<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【問王】パリドーネ
人は殺せば死ぬ。
蘇生という手段が無ければ不可逆性のものであり、覆らない事実だ。
そして、一度でも人を殺した者と殺したことの無い者は、決定的に善悪の基準が異なる。
良くも悪くも、人の死を感じ取れるようになる。
人の命の重さを、軽さを知る。
躊躇うように人を殺し。
息をするように人を殺し。
何をすれば人が死ぬか分かるようになるのだ。
私は学んだ。
生物は重要な臓器を失えば死ぬ。
血液を失えば死ぬ。
精神に多大なショックを与えれば死ぬ。
様々な死がある。
様々な殺し方がある。
自殺に関してはオーナーの方が詳しいだろう。
だが、こと死因に限れば、オーナーよりも私の方に一日の長がある。
私は人を殺した。
なにより決定的に己が為に殺した。
故意に、意図的に、明確に殺している。
他者の手を借りずとも、自身の手で殺している。
あの時はそれが最善手であると思っていた。
手っ取り早く、犠牲が少ないと信じていた。
UBMを討伐し、特典武具を手に入れる近道であると。
だが、結果は違った。
どころか過程から……否、前提から勘違いしていた。
人は死ぬ。
簡単なことだ。
だから、殺してはいけなかった。
死ぬから殺してはいけないのだ。
子供でも分かることを私は分からなかった。
学ばなかったと言い訳するつもりはない。
どの家庭教師も教えてくれなかったが、それは当たり前のことだから。
リアルの人間であろうとNPCであろうと。
個の人間として見てしまったら、それは人に違いない。
私はあの時、彼らを人として見ていなかった。
目先の欲に囚われて、自身のステータスを上げる礎としか見なかった。
過去を否定するつもりはない。
あの死を無かったことにするつもりはない。
私はきっと、無かったことにすれば学ばない。
学ぶために、あの死を私の一部として受け入れる。
だからもう間違わない。
二度と、解答を誤らない。
「【鬼守仏信 フト】……貴方に質問をします。貴方にとって人間とは?」
『質問を認めます。制限時間は10秒』
レシーブが隠れるのを見届けた後、私は《問答有用》を発動する。
猶予は10秒。
だが、フト自身が答えを持っていれば長いとは言えない。
『人間如きが、我に、問いかけるだと? 笑わせる』
フトは戯言であると斬り捨てる。
これならこれで良い。
……私のステータスが上がればこちらの難度が圧倒的に下がる。
『制限時間となりました。パリドーネのステータスを上昇します』
これで1割。
まだまだフトには及ばないステータスだ。
「質問を重ねます。人間を殺す時、貴方は何を思うのでしょう」
『質問を認めます。制限時間は10秒』
『くどい。下等な生物がこれ以上ほざくでない。疾く攻撃をするが良い。そして雨に打たれ己が罪を悔いよ』
更に10秒が経過する。
フトは未だ私の質問の意図を理解出来ていない。
『制限時間となりました。パリドーネのステータスを上昇します』
……しかし、2割ステータスが上昇したところで焼け石に水の値だ。
フトは古代伝説級にしてはステータスがそこまで高くは無い。
だが、それはこちらも同様。
【問王】は超級職にしてはステータスの上昇値が低い。
未だステータスは数千も開きがある。
……スフィの能力も使うべきか?
いや、まだ警戒させるべきではない。
私がフトへの対抗手段を見つけられず座り込んだ。
そう、思わせておかなければならない。
「私のステータスではフトを一撃で倒せない。倒せるとすればレシーブだけ。故に貴方は私を恐れることは無いと思いますが。質問をしましょう、そんな貴方に備わっている能力はHPバーの増殖とこの雨、そしてモンスターを操るものだけなのでしょうか?」
『質問を認めます。制限時間は10秒』
『いっそ哀れみさえ感じる。未だ神である我と対等であるつもりか』
フトは動かない。
動けない。
私達に下手にダメージを与えれば反撃の機会を許してしまう。
力の無い村人とは違うのだ。
『制限時間となりました。パリドーネのステータスを上昇します』
……このくらいあれば良いか。
立ち上がり、フトに宣言する。
「愚かな神気取りのモンスター、フト。貴方は今日倒される。人に力があるからではない。貴方が弱いからではない。私が、私達が言葉ある存在であるから、貴方は倒されるのだ」
『理解した。神と人では領域が違う。故に道理が通じぬのだ。大人しく罪を受け入れよ。罰を下されよ』
フトの掌打が下ろされる。
私のステータスでも辛うじて避けられる。
……これまで抵抗できない村人ばかり喰らっていたから知らないのだろう。
人がどれだけの力を持ち得ることが出来るのかを。
「質問をします。貴方はこれまで何人の人を殺しましたか?」
『質問を認めます。制限時間は10秒』
『抜かせ! 斯様に些末な出来事、覚えているわけが無かろう!』
ああ、ある意味でフトは神なのだ。
同時に、怪物だ。
人とは違う。
同じ存在として見ていない。
「そうですか。私はこれまで2人……いえ、4人殺しました」
『制限時間となりました。パリドーネのステータスを上昇します』
これでより避けやすくなる。
フトが慢心しているうちに限るが。
やはりステータスの差の開きは大きい。
だからこそ、この時間は必要だったのだ。
レシーブが集めるだけの時間が。
「パリドーネちゃん! 来ました来ました来ましたよぉ!」
隠れたままのレシーブが叫ぶ。
そう、大きな声を出せばフトに居場所が知られてしまうだろうに。
私からフトのヘイトを減らす意図があったのだろうか。
だが、もうそれも必要はない。
これで戦える。
問答で私はフトに勝てる。
『この声を聴く皆に質問があります』
アイテムボックスから拡声器を取り出す。
フトだけではない。
レシーブも、アラブ少年も、森で私の言葉を理解できて聞こえる者全てを対象に《問答有用》を発動する。
『貴方は神を信じますか?』
我ながら皮肉な質問だ。
そして答えはシンプル。
個々人によって回答の異なる質問。
答えるだけで答えになる質問だ。
『質問を認めます。制限時間は5秒』
『俺も便乗させてもらおうか。まあ5秒ってところだけどな』
そして同時にスフィの《難考不楽》が重なる。
彼もまた質問に対しての難度は低いと判定する。
5秒。たったの5秒であるが、果たして答えは……
「えー、信じてもいいですけど、どっちでもってところですかねぇ」
レシーブの返答。
ここまでは予想通り。
アラブ少年が答えたか分からない。
この状況だ。
答えたとしてもどちらを選ぶかは……分かり切ったことだろう。
『制限時間となりました。パリドーネのステータスを上昇します』
『かーっ! 徴収は気持ちがいいねぇ!』
私のステータスが一気に上昇していく。
その上昇後のステータスはフトを超えるもの。
平均ステータスが4~5万はある。
対して、
『なっ……!? 我が力が……神の力が削がれているだと……!?』
フトのステータスは1割低下している。
私のステータスが1割上昇するのとはわけが違う。
それぞれが1000程度ずつは最低でも低下しているはずであろう。
『おのれ……こうなれば周囲のモンスターで――』
「無駄です。既にレシーブが駆けつけられない距離にまでモンスターを退避させています。声くらいならば届くでしょうが……それで来られるとしても1分はかかるでしょう」
レシーブからこの森に生息するモンスターの基本ステータスは教わっている。
彼らのAGIであれば、すぐには来られないだろう。
「さて、準備はよろしいでしょうか」
『だ、だが……我と貴様には……何だそのステータスは!?』
フトの石像めいた表情が驚愕に染まる。
初めて感情が現れた。
「察していたかは分かりませんが、私の能力は2つ。一つは私の能力は私の問いかけに答えられなかった者のステータスを下げるというもの。そして二つ目、こちらは答えられなかった数だけ私のステータスは上昇していくというもの」
『限りがあるだろう限りが! 1人や2人、1回や2回返答に窮しただけでそのような上がり方をするはずが――』
「ええ。勿論数度であれば私のステータスは2000かそこらにしかなりません。ですが、この森に響くように私は声を張りました。私の質問が届いた者が1人や2人なはずがありません」
先程言ったでは無いか。
レシーブに周囲のモンスターを声が届く程度の位置にまで下がらせた、と。
「本来であれば私の言葉はモンスターに届きません。言語の理解が出来ませんので。ですが、レシーブは【動物王】。人間とモンスターの懸け橋となる存在。言葉を訳す程度、彼女にとって簡単なことでしょう」
これまでの質問はレシーブにモンスターを誘導させるための時間稼ぎ。
私が生き、レシーブが生き、そしてモンスターも生かせたまま質問をするためだけに先ほどの質問をした。
尤も、フトの答えに興味が無かったわけではない。
答えるならばどのような返答をしたのか、今となっては気になる。
生き残ったモンスター全てに《問答有用》と《難考不楽》が判定される。
一度は私達を襲ったモンスターもいるだろう。
悪いとは思わない。
少しだけ利用させてもらうだけだ。
……ギリギリ足りたか。
だが、勝てる。
「ここからは単純な総力戦です。いきましょう、レシーブ」
私とレシーブ、これでどちらもフトのHPバーを削れるだけのステータスを得た。
雨は降る。
それでも私達にまだ罰は下されない。
フトとしてはパリドーネ殴ろうとしたらレシーブが庇って、それはそれでレシーブの被ダメージ増えて面倒だったのもある。