<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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Aside まにまに問答 1

■とある森

 

 雨が降っていた。

 曇天から降り続く静かな雨。

 

 血も。

 涙も。

 煙も。

 戦いの跡も。

 

 罪も何もかもを洗い流すような静かな雨。

 

 時折、木々が揺れる。

 森のざわめきに合わせて、地に滴が落ちる。

 

「――」

 

 骸は動くことも出来ず、滴を受け止める。

 綺麗な死体であった。

 傷一つ……とは、森の民に言えるものでは無いが。

 死因と成り得そうな傷は何一つ無い。

 病で死んだのか。

 寿命で死んだのか。

 判別の付かないような死体だ。

 

「――ァァァァァ」

 

 森の中に声が響く。

 生まれたての赤子の声。

 その生命は何よりも純粋で穢れを知らない。

 だから生きていた。

 

 赤子は鳴き続ける。

 親は死に。

 親類全てが死に。

 隣近所も死んでいる。

 見渡したところで生存者はどれだけ見つかるだろう。

 

「――いたぞ! こっちにもだ!」

 

 否、すぐに見つかることだろう。

 赤子の声は良く響く。

 向こうから見つけてくれる。

 

 赤子を探し出したのは10にも満たない子供であった。

 同じ村に住む少年だ。

 見知った顔に赤子は泣き止む。

 きっと、歳を経れば聡明な子に育ったであろう。

 

「くそっ……大人は皆死んじまった……」

「私達だけでどうするの……!?」

 

 村は死体だらけであった。

 隣を見渡しても死体。

 村の入り口も、森の中も。

 等しく死体があった。

 

 ただ、例外があるとすれば。

 家の中にいた者と子供。

 彼らだけは生きていた。

 

 すぐに察した。

 子供が死なない理由は分からないが、大人は雨に当たったせいであろう、と。

 雨に触れさえしなければ、ひとまず死ぬことは無い。

 

 何故こうなったのかは分からない。

 分かるのは、雨に触れてはならないこと。

 家の中にいれば安全だということ。

 

 仕組みも分からず、確証も得ないままであるが。

 安心できる材料だけは欲しかった。

 推測の域を出ないままだとしても。

 

 

 

 

 その森に住む民は12歳より上を成人としていた。

 成人の証として、3日に一度、自分で獲物を狩るという風習があった。

 

 森の資源は潤沢であった。

 狩れども狩れども尽きぬ獣達。

 採れども採れども実る植物。

 

 狩猟に生きる民であったためか、戦闘系職業に秀でた者が多く、故に大抵のモンスターも彼らにとっては食料同然。

 

「おうい! また取って来たぞ!」

 

 そして、狩猟民族であるが故か、彼らは良く食べる。

 身体を動かし、腹を満たし、眠る。

 当たり前のことであるが、それが難しい。

 だけど、最も健康的であることを理解していた。

 

 森に感謝し、彼らはその日も狩った獲物を食らう。

 11歳以下の子供らは大人の狩ってきた肉を食べながら、どのような狩猟が効率的か学ぶ。

 そうして、彼らは世代のサイクルを何代も跨いできた。

 

 大人が老人と成り、子が大人となり。

 大人が子を産み育てる。

 村は何時までも健康的に存続する。

 それ以外を望まず。

 それ以上を欲さず。

 

 そんな、森の民であるが、一つだけ問題があった。

 それは、慢性的な水不足だ。

 川はあるが、やや枯れかかっており、雨が降ることで一時的に潤う。

 そんな状態が十数年続いていた。

 何時雨が降らなくなり、乾いた土地になるか分からない。

 そうなれば、民だけでなく、森全体が枯れていく。

 植物も枯れれば、果実の恩恵も受けられないだろう。

 

 彼は待った。

 雨を。

 一月に一度だけ振れば良い程度の雨を待ち。

 

 そして、待ち続けてから二月後にようやく祈りは届いた。

 

「あぁ……今回は長かった……」

「時期が悪かった……のか?」

「もしかすると空の機嫌が悪いのかもしれぬ」

 

 狩猟民族であるが故に魔術師系統に就ける者は皆無。

 そのため、水を生み出せる魔法を使える者もいない。

 

 彼らが水を得るためには雨を待つ他無いのだ。

 

「供物を捧げた甲斐があった」

「二月、か……。次はもっと多くの供物が必要となる、か……?」

 

 供物とは森で捕らえた獲物のこと。

 ここ10日程は村の大人総出で供物と成り得る大型のモンスターを狩っていた。

 

 だが、年長者達は危惧していた。

 次はこの程度で済むのだろうか、と。

 

「水を溜めるにはどうすれば良いか……」

「冬季には雪が降る。それを活かせぬものか」

 

 比較的、知恵者達が集う中――

 

「ん?」

 

 ――雨の勢いが変わった。

 

 これまでは地面に叩きつけられるような大雨が。

 静かな、優しい雨へと変わったのだ。

 

 雨量の変化は民たちにとって死活問題。

 このまま止まってしまえば、いずれまた森が枯れ始めるだろう。

 

「俺、雨乞いしてくる!」

 

 と、子の1人が家から飛び出した。

 

「空よ! 我らが森を覆う高き空よ! 恵みの雨を我らにどうか! 生きていけるだけの雨を恵まれよ!」

 

 そう、叫んだのであった。

 無論、雨は静かなままだ。

 だが、静かであるからこそ村中にその雨乞いは響いた。

 

「……俺もやるぞ!」

「ああ。じっとしていられない!」

 

 それを聞いた子だけでなく、大人たちも心動かされた。

 どのみちやれることはない。

 ならば、自分たちも乞うべきであると。

 

 勇気ある者も、臆病な者も、慎重な者も、軽率な者も、強き者も、弱き者も。

 皆が雨の下に出た。

 

 そして、等しく死んだ。

 

「……え」

 

 その異常性に気づいたのは、雨乞いを始めた子であった。

 家から出て雨に当たった大人が、死んでいくのだ。

 

「なん、で……」

 

 レベルが高く、村中の羨望の対象であった父。

 料理が上手く、自分で狩った獲物をその場で捌く母。

 2人とも、何が起こったか理解できないままの表情で死んでいた。

 いっそ、苦しそうでないだけ良かったと思う程だ。

 

「な、なななななな――」

 

 と、子はすぐに気づいた。

 自分も危ない、と。

 

 雨に毒でも混じっていたのか。

 分からないが、大人でさえ即死するような雨の下に何時までもいられるものではない。

 

「も、戻れ! 皆、家の中に戻るんだ!」

 

 子の言葉により、生き延びていた者は家の中に戻ろうとする。

 だが、大人達の死体に腰を抜かし動けない子もいる。

 それを助けようと、雨具を装着した大人が家から飛び出し――子を担ぎ上げようとした拍子に雨の1滴が指に触れ、死んだ。

 

「――ッ!」

 

 雨の触れた……濡れた量ではない。

 何かある。

 これはただの天災では無い。

 誰かの悪意が介在している現象だ。

 

 生き延びた子は考える。

 自分はどうやら平気なようだ、と。

 いくら雨に打たれようと死ぬことは無い。

 ……であれば、自分が助けるしかない。

 

「今……行くからな」

 

 脚が震える。

 何時、外に放り出されたままの子と同じように動かなくなってもおかしくはない。

 死の恐怖と戦いながら、懸命に走る。

 止まれば死の恐怖に飲み込まれると分かりながら。

 それでも雨の中を走った。

 

 静かな雨が疎ましい。

 静かなだけに、生き延びてしまった者のすすり泣く声が聞こえる。

 赤子の声が響く。

 

 

 こうして、僅か1時間も満たぬうちに村の大多数が死に、子と大人の一部が生き残った。

 ある者は生き延びたことに安堵し、ある者はこれからどうしたらいいのか不安になる。

 

『嗚呼。無垢なる者。まだこれだけ存在していたのか』

 

 空から声がした。

 同時に、雨が止む。

 だが、村は変わらず影っていた。

 

「雲……?」

「違う! 空に何かがいるぞ」

 

 村を覆い尽くす何かが見下ろしていた。

 その正体は、逆光となり見えない。

 

『罪深き者は地に伏す。故に生き残った其方達は我が寵愛に相応しい』

 

 ソレは身を震わせる。

 

『嗚呼! 嗚呼! 罪には罰を。無垢には真実を。神には贄を』

 

 ソレが喜んでいると気づくには数瞬かかった。

 何故ならば、

 

「ギィ――ッァァァァァァァ」

 

 隣の家に隠れていた子の1人がソレの巨大な手に摘まみ取られたからだ。

 ソレは子を掌に乗せると、

 

『喜べ、人の子よ。選ばれたことに。我が口に運ばれることに』

 

 子を丸飲みにした。

 

 それ以上は悲鳴をあげることも許さず、咀嚼された子がどうなったか、予測するだけでも恐ろしい。

 

『嗚呼! 嗚呼! まだ居る。無垢なる者はまだまだ居る』

 

 そして次々とソレは生き延びた民を喰らい始める。

 感嘆に満ちた声で、悲壮を飲み込んでいく。

 

『最後とは嘆かわしい』

 

 最後の1人は、雨乞いを最初に始めた子であった。

 もしも雨乞いをしなければ……。

 そう後悔をするも、だけどどのみちこの村は終わりを迎えていたであろう。

 大人がいたところで変わりはない。

 ただ等しく死ぬだけだ。

 

 ソレは腹が満たされると村を旅立つ。

 新たな選別をしに。

 無垢なる者を探しに。

 

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