<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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20話 兄と海賊

■【???】デメンタリー・ノッツ

 

 デメンタリーが超級職となってからどれだけの時間が経ったであろうか。

 エンブリオはそれよりかなり前から第六形態へと到達していた。

 必殺スキルを覚えてもそれを扱いきれなかった。

 だが、超級職のスキルがこれ以上なく噛み合った。

 シナジーどころか、依存するほどに超級職のスキル無くしては戦えない。

 せいぜいが神殿の機能維持程度だ。

 

「先生、お願いしますぜ」

 

 だから、周囲から強さを認められたのは超級職になってから。

 元は【潜水王】を目指していたのだが、その過程で就いた今の超級職。

 今となっては現在の方がよほどエンブリオと合致しているとデメンタリーは思っている。

 フィリップもかつては【潜水王】になろうとし、他の〈マスター〉が就いているため別の超級職を目指していることを知ればきっと笑うことだろう。考えていることは同じ、似たもの兄妹と。

 

「……先生?」

「ああ。分かっている」

 

 目の前には首を傾げている海賊達。計5人の〈マスター〉。

 ただのUBMを倒すための戦力としては申し分ない。

 だが、挑むは古代伝説級UBM【千貶万花 グラスゴード】。

 超級職であるデメンタリー1人では持てあますだろうし、海賊達だけでも倒せるかどうか分からない。

 

「……契約にもある通り、俺はあくまで戦場を作り出すだけだ。後はお前達でやってくれ」

「ああ。勿論だ。下手に先生がMVPに選ばれちまっても困るもんなぁ」

「へへ。俺が手に入れてやるもんな」

「土壇場で裏切るんじゃねえぞ?」

 

 普段は海賊プレイに準じている彼らであるが、リアルでは仲の良い友人なのだろう。

 軽口を叩き合っているが、その中には互いを信頼していると思わしき発言が多々ある。

 

「……良いものだな」

 

 ふと零してしまう。

 そして思い出す。

 かつてデメンタリー、ソーキュー、フィリップの3人でこの世界を楽しんでいたことを。

 純粋に、楽しんでいた頃を。

 

「だろう? やっぱ移動にはこいつのクイーン・アンズ・リベンジよ。海中で使えるのは先生のおかげでもあるがな」

 

 【復讐艦クイーン・アンズ・リベンジ】。かの大海賊、エドワード・ティーチの旗艦をモチーフにしたエンブリオである。

 フィリップのノーチラス号と似たような、乗物に類するエンブリオであるが、戦闘に関してはこちらに分がある。

 

「いや、海中に関しちゃ先生の妹のフィリップの奴のが上手だな。俺の艦じゃあ左右前後へは進めるが、上下に関しちゃ難しい。大砲や……他のも含めての戦闘になれば俺の方が強いがな」

 

 移動能力に関しては素直に負けを認め、逆に自身の勝っている部分を上げるクイーン・アンズ・リベンジの〈マスター〉。

 先ほどのフィリップ達との会話とのギャップにデメンタリーは微笑ましく思ってしまう。

 

「お前達は、なぜ海賊として振舞うんだ?」

 

 普通にプレイしていれば、彼らを嫌悪する者も減るだろう。

 人付き合いをするにはそちらの方が断然良い。

 

「あ? だってよ……そんなのはリアルでやればいいだけじゃねえか」

「ああ。俺達、クラスじゃ友達は多い方だぜ? 同じことをこっちでやってもつまらないだけだろ」

 

 非日常を味わいたいのならば、日常にやらないことをすればいい。

 彼らがこのゲームを行う理由は単純であった。

 故に、行動もシンプル。

 他者から奪う海賊プレイなのだ。

 

「そういや、先生は戦闘中はどうするんだ?」

「先程も言ったが、見ているだけだが……?」

「ああいや、そうじゃなくて。それなりに近くにいなきゃいけないみたいじゃねえか。だとすると、巻き込まれないようにどうしているんだ?」

「……くくっ」

 

 デメンタリーは笑ってしまう。

 ああ、本当に良い連中だと。

 まさか、気遣われるなど思っていなかった。

 

「ああ。心配はしないでいい。俺は海底に生きる者だ。奴とは戦えずとも、生き残ることには問題は無い」

 

 と、海中を進むクイーン・アンズ・リベンジは急な旋回を行う。

 エンブリオの能力なのか、特に搭乗者は振り回されることなく、敵の接近に備える。

 

「お出ましだ」

「馬鹿。こいつは手足の1本。グラスコードに近づいちゃいるが、本体じゃねえぞ」

「あ、そうか」

 

 【グラスコード】と表記された1匹の手足の無いドラゴン。

 それは瞬く間に大砲の一撃で処理された。

 

「なんだ、経験値はしょぼいな」

 

 倒した海賊の1人がそう愚痴る。

 

「当たり前だ。こいつらは1匹1匹は大したことのない手足。上級職にとっては簡単に倒せる設定なのだろう。経験値も相応に低い」

 

 それを800匹も生み出すグラスコード本体は、だからこそ経験値も膨大なはずだ。

 尤も、UBMを倒すうま味は経験値だけではないが。

 

「お、船のレーダーに反応あり。グラスコードは近いぞ」

「本当か」

「ああ。なんせ敵の数が悍ましいくらいだ。イワシの大群かよってくらいにな」

 

 実際にイワシにも似た生態のモンスターもいるみたいだが、この場合はやはりグラスコードに近づいているということなのだろう。

 手足1本1本がドラゴンであり、その総数は800近く。

 

「……俺の能力の範囲内にはすでに入っている。ここで俺は降りるぞ」

「おう。頼むぜ先生」

 

 前進する海賊船からデメンタリーは飛び降りる。

 そのまま何の抵抗もダメージも受けないまま海底に着地すると、先ほどから発動していた必殺スキルの対象を海賊船からデメンタリーに移しにかかる。

 

「……ふん」

 

 タコ型のモンスターと噂に回っているが、近くでみればそれは間違いだと言いたくなる。

 もはや触手に囲まれた球体だ。

 精神力の低い者が見れば気を病んでしまうビジュアルをしている。

 それに加えて目視できるだけでも相当な大きさだ。

 巨大な海賊船であるクイーン・アンズ・リベンジが玩具に見えてしまうほどに。

 

 やがて海賊船も海底に停まる。

 グラスコードを無視して……いや、迫る【グラスコード】を撃退しながらではあるが。

 

 だが、それでも彼らは海底に辿り着かなければならなかった。

 そうでなければ、彼らは墜落してしまうのだから。

 

 デメンタリーは一呼吸おいてから、必殺スキルの名を唱える。

 

「《鎮め、静め、沈め(フナユーレイ)》」

 

 周囲の静寂が終わりを迎える。

 水に包まれた海底は、地上と同等の空間に変わっていく。

 

「Fu――?」

 

 海中に漂っていた【グラスコード】は残らず海水の無い海底に叩きつけられていく。

 本体さえも僅かなダメージを受けて海底に落ちる。

 

「……期せずしてダメージを与えてしまったか」

 

 まさか本体にもダメージが入るとはデメンタリーも思ってはいなかった。

 せいぜいが驚かせる程度と思っていた。

 

「ここからは見ているだけだ。……これ以上の力が出せないだけだがな」

 

 海底に落ちたグラスコード本体に向かい海賊たちは駆ける。

 本体から切り離され海中にいたグラスコード達は未だ混乱から抜け出せていない。

 

「行くぜ! 《海面に頭を出す者(ウミボウズ)》!」

「《魅惑の美歌(セイレーン)》!」

「うおおおおおお!」

「《神にも届く摩天楼(バベル)》!」

「《奪え! 野郎ども!(クイーン・アンズ・リベンジ)》!」

 

 約1名、デメンタリーのせいでエンブリオの力を発揮できない者もいるが、他は全員必殺スキルを発動する。

 

 混乱から覚めた【グラスコード】達は人魚の美声に惹かれて、ゆらゆらと無防備に海底を這いずりだす。

 そこを海賊船から出現した海賊姿のガードナー達が剣や銃で倒していく。

 

 グラスコード本体へは、真下から出現した摩天楼によりダメージとその場から動けなくなるデバフを受け、同時に巨人による攻撃を受けていく。

 

「《クリムゾン・スフィア》!」

 

 唯一、エンブリオの力を使えない〈マスター〉も魔法や己の武器で【グラスコード】を倒す。

 

「……」

 

 その連携をデメンタリーは眺めながら考える。

 戦法は間違っていない。

 人間は結局、地上に適応した生物だ。

 デメンタリー本人はともかく、他の者達はいくらジョブで海中に適応しようと、海に生まれ海で育ったモンスターらに海中での戦闘は一歩遅れることが多い。

 特に、海上戦では多大なバフがかかる海賊系統の職業ではなおさらだ。

 海中で戦いながらも地上に戦場を移してしまえばいい。

 それがデメンタリーには出来る。

 

 グラスコードの動きの一部を封じながら。

 海賊達は海上と同じバフを受けながら。同時に海中でのバフも受け取りながら。

 

 かつてグラスコードに襲われた街の兵士たちは奴を地上にまでおびき寄せて戦ったのだという。

 それは正解なのだろう。

 こちらの領土で戦えば、奴も満足力を発揮できまい。

 互いに力を出し合い――なんて言っている奴等は自分が優位であることを知る上での余裕の発言なのだ。

 追い込まれた人間は何でもする。追い込まれずとも何とでもする。

 

 化け物――神相手であれば尚更、手段なんてのは選んでいられないのだ。

 

「……良い奴等だったんだがな」

 

 デメンタリーは海底に1人佇みながら戦いの行く末を眺めていた。

 

 

 

 

■どこかの家にて

 

「それで? 結局勝てたのかな」

 

 兄の部屋でフィリップは問う。

 戦力としてはフィリップを遥かに超えている。

 相性もそう悪いとは思えない。

 デメンタリーのバックアップがありながらの本体と群体を分けての討伐。

 

「……いいや、負けだ」

 

 デメンタリーは妹の問いに首を横に振る。

 それだけの戦力でも勝てなかったとフィリップに伝える。

 

「……グラスコードの力とは何だと思う?」

「ふむ……800匹のドラゴンかな。それだけの数を同時に相手するとなれば、かの破壊王並みに制圧力が必要になるだろうね」

「間違ってはいない……が、足りないな」

 

 それだけであれば海賊たちは上手く対処していた。

 800匹のドラゴンも行動を制限されれば動かない的だ。

 

「【グラスコード】は本体から放たれれば単独で行動できる。……ならば、本体の手足はどうなる? 先ほどまでドラゴンが生えていた腕の根元はどうなると思う?」

「……それは」

「圧倒的な回復力……とも少し違うがな。トカゲが千切った尾を再び生やすように。自ら自切した手足の根元からは再びドラゴンが生まれてくる」

「なっ!?」

 

 馬鹿げた話だ。

 800匹のドラゴンを体から放てば、すぐに次のドラゴンを放つ。

 

「……せめて無尽蔵で無かったことに安堵すべきか。恐らくは800を超えた数のドラゴンが体から放たれれば最初の1匹から死んでいくのだろう」

 

 逆に、1匹でも【グラスコード】が死ねば、本体からは新たな【グラスコード】が放たれる。

 

「同時に800匹のドラゴンを相手にしながら本体と闘わなければならない。おまけに、奴らは互いに干渉しない能力も持ち合わせているのだろう。フレンドリーファイアを受けている様子が無かったな」

 

 1人目はやはりエンブリオを使用できなかった〈マスター〉であった。

 彼に同時に喰らいついた【グラスコード】は13匹。

 800匹から見れば少ない数であるが、その攻撃力から見れば13匹は十分に致命傷だ。

 しかし、彼らは同じ個所に牙を食い込ませても、互いの体をぶつからせることは無かった。

 まるで同化するように。あるいは違う次元にいるように。

 互いに気にせず獲物に喰らいついていた。

 

「……お前もグラスコードに挑むつもりなんだな」

「ああ。そのつもりだ。頼もしい助っ人もいることだしね」

「……そうか。あの男か」

 

 デメンタリーは思い出す。

 フィリップと共にいた男を。

 あの男がいるから。フィリップな無駄な戦いに挑もうとしている。

 誰がいようと関係ない。

 グラスコードには負けるのに。

 なのに、あの男がフィリップが勝てるという幻惑に惑わせてしまっている。

 

「……兄さん?」

「なんでもない……」

 

 幸いと言うべきか。

 海賊たちは1人目を皮切りに、次々と瓦解して全滅してしまったが、デメンタリー本人は無事である。

 超級職のスキルを使って生き延びた。

 

 だからまだやれることがある。

 やらなければならないことがある。

 グラスコードには負けたが。

 他の者には負けることは無い。

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