<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【問王】パリドーネ
【鬼守仏信 フト】。
大仏型モンスター。
その大きさは推定で11m……鎌倉大仏程であろうか。
主な攻撃手段は巨体を生かした掌打と踏みつけ、そして捕食。
それだけであれば巨大な人型モンスターの域を出ない。
だが、『与ダメージから被ダメージを減算した数値を固定ダメージとして与える雨』を能力として持つために、迂闊に攻撃を行うことが出来ない。
与ダメージも被ダメージも、対象は誰でも良いらしい。
どうにか私とレシーブでダメージ量を調節出来ないか画策してみたが、無駄だ。
どうであれ、攻撃してしまえば、誰かが犠牲にならなければならない能力となっている。
それも、ダメージ量が大きければ大きい程。帳消しになど出来ない。
「攻撃のタイミングはこちらで指示します。レシーブは力を溜めてください」
「分かりましたぁ!」
「加えて、モンスターを操る力があります。こちらはレシーブ、貴女に任せても?」
「そうですねぇ。【動物王】の名にかけて、指揮権を奪ってみせましょうか」
レシーブの肩より梟が飛び立つ。
雨の中であるにもかかわらず、空高く飛び、主に向かって一啼きする。
「《
レシーブのステータスが急上昇していく。
この瞬間、この場において最もステータスの高い存在がフトからレシーブへと移る。
「このまま殴っても倒せそうですよねぇ」
「いえ……何かまだあるはずです。貴女のそのステータスは切り札。相手の手の内が知れてからの方がいいでしょう」
「そうですかぁ? なら――」
レシーブは地に手を当てる。
周囲のモンスターを探っているようだ。
【動物王】でもフトの支配が及んでいるモンスターでは操ることが出来ない。
ならばどうするか。
その答えはレシーブ自身が良く分かっている。
「少し遠くからですが……来てくださいねー。団体様のご招待です」
降り続いていた雨が止んだ。
そう、錯覚するほどの時間、雨が本当に体に触れなかったのだ。
同時に、頭上が黒く染まる。
「……これは」
「離れた洞窟の中で眠っていたところを起こしました。【ケミカル・バッド】……まあコウモリちゃんの一種ですねぇ」
蝙蝠と呼ぶには大きすぎる気もするが……みれば、1体1体が亜竜級程度に強い。
そこに純竜級モンスターも混じっている。
彼らは雨に触れようとも死ぬことは無い。
洞窟の奥でひっそりと暮らす、他者を害したことのないようなモンスターをレシーブは選んだのだろう。
「どうします? このままアタックさせちゃいますか?」
「そうですね。まずは様子見を兼ねて――」
だが、レシーブがフトの支配するモンスターを解放させたように。
逆もまた然りであった。
『哀れ。哀れなり。罪は増えるばかり。罰は重くなるばかり。嗚呼……何故斯様にして他の生物を弄ぶのか』
フトが右の掌を空へ掲げる。
白い靄のような光が走る。
それは次第に掌から空へと広がっていき……蝙蝠達を包み込んだ。
蝙蝠達は制御を失ったようにふらふらと飛び、それぞれが四方へと飛び散っていく。
『解放せしめし我が光は《声高良可》。嗚呼、だがしかし残念だ。彼らは自身の声をあげるまでにはいかなかったか』
フトの言葉から、本来の能力はまた別なのだろう。
だが、【動物王】のスキルと拮抗し、反発しているから互いの傘下になることもなく、ただ散開させるに至ったようだ。
数匹、光を免れた蝙蝠はいる。
だが、光がフトを取り巻くようにして広がっているため、フトを攻撃するには光に触れなければならず、触れた瞬間にレシーブの支配からも外れてしまう。
『神に背く行為。それこそが罪。罪には厳罰を』
フトが腕を薙ぐ。
レシーブ目掛けて放たれたが、その攻撃動作は遅い。
ステータスの上昇したレシーブであれば回避は余裕。
反撃さえ可能だろう。
反撃……?
「レシーブ! いけま――」
「あー……うっかりやっちゃいましたねぇ」
地面を抉る勢いで振り下ろされた右手の内、小指目掛けてレシーブは蹴りを入れていた。
思わず、というかフトがそれだけ反撃を許すような体勢でいたため仕方ないところもある。
だが、あくまで様子見……防御力を調べる程度の威力であったに違いない。
雨による固定ダメージがあることを知っているのだから、決して自身が危険に陥らないようにダメージ量を調整しているはず……!?
「って、あれれ?」
フトのHPバーが急速に減っていく。
レシーブの反応からしてそれほど力は入れていないだろう。
「な……!?」
そして、フトのHPバーは0になった。
フトのHPバーは約10万。
同じ等級のUBMとしてはかなり低い方だろう。
特殊能力に偏ったモンスターであることは頷ける。
それでもレシーブよりはHPが多い。
レシーブのHPは約8万。
……与ダメージがHP以上となる。
だが、これでフトを討伐出来たのであれば何の問題も無い。
討伐出来たのであれば。
『条件は再度満たされた。重罪には厳罰を。神を害するなど死罰すら温い』
雨が降る。
触れた罪人を殺す雨が。
その最たる対象はレシーブ。
今の彼女にとって雨粒1つ1つが即死級のダメージを与えるものである。
「……! 【ケミカル・バッド】ちゃん!」
レシーブは上空に残っていた蝙蝠に向かって叫ぶ。
雨は所詮、雨だ。
数は多くとも、その速度は秒速10mにも満たない。
故に、今体に触れようとする雨粒だけどうにかなれば――
「っのぉ!」
レシーブは地面を蹴り上げる。
雨で柔らかくなった土。
高ステータスのレシーブであれば土砂を巻き上げることは容易だ。
土砂が一瞬だけレシーブの姿を隠す。
その時間稼ぎで蝙蝠が到達する。
レシーブ目掛け飛来し、その勢いのままレシーブへ肉体をぶつけた。
「……ツ! くぅ……流石強いですねぇ」
一切の抵抗なく受けたため蝙蝠からのダメージは多大。
1匹目でHPの3割が削られ、2匹目で6割。
その間にレシーブは即効性のある回復アイテムを使い、HPを全快し、3匹目の蝙蝠からのダメージを受ける。
総計12万ダメージ。
……亜竜級にしてはダメージ量が多いが、【動物王】のスキルでバフをかけていたのだろうか。
レシーブに雨が到達する。
だが、被ダメージが与ダメージを上回った。
ひとまずレシーブへの罰は免れる。
代わりに蝙蝠達は地に落ちていく。
レシーブに与えたダメージ量が致死量に達したのだろう。
「……レシーブ。生きていて何より」
「何よりかもですがー、【ケミカル・バッド】ちゃん、死んじゃいましたよ。後は……そこまでの戦力にならない弱いのがたくさんいるくらいですね」
生きているならまだ立て直せる。
戦略の立てようもある。
少なくとも、レシーブのおかげでフトの能力がまた一つ、明らかになった。
0になったはずのフトのHPバーが満たされている。
……否、まるで別物に置き換わったようだ。
一瞬であったが、気のせいでなければHPバーは回復したのではなく、新たに出現していた。
「……ブレイクゲージ」
HPバーが一つ削れたことで、隠されていたバー全てが表面化する。
4つあるHPバー。
その内の1つが灰色に染まっている。
「……4つ分削らなければならない、と」
削ったバーの回復までどの程度の時間を要するのか分からない。
だが、ここで退散しては恐らく今の攻撃が無駄になる。
「吉報ですよレシーブ。どうやら敵は後3回倒せば死ぬようです」
「ははー。それは良い情報です。私が1回、パリドーネちゃんが1回。残る1回をどうにかすれば勝てますねぇ」
先程のレシーブのようなゾンビ戦法。
似たようなことをすれば勝てるだろう。
だがしかし、それをフトは許さない。
掌から漏れる光が一層強くなる。
それはフトだけでなく、私やレシーブまでもを覆う。
完全に【動物王】の強みを消された。
「どうです?」
「んー……声を届けるならともかく、連れてくるのは難しそうですねぇ」
「そうですか。ならば……」
持てる武器全てをアイテムボックスから取り出す。
『愚かなり。眩き我が光を見ても戦意を喪わぬとは。野蛮なり。未だ恐れ多くも立ち向かうとは』
「いえ。違います。これらは全て今の私に必要無いからと思い、取り出したもの」
武器を四方に投げる。
剣は、斧は、弓矢は、木々に、地面に、突き刺さっていく。
こんな武器があったところで、フトにはかえって逆効果だ。
「愚かというならば。野蛮というならば。佇まいを直しましょう」
私は座す。
出身国の分化よろしく、正しく座す。
「ならば問いましょう。座して問いましょう。貴方の正当性を。私達の罪を」
フトは私に攻撃しない……出来ない。
してしまえば、私達に先に攻撃を当ててしまえば、その時点で反撃を許すこととなる。
与ダメージと被ダメージのバランスを自ら崩すこととなる。
「始めましょう。私達の問答を」