死ねなかった者を死なせるスキルである。
「俺の《自爆》によるダメージだけだと回復が追いつく可能性があったかもしれない。フィリップには助けられたな」
そして、要因さえ辻褄が合えば、時間経過も、誰からであろうと関係無い。
生後直後の傷であろうと、他の者に与えられた傷であろうと、要因さえ同種であれば等しくダメージ算出されてしまう。
クリアントの《自爆》、フィリップの砲撃。
これらは爆発というカテゴリーに入り、そのダメージ量全てがルーチェという女に――
「あっ……待っ……これ私のじゃ――」
――だけで無かった。
記憶も感情も、シュヴァーゲルは死と同時に持ち去った。
それは彼のものであり、ルーチェとしても必要の無かったもの。
そして、ステータス表記にも乗らないものであったために、付与の対象としても確認しようが無い。
だが、ルーチェの誤算として、必要の無かったものが一つだけ置いていかれてしまった。
死因の概算。
シュヴァーゲルが此れまでに与えられたダメージ量。
無論、フィリップによる砲撃も対象だ。
これらは《死線は超えられず》発動時にのみメニュー画面に表記される特殊ステータス。
通常であれば確認のしようが無く、故にルーチェも見落としていた。
『記憶と感情以外の全てを寄越せ』などと言うものだから。
傷やダメージといった不要なものは捨てたつもりだった。
まさか、ダメージ要因なる表記までもが背負わされるなどとは想像もしなかっただろう。
フィリップが諦めることなく、シュヴァ―ゲルの装甲に阻まれながらも続けた砲撃。
その全てが、シュヴァ―ゲルにとって大したことが無くても、ルーチェにとって大したことが無くても。
同時に降りかかれば、致死量には十分過ぎた。
「――ッ!!」
最早、シュヴァ―ゲルがあろうと無かろうと。
強固な装甲があったところで防げやしない、単純な内部からの爆破ダメージ。
目玉が吹き飛ぶ。
筋が爆ぜる。
骨が砕ける。
それら全てが爆風に乗り、散っていく。
ルーチェであったものは、ルーチェで無くなり、肉片すらそこに残さず消えていく。
最後に想い馳せることさえ許さず、後悔することさえさせず、ただ死線を無理やりに超えさせられた。
「……ふう」
今度こそ、シュヴァーゲルもルーチェも死に、クリアントは短く息を吐く。
強力無比なスキルだ。
反動も無く、無暗に使うことも出来る。
だが、使い時は選ばなくてはならない。
決め時で無くては通用しないスキルだ。
「なんだか良く分からないが……シュヴァーゲルが死んでくれて助かった」
「あの装甲の内には先輩の自爆もダメージ入りづらいでしょうからね」
「……しかしずっと黙ってたな。俺1人で戦っているかと思ったぞ」
戦闘が終わり、ワンプの声が聞こえる。
油断は怠らず、ルール体は解除されないままだ。
「そりゃ、久しぶりの先輩の見せ場を邪魔しては悪いですからね。そこのところはメインヒロインであるワンプちゃん、弁えてますよ」
見せ場が久しぶりで悪かったなと思ったが、そういえば最近は死んで戦線離脱も多かったとクリアントは思い出す。
蜜の奪還隊から逸れたのも、そもそもクリアントが死んだことが原因だ。
「そして正妻だからこそ、余裕の見せどころです。さあ、行ってあげてください」
「どこに……って、ああ。そうか」
フィリップの姿はもう無い。
一度死んだ姿を見ている。
どうにか生き延びていたのだろうが、その効果時間も切れてしまったのだろう。
残るは1人……1人だけだ。
いつもの年不相応にクリアントを惑わそうとする少女の姿は見えない。
彼女はクリアントをこの戦場に誘導し、そのまま何処かへと消えてしまった。
「クー……」
「クリアント君。勝ったね……」
勝利の笑顔とは呼べない、少しだけ寂しい笑み。
勝ったことで余裕が出来、その勝利を共に喜ぶ相手がいないことに気づいたのだろう。
「モーは……託していったんだな」
クャントルスカの背にある翼を見る。
見慣れたものであり、だからこそ、もう居ないのだと容易に察せられた。
「……うん。私がモー・ショボー。愛を食べる怪鳥。だから、もう大丈夫……。だけど、今日はもうログアウトしていいかな? 少しだけ、疲れちゃった」
長い戦闘も加わり、精神の疲労は多大であった。
強靭なメンタルの持ち主であるクャントルスカであっても限界は近かった。
「ああ。後処理は俺がやっておくさ。それくらいは、させて欲しい」
「……ありがとう。大好きだよ」
これまでと変わらない、だけど少しだけ込められたニュアンスが違う、愛の言葉を残してクャントルスカは消えていく。
それを見送り、クリアントは在りもしない蜜を3時間程探すのであった。
《死線は超えられず》
〈マスター〉であればデスペナでリセットされます。
生まれたての赤ちゃんとか一番ダメージ発生しない。