<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【問王】パリドーネ
生き残りの少年の名はアラブというらしい。
暫く言葉を発することが出来なかったが、やがてぽつりぽつりと溢し始めた。
「オイラ……雨に触れなかったんだ。大人たちが、今日は蓄えがまだあるからって狩猟にも出してくれなくて。……でも、それは嘘だってすぐに分かって」
「彼らも薄々理解していたのでしょう。この森の中での殺生こそが死に繋がると。故に犠牲を最低限で済むように子供は狩りに出さなかった」
蓄えが2日分と言っていたが、アラブの言葉の通りならもう少しだけもったのだろう。
あるいは、確実に待っている餓死から逃れるために犠牲を覚悟で村を生かすためにそうせざるを得なかったのか。
「だから……追いかけたんだ……。モンスターの1匹を狩っている時にオイラも少しだけ手伝って、でもすぐに見つかって……」
……要領を得ないどころか、聞いてもいない話が続く。
アラブは混乱している。
無理もないだろう。
だが、私達に残された時間もそう多くは無い。
「それで村に連れ戻され――」
「そんなことよりも。この村を襲ったモンスターについて聞きたい。外見は? 見た限りの力は? どのような手順で何人が殺され、誰が死なず、誰が生き残り、そして死んだのでしょう?」
「ちょ、ちょっとちょっとパリドーネちゃん?」
「何です、レシーブ」
慌てたように私の口を塞ごうとレシーブは手を伸ばす。
私はそれを振り払い、質問を続けようとし、
「ああ、もう! 【ムル・クル】ちゃん達も手伝ってください」
数匹の犬型モンスターに押さえつけられた。
「……だから、何でしょう?」
「焦りすぎですよ。そんな矢継ぎ早に質問されたら答えられるものも答えられませんって。別に早押しクイズをしているんじゃないんですから」
「……それもそうですね」
では、質問を変えましょう。
「貴方は何を見たのでしょう」
「……オイラは――」
「Gyaoooooooooooooooooooonnnnnn!!!」
その答えを聞くことは出来なかった。
レシーブの操る犬型モンスターよりも遥かに大きな、狼のようなモンスターが村に入り込んできたからだ。
クャントルスカや夢味でも抑えきれない程の数。
そのうちの1匹が私達に牙を剥く。
「ッ!?」
四肢に噛みつく【ムル・クル】を意に介さず薙ぎ払う。
その一撃で彼らは光へと消えていった。
「……レシーブ。他に使役出来そうなモンスターは?」
「いませんねぇ。ここら一帯のモンスターは全て操られているみたいです」
「……【ムル・クル】は? 何故彼らだけは操ることが出来たのです?」
1体残らずということであれば、先の小型犬は何故使役出来たのだろう。
確か、【動物王】とアテネの力でも相殺するのが精いっぱいだったはず。
「ふっふーん。これを見てください」
彼女は自身の右手の甲を見せる。
そこには、かつて無かったはずのものがあった。
「サブジョブを【従魔師】で埋めたのですね」
現地調達で事足りるからと、これまで指揮官系統で埋めていたはずだが。
なるほど、【動物王】と相性の良い従魔師系統も入れたのか。
「はい。別にテイムモンスターをジュエルに入れるだけなら必要無かったんですけどね。これを機にジョブ編成を見直そうかなと思いまして」
「ならば、まだそこにモンスターはいるのでしょうか? この劣勢を返せるような――」
「もう品切りですね。元より緊急時の足止め程度だったので」
「……そうですか」
【動物王】ではステータス以下のモンスターしか使役出来ないが、【従魔師】で使役するのであれば、それは別の話になるだろう。
己のステータス以上のモンスターをテイムしていれば、とも思ったがそれは高望みであったようだ。
そんな、話をしている間にもオオカミ型モンスターは迫る。
背後に隠したアラブは震えており、恐らく役に立たない。
「……では。一つだけ策があります」
「ふうん?」
「これは私と貴女が揃った時にしか出来ないコンボ。少なくとも目の前の敵くらいであれば無力化出来るでしょう」
そう、【問王】パリドーネと【動物王】レシーブ・キープの2人であれば。
「まずは――」
逃げるモンスターの背を油断なく見つめる。
だが、完全に戦意の喪失した相手は一度も振り返ることなく消えていった。
「……なんとかなりましたか」
こちらの負傷は軽微。
私もレシーブも素のステータスはそれほど高くないため、幾つかの被弾こそしたが、それも許容内。
回復アイテムを使いしばらくすれば全快するだろう。
「レシーブちゃん。パリドーネちゃん。ごめんね、遅くなった!」
周囲のモンスターの気配が消える。
クャントルスカ達が追い払いきったのだろう。
「いえ。こちらも軽微の負傷で済みました。そして、少年も目覚めています。話はまだ聞けていませんが」
乱入者も消えたことでようやく状況を聞き出せる。
とはいえ、正直そこまでの情報があるとは思えない。
生きているということはモンスターの目に止まらなかった……隠れていたということ。
互いに視界に入らなかった可能性が高い。
「……最初はでかい人間――巨人が来たのかと思った」
「ふむ?」
「雨が降ったんだ。……オイラはちょうど家にいて。雨に触れることは無かった。同じように隠れてる奴はたくさんいた。ソレが、触ったら危ないってのは皆分かってた。その後すぐだ。奴が来た」
「ソレこそがUBMでしょうか?」
「分かんねえ……でも、巨人……人間じゃねえことは確かだ。ソレは隠れてた奴を家を破壊しながら探し出して、そして食べたんだ」
隠れていたのに何故分かるのか、などという愚問はしない。
当然、見えずとも聞こえたのだろう。
断末魔の悲鳴が、生き延びてしまった村人の死ぬ直前の絶望を物語っていた。
「……オイラの家も壊された。でも屋根の下敷きになって、それが上手くオイラの体を隠してくれて……気づいたらお姉ちゃん達に起こされてた」
家を破壊出来る存在というのはこの世界で決して珍しいものではない。
私とて質問を重ねていけばその程度の芸当は可能であるし、レシーブも必殺スキルを発動すれば同様だ。
素で行えそうなクャントルスカもここにはいる。
「巨人、ですか」
森の中で目立ちそうなものだ。
他の生き延び、そしてその日のうちに亡くなってしまったティアンもそのようなことを言っていた。
「そのモンスターは何か言ってはいませんでしたか? 罪とか、罰とか」
「言っていたな……『痛みには罰を、神たる我は罪の代弁者』とかだったかな」
神……それはどのような意味を込めてであろう。
単に神を気取っているのか、それとも等級として名乗っているのか……。
後者で無いことを祈るだけだ。
「どう? パリドーネちゃん。何か敵のヒントに繋がるかな?」
「これだけでは何とも……。ですが、先のモンスター達の襲撃。これがUBMが近くにいることを示唆するのであれば――」
その時であった。
ポツリ、と。
雨が降り出した。
静かな雨だ。
降り出すまでの予兆が一切無く、気づいた時には私の腕に触れていた。
「……ッ!?」
すぐに雨粒を振り払う。
それがどれだけ無駄なことであるか、頭で分かっていながらも、せずにいられない。
殺した人数も、犯罪歴も、身に覚えがありすぎる。
駄目だ。
死を覚悟する。
「……」
願わくば。
このモンスターが生き延びた誰かに手によって討伐されますように。
「……」
もう、犠牲者を出しませんように。
冷たい雨だ。
身を震わせる雨。
「……?」
だけど、私は死ななかった。
「……UBMの降らせた雨ではない?」
ただの天候としての雨だったのか。
そう、安堵する私を嘲笑うかのように。
「あ……ごめん……ね。パリドーネちゃん。レシーブちゃん……」
「あーあ、結局こうなるのか」
「仕方ないね。一緒に死ぬなら、また会えるね」
雨に打たれたクャントルスカと夢味のHPが一瞬でゼロになった。
……え?
「……大丈夫。2人なら、きっと」
クャントルスカは咄嗟に回復魔法を使ったのだろう。
回復と減少。
一時は拮抗しているように見えたHPバーであったが、しかしすぐに押し戻される。
ブローチも回復魔法も意味を成さず、回復した傍からHPが消えていく。
「倒せるから」
その言葉を最後にクャントルスカは完全に消えた。
夢味はとっくに消えている。
残されたのは私とレシーブ、そしてアラブのみ。
……ああ、また私は間違えたのか。
用意したはずの正答は誤答であり。
失ったものは大きい。
「……逃げましょ――」
違う。
逃げている場合ですら無い。
背後を振り返った私の視界。
そこに映り込んだのはHPが徐々に削れていくアラブの姿。
「雨に……ダメージが……!?」
触れれば死ぬのでは無かったのか……!?
何もかもが違う。
それすらも、私は間違えていた……。
「行こう、パリドーネちゃん。このままだとその子、死んじゃいますよ」
そう促され私はアラブを雨に晒されない場所に移すべく走り出す。
もはや村は安全地帯では無い。
むしろ木々に隠れられる森の中の方が安全と言えるだろう。
「……ここです!」
「さ、早く入ると良いですよ。地面も濡れていませんし、ここなら完全に雨は防げますね」
雨に濡れない安全地帯。
そこに隠れることで、改めて実感する。
〈超級〉すら一撃で殺して見せる敵の能力。
未だ正体不明。能力不明の敵。
「……難問ですね」
そう、呟くのがやっとであった。